アイツ一周回って勇者じゃねえの?
ネーミングセンスがなく、題とあまり関係しない話になってしまいました。
「おはよう多々良木くん、朝のテレビ見た?」
そう笑顔で挨拶をするのは校内でも屈指の人気を誇る美少女、夏凪縁さん。明るめな茶髪をポニーテールにしている。何回か教師から注意を受けていたらしいが、あれで地毛なんだと。祖母の方が外国の人だったらしいが、当人も詳しくは知らないらしい。
服装の方は多少着崩してはいるが、この学校はそこらへん緩い。
「……おはようございます、夏凪さん」
呼びかけに対し小さな声で、しかししっかりと挨拶を返したのはクラスでもほとんど喋らない男子生徒、多々良木構くん。目が隠れるほどの前髪とメガネ、あまり喋らないことが特徴といえば特徴の生徒。
隠キャ、という言葉がこれほど似合う風貌も今時珍しい。
「ねえ聞いてよー、私今朝の占いで……」
「おう、縁、そんな隠キャに構ってないで、こっちで話そうぜ!」
2人の会話が始まろうとしたその空気を容赦なくぶった切ったのは、いわばクラスの上位カーストの一ノ瀬慎二くん。いわゆるイケメンと称される類の風貌で、細部については省略。最近はイケメンも多いからね。その中でも中の上くらいを思い浮かべたらいいと思う。
「……一ノ瀬くん、今多々良木くんと話してるから少し待って。それより、人のことそんな風に言っちゃいけないよ。」
割り込んで話をしようとした一ノ瀬くんに断りを入れつつ嗜める夏凪さん。彼女は見た目によらずそういう所はしっかりする子だ。
言動に芯があっていいと思う。
「ハハッ、悪い悪い。てか昨日のテレビのあれ見た?チャレンジング長治の一発芸、俺テレビの前で転げ回って笑っちゃってさあ」
何というメンタル。何に謝ったかもわからない謝罪から流れる様に話に入ってきた。
「なになに〜、何の話してんの?」
「昨日のテレビのやつでしょ。チャレンジング長治がやったアレ」
一ノ瀬くんの後に続く様に入ってきたのは陽キャと呼ばれる人たち、またの名を陽の者たちだ。流石にこの人数相手では夏凪さんも言葉が追いつかない。
「あの、えっと、わたし今多々良木くんと話してて……っ!」
アタフタとする夏凪さんを見た多々良木くんは自らそっと席を立った。音もなく立ったことから、夏凪さんに対して気をつかったのが分かる。
夏凪さんはその行動に気づき、多々良木くんの気づかいに対し視線で感謝の念を伝えた後、クラスメイトに応対を始めた。
彼女も大変だなぁ。
「おはよう瀬戸際くん。あいも変わらずすごい名前だねぇ」
おはよう、きみに名前に関して言われたくないよ気仙沼くん。
「そうかい?まあいいや、ところで何を見てたんだい?」
そう言って声を掛けてきたのは友人の気仙沼くん。金髪であるが彼の場合はガッツリ染めている。怒られないのだろうかと常々思うが、本人曰く上手くかわしているらしい。
学校の内外問わず顔が広く、妙なことにやたら詳しい。顔についても黙っていればイケメンなのだが、奇行が目立つため、表立って近寄ってくる子は少ない。
それでも顔はいいので、よく誘われるそうだ。(何がとは言わない)
いや、夏凪さんが多々良木くんに話しかけようとしたんだけど、一ノ瀬くんが入ってきてさ。
友達付き合いもあるだろうし、夏凪さんも大変だなって思ってね。
「確かに。それに彼女の友人には彼に対して好意を持ってる子もそこそこいるからねぇ、うっかり告白でもされたら絶好もありうる」
それどこで聞いてきたの?
