第二十二話〜王女、覚悟を決める〜
しばらくは20時更新になりそうです
「これで終わり……になってくれるとありがたいんだけど」
尾や爪での一撃はすべて無効化し、逆に体当たりで吹き飛ばす。さらに龍の火炎よりも先に己が炎でその鱗を燃やす。
戦いかたこそ、少しアレだけどファットは真正面から龍を圧倒している。これはどうみても勝負ありに傍からは思える。だけど……
「なるほど、実に見事、見事だが……ファット、汝はわかっているのではないか?この勝負、我の勝ちだと」
龍はファットが吐いた炎が治まると高らかに、わたしの不安と同じことを口にする。その口調は劣勢の側とは思えないほど確信に満ちていた。
「そう……ですか?今の……ところは……互角か、私のほうが有利に思えますが」
「ふん、虚勢を張るならせめて呼吸を整えてい汗をぬぐってからにせぬか……随分と、疲れておるのぉ、ファット」
「……」
龍のいう通り。ファットの呼吸は明らかに乱れていて龍の問いかけに応じるのも一苦労だし、その顔が汗まみれなのは先ほど吐いた炎のせいばかりではないはず。
素人(いやまぁ訓練は積んでいるけど基準を考えるとどうしてもそうなります)目にも明らかに、ファットは消耗している。
「さすがのファットといえど龍とやりあうのは大変で……」
「いや、単純にふとっちょに長時間運動は地獄だからじゃない?」
「ですね……ファット様が一番嫌いなことは持久力の訓練のような長時間運動。ゆえにオイリー男爵領では長時間労働をご自分がしないでいいように規制していますし」
ちょっとあなたたち、身も蓋もないこと言わないで。
「……おい、そこの傍観者ども。口を挟むな、とはいわんがせめてもう少しこう、緊張感や敬意というものをだな? 龍の戦いを見るは人にとっては終生に誉であろうに」
「それをいうならそっちだってもうちょっとこう威厳とかそういうのをだしたら? 戦うまでの流れもかなりあれだし」
「やかましい! その力をもって宝物を奪い巣に持ち帰るのは龍の本懐! 何ら恥ずかしいことではないわ!」
ああ、そういえば確かに龍退治の逸話ってため込んだ財宝でのし上がるまでがセットだし、龍って基本そういう種族な……いやまって、ひょっとしないでもこの龍も財宝を溜め込んで……少しでも持ち帰れたらそれだけで財政が大きく……
「宝物扱いは光栄な気もしますが……しかし、確かに疲れましたがそれで勝ちを確信するのはいささか早計では?」
龍の言葉に現実逃避をしかけていた思考がファットの言葉で戻ってくる。シトロと龍の掛け合いで時間が稼げてたのか、呼吸が若干マシになっている。まさかシトロ、それを狙って……なわけないか。
「ふん、強がるな。たしかに我が爪を弾くその体も、我が体をよろめかす一撃も見事。我が炎に勝るとも劣らない火炎は圧巻ではあるが……それらすべてはその身を、というか脂を削って行っているのであろう? その体、わずかであるがしぼんでおるぞ?」
言われてみればたしかにファットのシルエットがほんの少し、ええほんの少しですが細くなったように見えます。考えてみればファットは脂肪から力を引き出していて、そして脂肪はファットたちの言葉を借りれば生命エネルギーの貯蔵庫。貯えから引き出しているなら残額は減るのは自明の理。
「我と張り合うために今のペースでその身を削ればもつのは一日か? それとも二日か? よいよい、どちらでも存分に付き合おう。なんせ龍の身は強靭、三日三晩どころか年は食わずとも戦うことができるのだからな」
わたしの耳に届くのはさらなる絶望的な内容。普通ならブラフと思うその内容も、龍の血が不老不死の霊薬とされる伝説などから考えれば信憑性は十分すぎるほど。
そして龍がわざわざ戦闘中にファットが食事をすることを許すとも思えない。いや、もし仮に食事をとることができても残っている食事の量はいいとこ十人の五日分といったところ。とてもじゃないけど、足りなすぎる。
「さて、どうする? それこそ我にそこの小生意気な雌がいっていたようにこれ以上痛い目を見る前に降参するのが懸命ではないのか?」
龍が追い打ちをかけるようにとろけるように甘く、優しく声をかける。
「ここで諦めても誰が死ぬでもない、ただ汝と我が番となるだけの話ではないか。なぁファット、我は汝を不必要に傷つけたくない……な? わかってくれ」
幼子に言いくるめるようなその声に、嘘偽りは欠片も感じられない。大事な番、見出した宝物を傷つけたくないという龍の言葉は心からの本音なのだろう。
だから、もしここでファットがそれを受け入れても仕方ない。わたしに文句を言う資格は……そう思ったのに。
「いえ、ここでやめるわけにはいきません」
そんなわたしの弱い思いを、ファットはただ一言で切って捨てます。それはもう見事な、迷いのかけらもない即答であり断言でした。
「領に帰ったら豚の世話に爺やに頼まれていた森の開梱、それから商人との油の取引。シトロさんに頼んでいたひえひえ君やひゅーひゅー君の販売、普及にともうやるべきことが山積みなんですから」
「ぶ、ぶたのせわ……だと?」
「ええ。大事な大事な美味しい豚の世話です。餌を工夫したのが食べごろになりますし」
唖然とする龍に対して毅然としてまっすぐ前を向いて堂々と言う姿は内容はともかく実に見事で、目が離せなくなって……
「セリン様に命じられています。”勝て”、と。その命に応えるは貴族の責務、諦めるだなんてとんでもない!」
ファット、あなた……
「おーおー、おーじょさまみみまっかか~。おーぞくなのにやっぱちょろすぎでしょ~」
「ややや、やかましいわよ! あなたいい加減不敬罪でとっ捕まえるわよ⁉」
ほんとなにいってるのよ、この天才。何勘違いしてるの。これでも第三王女として社交界の華と言われてるのよ? そのわたしがちょろいだなんてあるわけないじゃない!
「そこの卑怯者の子孫の命故か……妬ける、妬けるぞファット。我と婚ぐ汝が我以外の雌のために身命を賭すなど妬ましいにもほどがある!」
そしてそんな姿に龍もまた誇りが刺激されたのか、わたしを睨みつけ吠えたける。その眼光は最初に向けられた時よりはるかに鋭く、射殺さんばかりだ。
「おい! お前から言ってやれ! ファットに諦めよ、とな! さすれば先刻の無礼を許してるし、なんならなんぞ宝物も」
「はぁ⁉ なめんのも大概にしなさい、この雌トカゲ! 臣下が命張るっていってる心意気を無碍にする王族がどこにいるってんのよ!」
でも、そんな恐ろしい、それこそ先程までなら震え上がったかもしれないそれも今は怖くない。
ええ、なによ。でっかいだけのトカゲよりもこれほど堂々と貴族としてふるまったファットに呆れられるほうがよっぽどこわいわよ! あーあー! 王族ってのも楽じゃないわー!
「ふ、ふん。そう威勢がいいことを言ってもどうするというのだ? 確かにファットの体当たりは効くし火炎も見事。だが、我が鱗を貫くには届かぬしあとどれくらい体がもつと」
「ええ、たしかに。このままではどうあっても勝てないしお腹も空いてきましたので」
龍の言う最もな言葉、その言葉を遮って……
「この一撃に全力をだします。それで終わらせます」
しっかりと、ファットはとんでもないことを言い切った。




