素直な僕は、自分を嫌う。
この物語は、二章(一章)→一章(二章)→三章→四章の順番に進んでいきます。
第二章 人間
人間って生き物は、嘘をつき続ける。
じめじめとした鬱陶しい暑さが続く、大学一年生の八月のことだった。
ぴこんというSNSの着信音と共に、スマホの画面に通知バーが表れる。
「この電車で向かうから、6時38分頃に中宮駅に着くよー。」
「お仕事お疲れ様。分かったー。」
今日は久しぶりに高校の時の友達とご飯に行くことになった。
「ごめんよ。いつもより一本遅い電車になっちゃうけど許して。」
「全然気にしないでいいよ。ゆっくりおいで。」
惰性で動き続ける肉体は、もっとやる気を出そうと頑張る頭の中を邪魔し続ける。
友達が来るまでの間、頭の中からふと湧いてきた思考だった。
嘘をついたことが一度も無い人間なんて、この世界には存在するんだろうか。
嘘をつかずに生きていける方法があるとしたら、僕はすぐにでも教えて欲しいと心底思う。
幼いころから親は
「嘘をつく人間にはならないこと。」
そう何度も言っていた。それは、嘘をつかないことが素晴らしい生き方だと思っているからだろうか。僕が嘘ばかりついてきたからなのだろうか。
優しい嘘。人を傷つける嘘。その場を切り抜ける為の嘘。
色々な嘘のつきかたがあるけれど、一通りの嘘はついて生きてきた。
嘘をつくことで誰かを幸せにできるなら、嘘をついていたい。
嘘をつくことで自分の大切なものを守れるのなら、嘘をついていたい。
嘘をつくことで自分自身を守れるのなら、嘘をついていたい。
誰もが一度はそう思って嘘をついたことがあるだろう。
なることができない理想の自分と、なりたくなかった現実の自分との差を埋めるために。
憧れる他人と、自分との差を埋めるために。
人と人を繋ぎ。どこかで人と人を切り離し。
誰かを幸せにして。どこかで誰かに嫌な思いをさせて。
自分を守る為。自分を犠牲にして。
そうやって「うそ」をつき続ける。
でも、別に自分がひねくれているとは思わない。
僕は、自分の心に嘘はついていないのだから。
大切な人が幸せになる。ギクシャクした空気が丸く収まる。自分が傷つかなくて済む。
嘘が良いことだとは思っていない。
その場面で一番ましな選択だと素直に思っているから嘘をつくのだ。
中途半端な嘘ばかりついていると、皆が嫌な思いをする。
でも、嘘は嘘だと分からなければ現実になることだってある。
人からの信頼がなければ僕は嘘なんてつけない。
それくらい周りからの評価を得ることはできていると自負している。
僕には取柄なんてない。すごい特技があるわけでもない。
もし、僕が嘘をつかない人間だったら、少しでも取柄のある人間だったのだろうか。
もし、僕が嘘をつかない人間だったら、もっと輝かしい人生を送っていたのだろうか。
きっとそんなことはない。
僕はただ平和に、それなりに頑張って生きていければいい。
ずっとそう思って生きてきた。
あの時、一人の人間と出会い、別れ、そしてまた出会うまで。
この物語の終わりは、今の僕は知る由もない。
一つだけ今の僕が知っている事がある。
それは、これからも嘘をつき続けていくことだけ。
ずっと、ずっと、僕は嘘をつく。
よりましな関係、よりましな生活、よりましな人生の為に。
きっと、きっと、嘘をつく。
素直に嘘をつく、僕を嫌いながら。
「…ぇ。ねぇ。ねぇってば、大丈夫?」
いつの間にか到着していた彼女に気づくこともなく、考え事をしていたようだ。
「あぁ、陽。久しぶりだね。元気にしてた?」
「私は元気だよ。青はなんか元気なさそうだけど」
「あはは、ちょっと考え事してただけだよ。」
こういう場面では嘘はつかない。素直に答える。
「ならいいや、じゃあご飯行こう!」
「うん、行こうか。陽は何食べたい?」
「青が決めてよ。男ならスパッとさー。」
僕は選択することが苦手だ。選ぶことができないから。
別に全部好きなわけでも、全部嫌いなわけでもない。
最適な言い方があるとすれば、全部興味がないのだ。
「僕は何でもいいよ、何でも食べられるし。」
陽は面倒くさそうな顔をしていた。
「もう。何でもいいとか、優柔不断だなー。」
僕に優柔不断なんて言葉は似合わないだろう。
だって僕は優しくもないし、柔らかい思考を持っているわけでもない。
「とりあえず歩こうよ。適当に歩けば食べたい物もきっと見つかるからさ。」
「じゃあ今日はこっちね!ほら行くよ!」
この時彼女に手を引かれて、やる気のない肉体が、止まっていた僕の時間が、動き始めた。