第四話~ファット、最高の霊薬を作成し全ての物語ははじまる~
そして私が裏山を借り受けてから半年がたった時、私とセルヴァの努力は一つの形となって結実した。
「旦那様、奥様、どうぞご賞味くださいませ」
「セルヴァ、これは……」
卓で私とセルヴァはその結実を父上と母上に差し出した。そう、その結実は……
「はっ、ファット様が育てた豚に衣をつけてあげた……カットレットという料理でございます」
こんがりといい香りを蠱惑的に漂わせる、厚く切られ揚げられた豚肉。このカットレットこそが私とセルヴァの半年間の成果だ。
「豚を……ファットが?」
「ええ。幸い痩せた豚や鶏が安く手に入りましたので裏山でのびのびと育てました」
「痩せた豚……にしてはずいぶんと肉厚だが」
「餌がよかったんですよ、餌が」
あの後街にいって安くなっている豚や鶏を探し買い求めそしてたっぷりの餌を……「菜種」の絞りカスを与えて育てたのだ。
油がたっぷりの作物は当然豚や鳥にとってはご馳走で、油を搾った後のそれを豚たちの食事に。そうしたら無駄がないどころか美味しい油をとった豚たちは美味しい脂を蓄えてくれる!さすが植物の脂。やっぱり脂は万能、脂があれば人は生きていける。
だがまだ、まだこれでは終わらない。
「そしてこの……ソースをつけて召し上がってください」
「これは……白いソース」
「ファット様が育てた鶏の卵とビネガー、そしてファット様謹製の”菜種油”を混ぜ合わせた特性のソースでございます」
「菜種油……なんだそれは?」
「父上もご存知の裏山に生えていたあの黄色い花……あれの種を絞ってとった油です」
あれから数ヶ月かけてオイリー男爵家と取引がある油屋を巻き込んで菜種を持ち込み胡麻のように絞ってもらって……それでもうまくいかなくて種の煎り方を工夫したり、選別をしたりを繰り返して出来上がった”菜種油”。その品質は……それを判断するのは父上たちだ。
「で、ではひょっとしてこのカットレットをあげた油も……」
「いえ、そちらの油は……ファット様、ご説明を」
セルヴァにふられて、私は思い出す。カットレットを作った油を作った日を……
丹精と愛情を込めて育てた豚を、殺した日のことを。
「丸々と肥えた、素晴らしい肉ですねファット様。この脂なら旦那様たちも満足していただけるかと……」
物言わぬ脂身となった豚、その肉を前にセルヴァが嬉しげにいうがだが……まだ駄目だった
「いや、だめだよ……この豚の脂をもっともっと美味しく、無駄なく脂にしないと」
グレス様のおかげか、私にはわかっていた。脂身と言われる部分にはまだまだ肉が残っていることが。この邪魔な肉を取り除いて純粋な脂とすることが何よりも大事であるということも。
「もっと、美しく……ですが、どうすれば」
そしてそのための方法は……脂が教えてくれた。あったかくしてほしい、と。
「脂にあったかくすると脂は溶ける、けど肉は溶けない。だからお水をちょっといれグツグツグツ煮込んで残ったお肉をとりのぞけばいいんだ」
脂を燃やして勉強した私の頭に刻まれた知識と脂が教えてくれたことからの逆算。あとは簡単だった。豚の脂が火傷をしないように水をちょっと加えてひたすら熱して、でてきた肉やそれ以外の不純物を取り除いて、最後は熱くなった脂を冷やしてあげる。そうすればどこまでも真っ白で美しい純粋な豚の脂のできあがりだ。
「これでいいはずだけどまずは味見……っと」
ひと舐めした時の衝撃を私は生涯忘れないだろう。舌の上を純然極まる豚脂がすべり溶けていく悦楽、我が身に純粋な脂が吸い込まれていく万能感。ひと舐めするだけで力がみなぎってくる。
「すごい……これはどんなものよりも美味しい、どんな薬よりも力が出る。こんな素晴らしいものをあとはどう使って父上たちにお出しするか……」
「……ファット様、私にお任せを」
私がその幸せにひたり、それをいかに父上たちに味わってもらうかを考えていた時。すぐ側にいたセルヴァが声を上げた。
「セルヴァ?」
「ワタシはファット様の侍女ですから、ファット様にどうすればその脂を一番美味しく食べていただけるか。どうやって食べてほしいか。それを考えるのは私の仕事です。そしてそれをどうか、旦那様たちに……」
「……わかった。よろしく頼んだよ、セルヴァ」
力強く、真正面からそしてどこか熱のこもった目でそう言われたら私としては否はなかった。
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「油も何もかもファット様が裏山で作ったものから作っております。それをファット様の望む形に一番そうよう……料理させていただきました」
「どうぞ、ソースを……マヨネーズをお好みでつけて、熱いうちにお食べください」