「本人にさ。彼女たちはお互い牽制し合っているそうだけど」
その女同士の秘密みたいなのどうやって仕入れてるんだい。
「今のところ優勢なのが関係のない夏凪さんだからねぇ。そりゃ愚痴もこぼしたくなるよ」
なるほど、彼女も大変だ。告白されない様に立ち回らないといけないとは。顔が良くて損することもあるんだなぁ。
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朝の出来事が過ぎ、あっという間にお昼だ。購買へダッシュする生徒、友人と弁当を広げる生徒とそれぞれ散らばっていく中、買い弁派の多々良木くんが席を立とうとするが、それを夏凪さんが呼び止める。
「多々良木くん、もしかしてお弁当持ってない?」
「……はい、いつも弁当は購買で買っています」
「じゃあわたしのお弁当一緒に食べない?お兄ちゃん今日弁当いらないの忘れてて、作り過ぎちゃったの」
因みに彼女は料理も上手だ。部活も料理研究会に所属し、確かコンテストでの受賞経験もあったはず。
「いえ、僕は……」
「届けるつもりで持ってきたんだけど途中で気づいてさ、腐らせちゃうのもなんだし、多々良木くんいつも購買で済ませてたからたまにはいいかなって思って。ごめん、嫌だった?」
「いえ、特に嫌ではありませんが……いいんですか?」
「もちろん!貰ってくれたら嬉しいな!」
「……では、ありがたくいただきます」
「ありがとうっ!ついでに一緒に食べない?感想も聞きたいし」
「……はい、ご迷惑でなければ」
なんと彼女、多々良木くんへのお誘いに成功していた。しかも手作り弁当で。何というコミュ力。
「彼女すごいねぇ。実質ほぼ一択の決断を、本人に気づかせずにさせている。一流だねぇ」
「あの2人、そんな仲だったのか」
そう言ったのはこちらも友人の竜ケ峰くん。バスケ部のキャプテンでありながら実家の古武術も修めている。成績も悪くないし、文武両道と言えるのではないか。
「どっちかっていうと、夏凪さんの方が気があって、多々良木くんの方は戸惑っていると言った感じだねぇ。まああんな可愛い子がここまでしてくるんだ。悪い気はしてないと思うよ」
へえー、でも意外だよね、あの二人。どこで接点があったんだろう。
「それは確かに。私もそこまでは聞いたことないねぇ、今度調べてみよう」
「やめておけ、人の恋路について詮索するものじゃない。馬に蹴られるぞ」
「それは勘弁」
そういって気仙沼くんは諦めたけど、実際のところどうなんだろう。彼女がこうも積極的になる様な理由があったのだろうか。なお、一ノ瀬くんはお弁当を忘れてしまったようで、今頃は女子に囲まれて昼食の時間を楽しんでいるだろう。
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時間の流れは早いもので今は放課後。テキパキと帰る準備を済ませ、今にも帰ろうとした多々良木くんを夏凪さんが呼び止める。
「ねぇ多々良木くん。よければ一緒に帰らない?」
「……僕はそのままバイトに行くので、駅とは逆方向です。遠回りさせてしまうのも申し訳ないので、遠慮します」
「えっ、バイトってどこでやってるの?」
「……小さな喫茶店です。祖父が道楽でやっているのを手伝っています」
「え〜、そこって古風な感じ?」
「……まあ、そこが売りですから」
「私そういうレトロな感じのところ好きなんだ、趣がある感じでさ。ねぇ、行ってみてもいい?」
「……ええ、これといって目立ったものはありませんが」
「おい、縁っ!これからみんなでカラオケ行くんだけどいっしょいかねえか?俺の美声聞きたいだろ」
おっと一ノ瀬くん、タイミングが悪い。ちょうど話がまとまったところで入ってきてしまった。
「ごめん、今日は用事入っちゃって……」
「えー、用事ってなんだよー」
「うん、ちょっと多々良木くんと……」
うん、確かに言いにくいよね。
「多々良木って…また手前かよ」
まあしょうがない、こういう時は諦めよう。また次の機会があるさ。強く生きよう、一ノ瀬くん。
「テメェ、いい加減縁に付き纏うのやめろっ。縁が迷惑してんだろうがっ!」
おっとそうきたか。
