第六話~王女、恩寵者の力の片鱗に触れる~
デレステ納税であきらゲット。そして水着のCMあると思ったのになかったかぁ……
「それでファット、あなたはここ王都で何がしたいの?」
さて、こうして恩寵者……ということになっているファットの世話をすることになったわけですが、正直何をどうしろというのが本音です。
いえまぁ、これがあれですよ?もっとこう、普通の同世代でしたら学院で話題のお店だとかおしゃれが好きそうなら王都随一の職人のお店、武芸が好きそうなら王都屈指の達人のもとだとか色々ありますよ?
ですが正直このファットが一体何を好むのかなんて皆目検討も……いやまぁ食べることは好きそうですけど。
「そうですね……では、案内していただきたいところがあります」
そしてファットが切り出したのは予想外の内容でした。
「これはこれは、姫様。我がようこそお越しくださいました」
「いえ、急な来訪を受け入れていただき感謝いたします」
ファットが求めたこと、それは王家が支援する「魔法研究機関」の見学でした。
正直意外というかなんというか……魔法を好むようには見えませんから。
ですが、案内をと頼まれたら否とはいえません。急いでわたしの……第三王女の立場で申し込んだ結果、所長が揉み手での出迎えというわけです。
「そ、それでその、こ、こちらのかたは……」
「お初にお目にかかります。オイリー男爵家嫡男、ファット=アブラギッシュ=オイリーと申します。現在は国王陛下のご好意でセリン様のお世話になっています」
「は、はぁ……そ、そうですか。へ、陛下の客人であられましたか……」
所長がなんとも言いづらい顔をします。まぁそうでしょう。恩寵者の存在はあまりにも影響が大きすぎる。故に、その存在を知らされているのはそれこそ、お父様とその側近や軍や学院のトップなどごくごく一部の者たちだけ。
だからそれを知らない所長にはファットは珍妙過ぎる客にしかみえなかったでしょう……いえ、実際その通りなのですが。
「はい、光栄なことに。それでこの度はぜひとも国一番の魔法研究機関をみせていただき場合によっては出資のほうをさせていただければと」
そしてそんないぶかしがる所長にたいして、体型はともかく完璧な作法で礼をしてみせるファット。
本当に、おしい。脂肪さえなければ本当に見栄えしそうなのに。と、私は見た目を惜しんだのですが……
「ほう、出資を……」
所長はファットのその所作よりも”出資”の言葉に興味津々。まぁ無理もないですけどね。魔法の研究なんてお金がいくらあってもたりませんし。
「はい。とりあえず金貨で1000枚ほど、場合によってはもっと」
「な!?」
「ちょ、ちょっとまちなさい!?ふぁ、ファット、せ、千枚って……」
金貨千枚、となると一般的な男爵家の数年分の収入といえます。まちがっても”とりあえずの寄付”で出す金額ではありませんし、ましてやたかだか男爵家の嫡男がなんてありえないにも程があります。
「ええまぁ。幸い油の売上が好調ですからそれくらいの余裕はありますし、それだけの価値はあると思いますから」
なのにファットはその金額を軽く言ってのけますし、ここまでついてきた侍女もさも当然といわんばかりに平然としております。
「なるほどなるほど……さすが陛下の客人。いやはやなんとも、景気が良いようでなによりで」
そしてファットの言葉で所長は目の色をさらに変えます。ファットが常識ではありえない金額を提示したことが逆にファットがなぜ客人となっているのかという納得につながったのでしょう。目の色がもはや銭色です。
「ではでは!!当研究所で研究している最先端の研究を見ていただきましょう!!きっと満足していただけるでしょう!!当研究所では現在一般的に使用されているよりもはるかに高度な術式の実現化にとりくんでおりこれがうまく行けば魔法の威力が……」
「あ、そういうのは結構です。興味ありませんしなにより私には不要ですから」
「……は?」
銭色に染まった目をそのままに最先端の、目玉となる研究をまくしたてる所長に対してファットはばっさりと、ただ一言で切り捨てます。
そう、ただの一言で興味もなければ”不要”とこれ以上ないほどはっきりと拒否したのです。
「あ、あの。ファット……それはさすがに失礼ですよ?」
「ですが事実ですから。難解な術式、高価な道具、最新の設備……私は求めていませんし無用の長物。それよりも興味があるものが別にありますので……」
わたしが必死にフォローをいれようとしますがファットはそれをどこ吹く風。所長の顔色が真っ赤に変わっていくのが見えているはずなのにまるで気にせずさらに否定の言葉を重ねます。
「ほ、ほほぉ?不要、不要とまで言い切りますか。ですが、その言葉はあれを見てもそう言えますかな?」
所長は顔を赤く染め上げたまま指差したのは、研究所の実験場らしき広場の中央。そこに鎮座する大きな鎧。ただそれだけなら大したことはないのですが、よく見るとその鎧の表面は……
「こげて……いえ、溶けている?」
「ええ!ええ!そのとおりです!これは通常鉄を溶かすことができないはずのものが、我らが術式を用いて見事にこのような成果をあげることができまして!半日程度で組める術式でこれほど著しい成果です!これからさらに術式の精度の向上と必要時間の短縮を」
所長が目をかがやかせながら熱弁をふるっていた、その時でした。
「……」
ファットがその指先をのそりとその鎧の方へと伸ばしたのは。そして……
「セリン様、ちょっと大きい音がしますよ」
「え?」
ただ一言だけ私に断りを入れ、そして指先をパチンとならした。ただ、それだけでした。それだけなのに次の瞬間私の耳に響いたのはまるで雷が直ぐ側に落ちたかのような轟音、そして先程まであったはずの鎧が台座ごと”消えて”います。
いえ、その言葉は正しくありません。消えたのではなく鈍い色をしたどろどろの液体が……先程まで鎧があった所に広がっているのです。
つまりどう考えてもこれは……
「と、溶けた?ひょ、表面だけでなくよ、よろいごとまるごと……?」
「あ、ありえない……よ、鎧をまるごと溶かすだなんて……し、しかも術式なしでなんて……」
絶句して固まったままの所長に反して、所長のお付きであった者たちがなくなった鎧にたいして騒ぎたてだします。
無理もありません。だって魔法に詳しければ詳しいほど”ありえない”ということが……鎧を溶かすとなれば相応の道具や相応の時間を要する術式を使わねば不可能なのは常識。
だというのに呪文を唱えるでもなくただ指を軽くならしただけ。それだけで”鎧”が跡形もなく溶けてしまっているのです。いったいどれほどの魔力があれば可能になるのか考えたくもありません。
「無用というわけですね……」
それはあまりにも強烈な答え。このようなことが可能ならたしかに不要でしょう。おまけにこの人間離れした偉業を成し遂げたファットは……
「お疲れさまですファット様」
「ありがとう、セルヴァ。これで帳尻は合うかな」
疲れ果てるでも魔力が切れるでもなく、侍女が淹れた食欲をそそる香りがするいつものお茶を優雅に平然と飲んでいる始末。もはや何もかもが規格外、そうとしか言えません。
「とまぁこういうわけでして、威力を上げるための高難易度の術式だなんだは私には不要なわけです。それよりも脂肪をつけたほうがはるかに効率がいいんです。お茶一杯分でこれくらいはできますし」
……ええ、何をいってるのかまるで理解できませんが規格外なのはわかりました。
「そういうわけですのでよろしいですか?別の、私が興味ある研究のほうをみさせた頂いても」
そして優雅に一服をしたファットのこの申し出に対して否と言えるものは誰もいなかったのでした。