そしてそこからセルヴァが作ってくれたのがこのカットレットと白いソース、マヨネーズだ。真っ白く純粋になった豚の脂、豚脂であげたカツにこの白きマヨネーズをお好みで……それこそがこの料理の形だ。
「ふ、ふむさすがに脂ばかりの気がしていささか食べるには勇気が……」
「ファット様がお作りになられたものをすべて使ったからですので、なにとぞご容赦を。それよりも、まずは一口」
「う、うむ……」
恐る恐るといった体で、父上と母上ががぶりっとマヨネーズをのせたカットレットを頬張る。そう、たった一口
「な、なんだこれは!?あ、脂の旨味が鼻先まで突き抜けていきおる!!」
「香ばしい……なんていい香りで、上品な舌触りなの……ああ、脂がとろけるわ……」
それで、全ては十分だった。脂は万能、存分にその力をセルヴァが引き出してくれた形がこのカットレットとマヨネーズなのだから。
そして形をセルヴァが整えてくれたから……あとは私が理想を口にし形にする番だ。
「父上、私はこのカットレットを領民がいつでも食べられる。そうなるように当家を導きたいです」
「い、いつでも……い、いやファット。さすがにそれは無理があるし、太って」
「いえ、できます!菜種をもっと!もっといっぱいつくって油を作って売ればここにはお金がいっぱい入ってきます!幸い、ここの胡麻油は質がいいと油屋から聞いてますし、その場で食べて、残らないくらいしかとれない芋を作るよりも領民のためになります!」
油は何にでも使え、どれだけあっても無駄にならない。そして油は脂肪に通じる。脂肪は人に命の貯蓄をさせてくれる。そして財布の余裕でカットレットを好きな時に食べ、その体に脂肪という命の貯蓄を増やす。
「そしてそのお金で!民がカットレットを好きな時に食べられ、太る余裕がある!それこそが私がなしたいことです!」
”人よ、肥えよ太れよ脂に満ちよ”、グレス様はそう言われた。だから私はなんとしてもそうしないといけないのだ。
領民に良質な油を作ってもらい、そしてそれが巡り巡りて財布と腹に脂となって蓄えられる。それが、理想なのだ。
「……まさか、我が子がここまでの傑物だとはなぁ」
そして私の理想を伝えられた父上はカットレットを頬張ったまま、嬉しげにそして寂しげに頭をかき、つぶやいた。
「あ、あなた?」
「どうやら我ら夫婦から鷹が生まれたらしい……わかった、ファット。好きにしなさい。父としてそれを邪魔することはしない」
「ま、まってくださいあなた。ふぁ、ファットはまだ11にもなって……」
「年齢なんて、関係ない。今私達の目の前にある皿、そして舌に残る味……それがすべてだ」
「で、ですが……」
「なぁに、本当にダメそうなときは私達が頑張ればいい。それだけの話……とはいえファット、邪魔はしないが過分な手助けもしない、それはわかっているな?」
「はい、もちろんです父上」
そう、これこそが私とセルヴァがなした最初の功績。
そこから私たちは約3年かけて菜の花畑を、そして菜の花以外にも油がとれる作物を植える場所を増やし、売り込み、財布と体の蓄えをどんどんと増やしていき……今ではオイリー男爵領は「最高の油の産地」として広がった。
そして……
「ん……めずらしい、父上に貴族の客人とは」
いつものようにセルヴァが入れてくれるラードティーを飲んでいたところに父上への客人がやってきたのだ。
最近当家にくるものはだいたいが商人が油の売買を求めてのことだったがこの日は貴族であった。
「今日の客人はクロウ伯爵、オイリー男爵家の上司にあたるお方でございます」
「はぁ、上司……いったいなんのようだろう?油を売ってくれ、かな」
「さて、どうでしょう。皆が皆、ファット様のようだと素晴らしいのですが……」
このように、いつものように平和な日々を謳歌していた。そして客人が帰ったらまた畑
をみて新たな家畜と脂をつかった料理の開発をセルヴァに頼もうと思っていた。だというのに……
「と、当家の星見が言うておる!き、近年のここの発達は”恩寵者”ファット=アブラギッシュ=オイリーによるものだと!へ、陛下が面会を所望している!」
「あ、あのクロウ伯爵。その、ふぁ、ファットはその……み、見た目がですね?その、陛下の前にお出しするにはちと体がその……」
「か、構わん!星見も容姿については言葉を濁すばかりだがそれも陛下には伝えてある!い、いいからふぁ、ファットにあわせよ!へ、陛下のお望みであるぞ!」
「わ、わかりました……へ、陛下のお望みならい、否とはいわせません。ふぁ、ファットをお、お頼み申します」
その予定はすべて流され、私は陛下の御前へと赴くことが決まってしまったのであった。
次は10日の08時予定です