第一話~ファット、恩寵者としての天命を授かる~
それは私、ファット=アブラギッシュ=オイリーがまだ天使のように愛らしい幼子だった頃の話だ。
当時のオイリー男爵家はクロウ伯爵家の派閥に属する貴族でこそあったものの、領地はお世辞にも広いとも豊かとも言うことが出来ず、両親やじいやたちもまた暇さえあれば邸宅の庭に作った畑で作物を耕している有様だった。
だが、幸いにも苛烈な取り立てをせずともオイリー家の財政事情は餓えて食うに困るというほど悪くなく、贅沢こそできないが日々十分食べていけ、私は両親の愛情をたっぷりに育てられていた。
そんな慎ましくも幸せな日々が続き、私も将来は父様のような清く正しい男爵になるのだと思いだしたころ……
「ファット……ファット……聞こえますか……」
「ん……」
子ども部屋で一人お気に入りのぬいぐるみを抱いて眠りについていた私の耳に響く声があった。その声は女性のようであり、母のものでも世話をしてくれていたメイドたちのものでもない初めて聞く声。
母からの”しらない人の声に耳を貸したら駄目”という教えをしっかりと守っていた幼き日の私であったがそれでも何故か無視してはいけない、そう確信できました。
「えっと……」
「よかった聞こえましたね。そして答えてくれましたね、いい子です」
目をあけた私の前に、ふくよかで魅力的な一人の女神が浮かんでいた。何を言っているかわからないかもしれないが、そうとしか言えないのだ。
「あなたは……」
「わたしはこの地に住まう神の一人。そしてあなたに恩寵を与えしものです」
「おんちょー?」
「あなたのことが大好きだからすごい力をあげちゃった、そんな神様です」
どんっとその分厚い胸板を叩きながら力強く断言する女神様。その姿は頼もしくも美しかったのだが……
「えー……でも、お母様がしらない人からものをもらってはいけないって……だからその、もらったものを返さないと」
そうなのだ。お母様との3つの約束。しらない人について行ってはいけない、しらない人からものをもらってはいけない。しらない人と約束をしてはいけない。これは当時の私には絶対のルールだった。だがそんな私の頑なな心も
「大丈夫よファット。私は人じゃなくて神様だから、しらない”人”じゃないわよ!」
「あ、そっか!」
力強く断言した女神様の言葉にあっさりと解きほぐされてしまった。
「それでえっと……な、なんてお呼びしたらいいですか神様」
「別にわたし達しかいないからなんとでも呼べばいいのに、礼儀正しいこと。でもそうねぇ……うん、よし。ファット、わたしのことはグレスと呼びなさい」
「わかりました、グレス様!」
「はい、いい子ね。それじゃファット。よく聞きなさい。今からわたしがあなたが生まれた時に与えた力がどんなものか教えてあげるから」
「はい、グレス様」
「では力について説明する前にファット……これをみなさい」
そういうとグレス様が肉厚な手をかざしその手のひらの上に2匹のクマの姿を作り出した。
そのクマは一見すると同じクマだったがよく見ると……
「さぁファット。こっちの丸々と太ったクマさんとこっちのガリガリに痩せたクマさん。どっちが元気そうに見える?」
そうなのだ。片方のクマは薄いというか肉がほとんどなくて、もう一方のクマさんは同じクマとは思えないほどムチムチと肉厚だったのだ。
どちらが元気そうと言われるとそれは……
「え、えっと……こっちの太ったくまさん」
「そうね。こっちのクマさんのほうが元気いっぱい、生きるための力に満ちているものね。なにせ、冬ごもりの準備を終えたクマさんだからね」
「冬ごもり……?」
「冬は寒くて山や森に食べるものがあんまりないでしょ?だからご飯がいっぱいある時に食べられるだけ食べて、それをぜーんぶむちむちお肉、脂肪にかえて蓄えるの。その脂があったらね、クマさんは冬はずーっと寝て過ごせるの」
「すごーい!脂があれば寝てすごせるんだ!!」
「そう、すごいの。脂はとってもとってもすごいの命の力をいーっぱい蓄えておけるの」
幼き日の私の言葉に、グレス様は目を細めそしてどこか遠くを見つめる顔で答えてくれた。
「でもファット……あなたはこう言われたことはない?”食べてすぐ寝てはいけません、太ってしまうわよ”。あるいは、”あんまりつまみ食いをしたら太るわよ”みたいなこと」
「え、えーっと……はい、あります」
よくお母様やばあやに言われていた言葉。それをまるで見てきたかのようにいうグレス様の
「そう……今はね、そうなのよね。太るということが悪いことと、脂肪は美しくない無駄なお荷物、健康の敵とされている」
やれやれと言わんばかりにグレス様は嘆息し、そして目を大きく見開き私の目を正面から力強く見据えた。
その目に宿った力は幼き私でもわかるほどすごくすごく強くて……
「ファット、よく聞きなさい。脂肪というのはね、無駄でも悪者でもないの。脂は生きる力の貯金であり財産であり味方なのよ」
「脂肪は味方……?」
「そうよ。脂肪があるからクマは冬の寒さに負けず生き残れるし、人だって脂肪があるからちょっとご飯を食べるのが遅れたって生きることができる。人は筋肉で生きているのではないわ、脂肪によって生かされているのよ」
脂肪の素晴らしさについて熱弁を振るうグレス様はまさに女神というべき美しさで幼き私も魅了された。されたが……その顔にすぐに陰りが浮かび苦々しげに言葉を発する。
「なのに……なのに、あいつが私を恐れ幅を利かせているせいで脂は害悪、邪魔者のように扱われる。脂肪を無駄と断じ、美しいのは脂肪がない筋肉の塊のようなものたち……ああ、なんて嘆かわしい!」
「え、えっと……グレス様?」
「ああ、ごめんなさいねファット。”今の”あなたには関係がないことだったわ」
「?」
「いいの、忘れなさい。それよりファット。今からあなたに、私が授けた力の名前と使い方を教えるわ。その力をどう使うのもあなたの自由……だけどできたらあなたの大事な人たちのために使いなさい」
「えっと、お母様とかお父様とか、じいやとかばあやとかですか?」
「そうね。今はそれでいいわ……ん、ごほん。それじゃファット」
居住まいを正し、現れた時と同じくしかと私の目を見据えたグレス様は神々しく輝きながら、厳かに宣言する。
「”脂の神グレス”が告げる。汝に授けし恩寵、それは”脂肪遊戯”、すなわち”脂”の力を遊ぶが如く自在に使いこなすものである!!」
「……ようするに、あなたは脂肪、特にあなたの体に蓄えられたぷよぷよのそれから力をいーっぱい引き出せるの」
「すごーい!!それじゃ、今じいやがどうしたものかって頭抱えている重たい庭の石も」
「あんなの指先ひとつでポイ!よ、ポイ!それだけじゃなくてお勉強だっていーっぱい力を引き出して頭にまわしたらちょちょいのちょい、魔法だって簡単よ!」
「うわぁ……!!」
「脂があればあなたはなんでもできる。脂は万能。脂肪は神が授けし恵み。脂肪を蓄えることは命の貯金をすること……だからファット、あなたは世界に示すのです!脂は万能である!太ることは素晴らしい!!筋肉をつける?そんなものよりまずは体脂肪をつけるべきと!!」
これこそが私の始まり。天命を授かりし日。そう、私はグレス様の教えを体現するのだ
”人よ、肥えよ太れよ脂に満ちよ”、と
エルメロイをみてたら遅れるところでした。次の更新は8月8日8時予定