第二十話~王女、ファットに命を下す~
遅刻して本当にすいません……
「ちょ、ちょっとまちなさい!」
「待たん! こ、ここまで言われて黙っていては龍が廃るというもの! 龍を愚弄した罪、思い知れ!」
怒りに満ちた声で叫び、龍は口を大きく開きます。その口には考えるのも馬鹿らしいほどの魔力が集まって……
”ドッ!!!!!!!!!!”
轟音とともにわたし達の直ぐ側を光り輝く何か……魔力の塊が通り抜けていきます。も、もし、あれが当たっていたら……
「ふふん、みたか。これが百の軍勢を焼き払う龍の吐息。今のは威嚇だが次はあてるぞ?」
調子にのった声でつぶやく龍。ですが、そうなるのも納得の……それこそ百の軍勢だろうと物ともしないだけの魔力が、先程の一撃には込められていた。特別なことは何一つしていない。わたし達が魔法を使う時のように術式を用いたりしたでもない、ただ息を吐いただけ。それだけのことなのに……
「龍の力は人のそれとは比較にならぬ。我が吐息は鎧ごと軍勢を焼き尽くし、我が翼は森を薙ぎ払い、我が爪は鉄をも切り裂く。生物としての格が違うと理解したか?」
なぜ、龍がただの魔物ではなく伝説となるか理解させられます。なまじ会話ができて中身がへっぽこだったから勘違いしましたが、目の前にいるのはそういう存在なのです。
「うわぁ、やばい。研究したぁい。鱗とか血とか爪とかちょっともらえないかなぁ」
……うん、そこで恐れるどころか好奇心を掻き立てられるあたりシトロはさすがといったところですけど。
ですが、それに感心してばかりもいられません。目の前にいるのははっきり言って化け物。話を聞く限り今回の騒動の原因の一端。なんとかしないわけにはいきません。でも、そのなんとかというのはいったいどうすれば……
「さぁ、我は寛大であるから今一度だけチャンスをやろう。ファット、我のものとなれ。そして余のものは我に対する非礼をわびて平伏せよ。さすれば許してやらんでも」
「わかりました」
「ふぁ、ファット⁉」
ま、まって⁉ ちょっとまってファット⁉ あなたさっき断ったばかりだし脅しに屈する
性格してないわよね!?なのにどうして……
「ほう、そうかそうか。いや、さすがファット、賢いのぉ。よいぞよいぞ、さぁ我らが愛の巣に今よりいって存分に愛し」
「ですが条件があります!」
「なに?」
「先程、あなたは龍の流儀に則ってこちらを全員倒してから奪うと言われました。ならばその流儀にそって私に一対一で勝ったらそちらの条件を飲みましょう!」
「ほぉ……?先程の我の力を見てもまだ、そのようなことを言うのか?」
「ええ、言います。そしてその上でもし私が勝ったらこの山の魔物をキッチリと山中で処理していただきます! 街道に押しやられて大変なことになってますからね」
堂々と、私達を守るかのように龍の前に立ち宣言するその姿。それは脂肪さえなければ英雄のそれとしか言いようがないもの。本当に、惜しい……もうちょっと、ええ、ほんの少しでも痩せてくれれば……てっ、大事なのは今はそこではありません
「あ、あのファット……そ、そこまでしなくても」
「ですがこの場を丸く収まるにはそれしかないようですし、陛下からの命を果たすには避けて通れないことかと……」
確かにそう。なんで魔物が湧いたかはともかく街道に溢れ出た理由はこの龍が殺さずに山から追い出したから。それをやめさせないと今回のお父様の命令である街道の問題を解決できません。
だからもし勝負の乗ってもらえ、そして勝つことができれば全ては丸く収まりますが、いくつか問題があります。
「そうだけど、そもそも勝負に乗ってもらえるかしら?それ勝負に勝ったとして約束を守……」
「見くびるな! 我は誇り高き龍! 人から挑まれた勝負から逃げるような腰抜けでもなければ約定を反故にするほど恥知らずではない!」
わたしが持った当然の疑問を、龍は否定する。なるほど、龍は龍の誇りがある。ならば納得です。となると最後にして最大の問題は……
「ファット、勝てるの?」
そう、結局はそこに尽きる。ファットが恩寵者であり並々ならぬ力をもっているのは知ってますが、相手は龍。へっぽこな内面であってもその力は本物。だからどうしても不安がよぎるのですが……
「セリン様、そこは違います。男爵家の嫡男に過ぎませんが、プロイン王国貴族に連なり、王家の臣です。ですから、言うべきは質問ではなく」
……本当に、見た目以外は完璧なのね。ええ、よくわかった。あなたがそういうなら……
「オイリー家嫡男、ファット=アブラギッシュ=オイリー。第三王女セリン=フェニルアラ=プロインの名に置いて命じます」
恩寵者や客人と案内人などではなく、ただ王女と臣下のあるべき姿。ファットが貴族として為すべきことを為さんとするするのならわたしもそれに応えましょう。
「勝ちなさい、ファット」
「承知しました、王女様」
わたしの拙い命にたいして恭しく跪き、一礼をする。まるで騎士物語の一幕のような姿……やだ、ちょっと気持ちいい。
「ふん、我を前にして気に入らん。気に入らんが……一足早い夫婦喧嘩と洒落込むか。どちらが上か、しっかりと叩き込むのも悪くない。たかが神の走狗が龍たる我に正面から勝てると思うたとしたらそれはとんだ思い上がりよ」
わたしたちの振る舞いに気分を害した龍が怒りを顕につぶやく。ですが、その振る舞いを前にしても不思議と恐怖はありません。
ええ、ファットは見た目こそそうは見えませんが……必ず、勝つと信じられるのですから。そう、不安は何も……
「さぁて、堪能させてもら……」
「いやぁあのさ、龍さん。悪いこと言わないからさぁ、ファットと戦うのはやめたがいいから早くごめんなさいしといたら~?」
「なに?」
「あたしの考えが正しいとさ……下手したら、山まるごと消し飛ぶから」
……なにか別の意味で不安になってきました。




