第二十一話〜王女、龍と恩寵者の戦いに驚愕する〜
連日の遅れすいません。明日は定刻通りに投下できるよう頑張ります
「ふん! 何を言い出すかと思えばそんな戯言で怖気づくとでも思うたか! 山を消し飛ばす? そのようなこと、我にも不可能だというのにいくら神の走狗といえどできるはずがなかろうが!」
「あーうん、そう思いたいならそれでいいんだけどさ……とりあえず、あんま意地はらないでね」
シトロがいつもの調子で、その気になればわたし達をまるごと簡単に焼き殺せる龍に対しても変わらずケラケラと笑いながら話しかけている。その姿はこの非常識な状況では頼もしくもあるけど、同時にシトロの言葉が本当だとしたら……
「それはファットにこそいってやれ。人でありながら龍に挑もうというのだからな」
わたしの思いとは裏腹に龍は嫌味でも侮りでもなく、己が絶対の強者であると確信していると言わんばかりに振る舞う。そう、ただ純粋に事実を言っているだけと思っているからこそそれはまったくもって龍にとって自然で堂々としていて……
「ではいつでもこいファット!その思い上がりをわからぺっ⁉」
”ドッ!”
次の瞬間わたしの目に飛び込んできたのはそのような、それこそそのまま石像にできそうだった威厳あふれる有様を置き去りに、情けない声をあげて弾かれたように吹き飛んでいく龍の姿。そしてそれに遅れるように響き渡る激しい衝突音と倒れていく木々の音。
「……なにこれ? ま、魔法? でも魔力もなにも感じないのに……」
「セリン様。これ多分、俺が何度も食らってるみたいに純粋に体当たりしたんだと……」
「体当たりって……いくらファットが人としては巨体だからってただ体当たりをしただけで龍を吹き飛ばすなんて無理が」
わたしが理解できずに呆然とつぶやくとそれにオルドーが応えてくれる。でも、その内容はあまりにも理解不能なもの。いくらファットが脂肪のおかげで規格外の魔力を持つとはいえいくらなんでも……
「いやさ、おーじょさま。驚く必要ないって。よーく考えなくてもファットはこれくらいできて当然だもの」
ですが、そんなわたしの常識を非常識は愚かといわんばかりに否定する。
「できて当然って……」
「だって、ファットは脂肪の力を自由に操れて引き出せるんだよね?ならこれくらいはできるよ」
「ええまぁ、そう言ってましたし、事実それにふさわしい魔力をファットはみせてくれました。ですがその、いくら魔力が凄まじくとも」
「あの、セリン様。どうしてファット様が脂肪から引き出せる力は魔力をだけとお思いなのでしょうか?」
……なんですって?
「あたしもこの前聞いたんだけどさー、ファットってさ、ふっつーに脂肪の力で身体能力向上させたり、頭よくしたりしてるんだよね」
「はい。ワタシがファット様のお付きになったその日にたくさんの食事を取りながら神殿の本をすべて読破し、記憶なさったことにはじまり菜種畑の開梱や豚の飼育場を作る上で邪魔な木や岩を何度ファット様がその手で取り除いてくださってます」
ふぁ、ファットって脂肪であ、頭までよくなるの?それに、木々や岩も粉砕って……
「ま、魔力で身体能力をあげているだけでは」
「それ頭が良くなる説明にはならないじゃん?」
いわれてみればたしかに……
「結論としてはファットは脂肪を自由に操って力を引き出すっていうけど、その幅がめちゃくちゃでかいってこと。頭の回転を良くするエネルギーにもできるし、体を動かすエネルギーにもできるし、魔力にもできる。めちゃんこつよつよ、だから」
「よくもやってくれたなぁああ! 話している途中に攻撃するとは礼儀知らずにもほどがあろう!」
「いつでも来いといったのはそちらですよね?」
わたしの常識をあざ笑うかのようにはじき飛ばされた先でまるで物語から飛び出したかのように直接体と体をぶつけあい、戦いはじめるファットと龍。
「あんな風に直接戦うことができてもおかしくもなんともないんだよ!」
「そう……そうなのね。うん、理屈はわかったわ、うん」
そんな非現実的な光景を前に自信満々に言い放つシトロの姿に、わたしも納得せざるをえなかった。ただその……
「でも、だからってあの戦い方はやっぱりおかしいと思うの」
恩寵者と龍が正面からぶつかり合う、そういえば物語の一幕のよう。そしてその恩寵者が鎧兜に身を包んでいたり、様々な武芸で渡り合ったならまだ納得はできる。
でもファットの戦いかたは……
”ドッ!!!”
「くううう! なぜだ、なぜこうもいいようにあしらわれる! 鎧さえ切り裂く爪がなぜお前には効かぬ! 森ごと薙ぎ払える龍尾で打ち据えてもなぜ平気なのだ」
吹き飛ばされながら龍が不満の叫びをあげるのが聞こえてくるけど無理もないわ。ファットが爪で切りつけられたり尾で薙ぎ払われてもただ鞠のように跳ね、地面や木で反動をつけて龍に体当たり……それがさっきから繰り広げられている戦いの光景なのだから。
「なんか、龍と恩寵者の戦いというより猫がボール遊びして自滅しているみたいに見えるのだけど」
「言いえて妙かと。脂肪は天然の鎧、ファット様の脂肪は純度と密度が段違いですので弾力に富んで刃も通さぬ最強のボールですから」
「脂肪の密度と純度ってすごい言葉ね……」
普通ならふざけているとしか言えないセルヴァの言葉。でも、納得するしかない。実際に龍の爪が通っていないのだから。
ただちょっと怖いのは、脂肪は……
「くうう! もういい! 爪が通らぬというならその体、こんがりあぶってくれる!」
そう、脂肪は当然のことながら燃える。もしファットみたいな脂肪豊富で頑丈な魔物に襲われたら魔法で焼き殺すことを考えるのはごくごく当然のこと。ましてやそれが炎の息を吐ける龍ならそうしないほうがおかしい。
だから二人の戦いで炎が吐かれたのも当然のことなのだ。
「……あっつ! わ、我が鱗が熱いと感じるだと!」
……炎を吐き出したのが、ファットでなければだけど。
「周りの温度をあげることも、口の中で脂を油にするのもできるからそりゃああいうのもできるよね。指パッチンで鉄を溶かせるんだし」
「……なんでしょう、ファットのほうが怪物にみえてくるんだけど」
殴っても切っても効かないどころか体当たりで倍返しされて、おまけに火まで吹くって……龍よりもたちがわるいわよね、本当に。




