第七話~王女、ファットの脂望に圧倒される~
「ファット、その……さっきのはあなたの恩寵者としての力なの?」
放心した所長達を置いて自由に見学することとなりファットと二人、いえ侍女がいるので三人っきりになった時、わたしは尋ねずにはいられませんでした。
あれだけのものを見せられたのですから当然のことですし、仮に恩寵者としての力でなかったならぜひともどういう理屈か知らずに入られません。
「ええ、まぁ。そういうことになります」
そしてわたしの質問にややばつが悪そうに、それでいてちゃんとファットは答えてくれます。嘘はついているようには見えませんし確認のしようもないので納得するしかないのですが……
「そう……たしかにあれだけのことができるなら不要かもしれないけど、それでもあそこまで否定しなくてもよかったのではないかしら?」
魔法、それは体内の魔力を術式によって方向性をもたせ形とすること。そしてその術式は当然簡単なものより複雑で高難易度のもののほうが同じ魔力で高い成果を生み出せる。
だから、術式は複雑であればあるほど高度で優れているとされ、それが常識である。なのにファットはそれを正面から否定し、術式をほぼ使うことなくただ魔力だけで蹂躙したのだ。
「ですが、実際にまるで必要としていないことにたいして虚言を弄することはできませんし、それに……」
「それに?」
「私が今日訪れた目的とは真逆ですからね」
「目的?そういえばさっき、出資についてもいってましたわね」
そうでした。もともとはファットが金貨1000枚の出資について言い出していたことからでした。その後の鎧をとかしたあれが衝撃的すぎてすっかり忘れていましたが。
「はい。今回セリン様にここに案内していただいたのは私が望む研究をしている、あるいはしてくださる研究者の方との繋がりを持ちたいからです」
「あなたが望む、ね。いったい、どういう研究をなのかしら」
正直、ファットのいう研究について興味が湧きました。だってそうでしょう?ファットが先ほど見せたあの一撃。高度な術式を不要と言い切ることが許されるファットがいったい何を望むのか。興味しかありません。
……いえまぁ、簡単にやせる術式とかお腹がすぐにいっぱいになったと感じることができる術式ですとか言われたら困るといいますかぜひわたしもいちまいかみた……おほん、しっかりと見極めないといけませんが。
「私にとっては価値あることなのですが……おっと、どうやらここですね」
そういうとファットはとある研究室の立ち止まります。そしてその研究室とは……
「……ずいぶんとボロいですわね」
当家が支援している研究所には不釣り合いなくらい隅っこのボロボロの入り口で、かろうじて看板に“基礎術式・基礎魔道具研究室”と書かれているのはわかります。……てっ、ちょっと待ちなさい
「ファット、あなた本当にここに用があるの?間違いじゃなくて?」
「はい、ここですが……」
「いやでも、ここは基礎の研究室よ?子どもでも使える簡単な術式にたいしてあーだこうだやる、研究者の中でも落ちこぼれや行き場のないものが集まる場所よ?」
そう、魔術は複雑で難解であればあるほど高度とされる。じゃあ逆に単純であればあるほど低レベル、取るに足りないものということになります。
もっと難しい術式を使えるのにわざわざ簡単な術式を使う必要なんてまるでないですからね。
だから、そういう基礎の術式を研究するのは誰もがいやがって、仕方なく他に行き場所がなかったり他の分野でやっていけない者たちが集まります。入り口がボロボロなのも納得しかありません。
なのに……
「ですがこここそが目的の場所ですから……失礼します」
そういってファットは颯爽と入り口を潜ろうとして
ゴッ!!!
