第三話~ファット、すべての油は脂肪に通じると悟る~
「なに?裏の山をつかわせてほしい、だと?」
「はい、父上。10のお祝いをくださるなら館の裏にある山を1年間好きに使わせてください」
答えを得たと悟ってから家に戻った私はすぐに父上へと掛け合うこととした。その願いはオイリー男爵家邸宅のすぐ裏にある、オイリー男爵家が所有する山を借りること。山といっても別になにかあるでもない、それこそ小さい頃から私達が遊び場にしている山だ。
「いやまぁあの山は街道に面してもなければ特に畑を作る予定もない。食べられる果物やキノコが生えるでもない、花くらいしかない小山だから別にいいのだが……いったい、どうして」
私の頼みに対して父上がいぶかしがる。たしかに無理もない。お祝いで何がほしいと聞かれて山を自由に使わせろと言われるなど思ってもみなかっただろうから。
さてどう説得したものか……
「まぁまぁ旦那様、いいではありませんか。使ってない山の1つ、好きに使わせてさしあげたら」
と、考えていたら全く予想外のところから援護射撃がとんできた。セルヴァの祖父である爺やが父上に対して
「いや爺だがな、いったい何に使うかわからないのにいくら我が子とはいえ土地をほいほい」
「ファット様くらいの年の男子は自分だけの場所を欲しがるもの。旦那様も幼きころはこっそりとあちこちに秘密基地と称した隠れ家を作っては大奥様に大目玉を」
「おいこらやめんか爺!!ファットの前だぞ!!」
「何をおっしゃりますか。何度大奥様に見つかってお尻を叩かれ、涙を流しながらもくじけず秘密基地を作り続けたあの勇姿、爺の目に焼き付いておりますぞ!!ああ、あの時の坊ちゃまは実にかわいらしくもけだか」
「だからやめんかと!……うんまぁ、そのなんだ。そこで悪いことをしないこと、それから一人ではいかず、いくなら必ずセルヴァと行くように!」
「はい、わかりました!!」
「うんうん、いい返事だ……そういえば、セルヴァはどうしたのだ?今日からお前付きにしたはずだが」
「セルヴァはその……ちょっと、神殿での勉強に付き合ってもらったら疲れちゃったみたいで休んでます」
「そうか……まぁいい。ではそのようにするのだぞ」
そして翌日、私はセルヴァとともにオイリー男爵家の邸宅の裏にある山を登っていた。いたのだが……
「えっとその、セルヴァ?随分と大きい荷物を背負っているけど、その……大丈夫?」
同行してきたセルヴァの背中には彼女の背丈の半分以上ある巨大なカバンがあり、すぐ近くの、それこそ何度となく小さい頃から遊び場にした山にいくには不釣り合いな姿だった。
「大丈夫です、ファット様。これが最小限度の装備ですので、ええ。ワタシのことはお気遣いなく」
「そ、そう……」
「それよりファット様。この度はどうしてこの山をもらいなどしたのですか?」
「ああ、それはね…」
巨大なカバンを背負ってしっかりと付いてくるセルヴァが不思議そうにたずねてきたその時、ちょうど視界が開け目的の場所へとたどり着く。
そこは眼前いっぱいに広がる”鮮やかな黄色”にそまった一面の花畑。それがすべての答え。そう、私はここで……
「この山で、油を作るんだよ」
これこそが私が得た答え。油は料理に使えるのはいうまでもなく、日々の灯や刃物のサビ止め、髪や肌の潤いを保つなどなど実に用途は多様。でも、それだけでは別に答えたり得ない。
だが、私はこれこそが答えだと確信していた。なぜなら私は聞いた気がしたのだ。
”ファット……ファット……いいですか……よく聞きなさい。すべての油は脂肪に通ず。油は植物の脂肪、生命の貯蓄なのです。……脂は脂肪に通じるのです”
このように勉強していた時グレス様がたしかに耳元でそう囁いたのを。
「油ですか……ですが、そのファット様。どうみてもこれは胡麻ではないのですが」
セルヴァの言うことは実際もっとも。油は胡麻を絞って作る、それが普通。だけど……
「ここに生えている花……菜の花はね、神殿の本によると遠い国で「油菜」と呼ばれるくらい、種から油がたくさん、胡麻より簡単にとれるらしいんだ」
「そ、そうなのですか?」
「うん。神殿の奥のほうに旅の僧が日記を残していて……”黄色き油菜の花が咲き乱れていた。この国では油にしないのがもったいない。あれは良い商売になるというのに……”って書いてたんだ」
「それはまた……生臭いというべきか教えてくれればいいのにというべきか悩みますね」
「でも、その日記が残っていたからこういうことができるしね」
そう、神殿で宿を借りた僧がそのままそこで日記を書いてくれた、それはもはやグレス様の導き。油は植物の脂肪。すべての油は脂肪に通じる。
「花が咲いてから2,3ヶ月くらいしたら種ができてくるらしいからそれを刈り取ればいい……らしいから、今のうちに準備をしないと」
どうすればいいかは記録と、そしてグレス様からいただいたデブゲームのおかげか種が一番脂で満ちるタイミングはわかる。
「準備?」
「そう、準備。油を脂にするための……」
そしてオイリー男爵領をのみんなにたっぷりと脂肪を蓄えてもらうためのの準備。しっかりと段取りを決めて……
「では、ファット様。その準備の前にファット様も準備といきましょう」
「え?」
私がこの先の展望を考えているところに、セルヴァが声をかけてきて……いつのまにか敷かれたマットの上にちょこんと座ったセルヴァ、そしていくつものパンに野菜に肉に……
「せ、セルヴァ、ひょっとして背負っていたのは全部……」
「はい、ファット様の食事でございます。ファット様は大層な健啖家ですから、ええ。ご満足していただけるようにたっぷりと用意させていただきました。ささ、どうぞどうぞ。足りないのでしたら館に戻ってから満足いくまで作って差し上げますから」
そういってニコニコと私に食事を促す目はとても優しく、温かったのだけど……ちょっとだけ、なぜかほんのちょっとだけ背中が寒い気がした。
連続投下。次の投下は8月9日9時です