「いくら縁が優しいからって調子に乗りやがって、ちょっと表出ろや、身の程ってやつを教えてやる!」
これはめんどくさい。多々良木くんの方に一切の落ち度がないのがまた面倒だ。こういう直情タイプは一度思い込んだら考えを変えない。
下手に口を挟めば、
「い、一ノ瀬くん、別に私は付き纏われてなんか……」
「縁……っ!、多々良木、テメェっ!縁にこんなことまで言わせて、恥ずかしくねえのか‼︎」
ほらやっちゃった。ああいうのは大抵自分の都合のいいように考える。そこに入ってくる言葉は全てその方向へ進むための燃料となってしまう。
「多々良木、テメェちょっとこっち来い!」
「ちょっ、ちょっと一ノ瀬くん。多々良木くんはそんな……」
「縁、これは男と男の話だ。邪魔すんな」
いっそ清々しいほどに一直線。これで方向が正しければ主人公だろうに。
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「つい心配で来てしまったけど、大丈夫かな多々良木くん」
「さあ、どうだろうねぇ」
「問題ないと思うぞ」
「えっ、竜ケ峰くんそれってどういう意味……」
「あっ、あそこじゃないって、ワァオ、よくこんなことに10人も集めたねぇ」
「えぇっ、それってやばいんじゃない!やっぱり誰か呼んでおいた方が……」
「何か起きても俺1人で事足りる。それに……」
「「それに?」」
「まあみてれば分かる」
竜ケ峰くんが意味深なことを呟いた直後、多々良木くんたちの声が聞こえてきた。
「一ノ瀬よお、こんなガキ1人に俺らのこと呼んだのかよお」
「すいません阿漕さん、でもこいつ俺の女にまとわりついて生意気なんすよぉ〜。いっそのこと学校に来れないくらいにしてやってくれませんかぁ?」
「チッ、しようがねぇなあ。ちゃんと今月の分、用意しとけよお?」
「分かってますよぉ、じゃあ、よろしくお願いしま〜す」
そう言って一ノ瀬は離れていく。
「それにしても、夏凪か。俺が味見してもいいかもなぁ」
「え、阿漕さんまじっすか!それ一ノ瀬の女なんでしょ」
「ちょっとくらいバレやしねえよ、後でどうにでもなるしな」
えっ、これほんとに大丈夫?アウトじゃない?アウトだよねえ?
突入を竜ケ峰くんに打診しようとした時、
当の本人である多々良木くんはメガネを外していた。割られないように自分から⁉︎早く、竜ケ峰くん早くっ‼︎
「来るぞ、瀬戸際」
そんなこと知ってるよ‼︎早く行かないと多々良木くんが‼︎
「多々良木が来るぞ」
えっ、と僕が声を上げた瞬間、先ほど一ノ瀬に阿漕と呼ばれていた上級生が飛んだ。比喩ではない、そこそこの対空時間をもって飛び、背中から派手に落ちた。
「……へっ?」
思わず漏らしてしまった誰かの声が、シンとしたこの場にやけに響いた。その中で、多々良木くんが口を開く。
「僕は、物騒なのが嫌いだ」
「暴力は基本誰も幸せにしないし、出来ない」
「だから平穏が好きだし、乱したくない」
「その中で夏凪さんは、何というか、この平穏の象徴みたいな人なんだ」
「そんな人がどうにかされそうだって言うんなら」
「僕もやるよ」
「君たちを、どうにかするよ」
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「もう人は殴らないんじゃなかったのか」
「竜ケ峰、観てたなら手伝ってくれよ」
あれからものの数分で、多々良木くんは全員をのしてしまった。10人も相手取って、息ひとつ乱していない。
ていうか、竜ケ峰くん知り合い?
「ああ、多々良木はうちの門下生でな、共に学んだ仲だ」
「まぁそれも中学までで、それから僕はずっと通ってないからね。事実上の破門みたいな扱いだよ」
そうか、竜ケ峰くんのところの門下生だったのか、道理で強い。
「だがこいつの場合、通わなくなったのは体調を崩した母親の世話でな。むしろ親父や師範代は戻ってきて欲しくてしょうがないんだ」
「……残念ながらもう少しかかるけどね。父は早いうちに他界してしまったし、母を1人にするにはまだ不安がある」
へえー、そりゃまた大変だ。ていうかやっぱり門下生の中でも強いんだね。何番目くらいなの?