……見事につっかかりました。建て付け悪くてボロいドアならそれはこうなりますよね。
「ふぅ……あやうくドアを壊して入らないといけないところでした」
「建て付けがわるすぎて逆に外れやすくなって助かりましたね、ファット様」
あの後、ファットについていた侍女が冷静に逆側のドアを外したおかげで無事何も破壊することなく入ることができました。
「いやぁごめんねぇ、ここに回される予算はほーんとちょっとでさぁ〜、入り口なんて後回しも後回しなんだよねぇ〜」
そして無事に中に入ったわたし達を出迎えたのは、ここの所属らしい若い、というかわたし達と同じくらいの歳の軽い言葉遣いをする女性研究員です。
しかし、きのせいでしょうか?この研究員、どこかでみたことがあるような……
「さてさて、それで?ここはそっちのお偉いおーじょ様がいうように行き場所のないのが集まる吹き溜まりみたいな場所だけど?そっちのおっきい君は何しにここに来たのかな?」
と、わたしが思い出すよりさきに
「何しにも何も、皆さんの研究成果を見せていただき場合によっては出資をさせていただきたい、それだけですが」
「へぇ……しゅっしねー」
ファットの言葉に目の前の研究員の目つきがかわります。そう、気まぐれな遊んでいた猫のような目からどこか獲物を狙うような、鋭い目つきに。
「別にいいけどさぁ、ここは吹き溜まり扱いなわけでろくな予算もなければ人もいないで、まっとうな成果と呼べるようなものはほとんどないよー」
そういうと彼女はよいしょと立ち上がってなにやら部屋の隅につまれた2つの巨大な箱に手を置きます。
「たとえば最近のあたしの成果はこのひえひえくんとひゅーひゅーくんの2つ。ここのお偉いさんたちから使えないおもちゃと大好評の逸品だよ!」
「ひえひえくんとひゅーひゅーくん?」
「そ。基礎術式をおーよーして作った魔道具でね、これに触って魔力をちゃちゃっておくったらひゅーひゅーくんからは冷たいかぜがしばらくひゅーひゅー吹いてくれて、ひえひえくんはなかにいれているものがひえひえになるよ」
「……それ、いくらくらいかかったの?それに効果はどれくらいの時間」
「えーと、一個作るのにだいたい金貨1枚?で、えーと……2時間くらい?」
「庶民の月収もする置いておくしかできない触れたらしばらくちょっとひんやりする風を出しつづける箱だとか、水を冷たくしておけるだけの箱とかいったい何に使えっていうんですか!!おもちゃ扱いも当然じゃない!!」
軽く言う目の前の研究員に対してわたしは思わず声を荒げました。い、いったいどれだけの時間を無駄にしていると……そもそも、ここには王家からも出資しているというのにそれをドブに捨てるような、おもちゃをつくるだなんて……
「うん、それそれ。そんなことお偉方にも言われたぁ〜。ちょっと涼しい風がほしかったり水を冷やしたかったら普通に魔法使えばいいってさぁ」
「その通りです。まったく、ファット。さっさと別の場所に行きましょう。ここには見るべきものは……」
「セルヴァ、契約書の用意を」
「かしこまりました」
わたしの言葉を遮るようにファットは侍女、(セルヴァというのですね)に命令し、素早くなにかの紙を差し出させます。
「んー?なにこれー?」
「契約書です。あなたの研究に対して金貨1000枚の出資を行うという」
「……ファット、あ、あなたはなにをいってるのですか!!こ、こんな馬鹿げたおもちゃに!!金貨を投げ捨てるようなことをどうして!!」
頭が痛いを通り越して吐き気がしそうでした。金貨1000枚、それだけあればどれだけのことがなせるか。どれほどの武器が買えるのか、どれだけの建造物が作れるのか。そんな価値あるものをファットが使い道がないおもちゃに投げ捨てようとしている現実に。
「んーんー、そうだねー。君の豊かなお肉をみてたらお金に余裕があるのはわかるけどー、なーんで金貨1000枚も出してくれるか気になるなぁ」
そして信じられないのはあちらも一緒のようで目を見開いたまま呆然とファットをみています。まぁ、無理もありません。普通絶対にやらないこと、ありえないことですから。
なのにファットは平然としたまま言葉を発します。
「なんでもなにも、この研究にはそれだけの価値があるからです」
「価値があるって……ファット、ふざけてますの?こんなでっかいおもちゃにいったい何の価値が」
「民が買います」
「は?」
い、いったいファットは何をいっているのですか?民が買う?こんな、馬鹿高くてろくなやくにもたたない巨大なおもちゃを?なんで?
「脂肪がとろけるような暑い季節、この2つがあれば民は夜子どもが熱くなりすぎる心配もいらず、また暑さでうなされることなく健やかに眠れます、いつでもよく冷えた水で体の火照りをとって喉を潤せる。もう、それだけで民の日々の暮らしがどれほど向上するか」
固まるわたしに対してファットはやさしく、それでいて興奮した口調がまくしたてるように説明します。その内容は驚くしかないことで、たしかにと納得するしかないこと、で、ですがあまりにも荒唐無稽にすぎるもの
「い、いえいえいえ!ちょ、ちょっとまちなさい!仮にあなたがいう通りだとして金貨1枚は高すぎますし、そもそも一晩はもたな」
「だから出資するんですよ。民が買えるだけの値段まで落とすため。そして一晩中効果が持続するようにするため」
わたしの反論もバッサリと、ファットに切って捨てられます。もう、どうしようもないくらいバッサリとです。
「当家の民が、ひいてはこの国に住まう皆が安心して豊かになれる、心にも体にも財布にも余裕が持てる!そんな日を一日でも早く来てもらうためにはこれはとても大事なものです!!」
そして反論できないわたしに対して堂々とそう宣言するファットの姿は脂肪に埋もれていなければまさに物語の一節、英雄の咆哮としか言えない、力と未来への意志に満ち溢れたものでした
べ、べつにそのパーツの良さもあって見とれたりとかすごいとかかっこいいとか思いませんでしたよ?
よんでいただき感謝感謝。楽しんでいただけると幸いです