「そうだな、俺と一日中殴り会えるくらいには強いぞ」
化物じゃないか。
竜ケ峰くんって、特に怪我もなく岩割れる人だよ。しかもバンテージもつけずに、一撃で。
僕が多々良木くんの化け物度に驚いていると、
「しかもそれだけじゃない」
うん?まだ何かあるの気仙沼くん。
「多々良木くん、君のお爺さん、この学校の校長だろう。それもかなり好かれてる。一ノ瀬なんて、その気になればいつでも退学にできるんじゃないかい?」
「……君本当によく知ってるね。うんそうだよ、僕の祖父は校長だ。でも権力を使うつもりはないよ。こんな子供の喧嘩に大人が入るのはよくない」
確かに、それは最終手段だろう。
「でも、こいつらは退学、できればもっと重い罪にした方がいいよ」
気仙沼くんが倒れてる人達を指していう。僕も賛成だ、絶対に仕返ししようとしてくるだろうし。
「ああ、だけどどうしようかな」
「よかったら、私がどうにかしようか?」
気仙沼くんが気軽そうに提案する。
えっ、いやちょっとそれは流石に……
「……当てがあるのかい?」
「ああ、私に任せてくれ。二度と半径2百メートル以内には近づけさせない」
それ退学せずに可能なのだろうか。
「すまない、頼んでもいいかい」
「承った。それはそうと、君は早く校門まで行くといい。しつこい誘いにも耐えているようだが、そろそろ限界のようだよ、君のお姫様」
「……ッ!、ありがとう、では失礼」
そういうと彼は駆けていった。足早っ!
「さて、では私たちの仕事を済まそうか」
「ああ、早いとこ済ませよう」
はあ、やるのアレ。ほんとに?
「禍根を残さないためだ、しょうがないよねぇ」
ダメだ、楽しんでる。将来ある若者たちにまた、消えないトラウマを植え付けなければ行けないなんて。
……はあ、しょうがない。やるなら徹底的にしようか。
「……なんだかんだ、君もやってくれるんだよねぇ」
うるさい。
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「多々良木くん、おはよう!」
「おはようございます、夏凪さん」
二人の日常はちゃんと継続している。あの日から、阿漕先輩たちの姿を見ていない。そりゃそうだ、あそこまでやったんだから。
多分、恐らく、きっと、法には触れてない。血なんてコップ一杯分も流れてないし、殆ど気仙沼くんが済ませた。
「私もこんなことしたくないんだけどねぇ、こんな事が世間に知れて、泣き叫ぶ君たちの友人、親類、家族に恋人、何より君たちのことを考えると、私は夜も眠れないよぉ」
終始笑顔だった。彼のことは友人としては嫌いじゃないが、敵に回すと考えたらまじめに全面降伏する。
「あぁっ、納得いかないだぁ?知ったことか、お前らが全面的に悪い。これ以上やるならコップ一杯がジョッキ一杯になるぞ 」
1人あたりコップ一杯だった。人の頭ほどある石を片手で握りつぶしながら言われて、それでもなお逆らう奴がいたらそいつは勇者だ。
「縁〜、今日一緒にファミレス行こうぜ〜、おごってやるからさあ」
アイツ、一周回って勇者なんじゃねえの?
「やあ、一ノ瀬くん、ちょっといいかい?」
「ん、何だよってッ‼︎、けっ、気仙沼、何の用だよ!」
流石に気仙沼くんが関わってるっていうことは知っていたらしい。そりゃそうだ、多々良木くんのイメージを薄めるため、むしろ前面に押し出したんだから。
「実はねぇ、ちょっとお耳を拝借」
「な、何だよ………ハアアアッッッ‼︎」
「うん、しかも実行するのは竜ケ峰くんだよ」
「えっ、ちょっ、……マジ?」
「本当だよ。しかも何と、瀬戸際くんが全力で取り組むんだって」
「ちょっ、頼む、アイツは、アイツだけは‼︎」
「うん、だから、ね?」
「………………分かった」
「そうかい、良かったよ!」
気仙沼くんがこっちの方にきた。
「何をしていたんだ?」
「なに、ちょっと釘を刺しただけさ、大したことはしてない」
最後僕の名前出てなかった?
「いや、決め手に使っただけだよ、大抵は日頃の行いについての相談さ」
僕の方が決めてかよ。……まあいいか。
「多々良木くんのバイト先、とっても雰囲気良かった!……また行っても、いい?」
「……えぇ、是非。御来店をお待ちしています」
彼らが笑ってるなら、それでいい。