第十八話~王女、龍と対峙する~
遅刻申し訳ありません……!寝坊しました
龍、それは伝説の魔物。人の言葉を解し、その身は山よりもなお巨大でその翼は森を薙ぎ払いその一息は百の軍勢を燃やし尽くす、ここプロイン王国では、どんな子どもだって間違いなく知っていて当然の魔物。なぜなら……
「龍!?ま、まさかご先祖様……神祖マスル王との!?」
はるか昔、わたしの先祖にしてプロイン王国の開祖、マスル=タンパー=プロインがこの地を荒らし民を悩ませていた龍と三日三晩の死闘の末封印した、そう伝えられているのだ。
この建国の神話はプロインの民なら老若男女貴賤を問わず知っているし、わたしだって何度夢物語としてベッドで聞かされたことか。
そんな伝説が突如翼をはためかせ目の前に咆哮しながら現れた。あまりにも非現実的過ぎる光景にわたしも理解が追いつかなかったのだけど……
「なるほど、お前はあの小癪な卑怯者の子孫か」
「こ、小癪な卑怯者!?」
わたしの叫びに予想外の反応を示した龍と、龍が発したその言葉(まぁ喋れますよね、伝説の魔物ですし)にわたしは驚かずにはいられません。だ、だって勇猛果敢で龍にその勇気を認めさせた神祖を卑怯者扱いだなんて……
「この地の主であった我に対して、献上の品と偽り毒酒を飲ませ手下と一緒に闇討ちしてきたやつにはこれでも言い足りぬ」
「……あの、神祖は伝説では正面から一対一で龍と戦い、封印を施す時はまさに勇者であり王になれと認めさせたと……」
「誰が言ったんだそんなこと。我は”目的のために手段を選ばぬ卑劣さは実に人間らしい。挑んだその蛮勇を誇れ”とは言ったが」
「……どういうことなの」
「あれじゃない?お酒飲ませて闇討ちしてその形振り構わなさを褒められました!じゃ、王様としちゃかっこ悪いからこちょーしたんじゃない、おーじょさまのご先祖さん」
わたしが頭を抱えそうになった時、シトロが横から考えたくないことをつっこんでくる。やめて、本当にやめて。
「あー、あやつならそういうことしそうだのー。あいつまじで卑劣だからなー。毒酒の臭い隠すのに見たこともないすぱいす?とかいうのを聞かせた料理やら舌がしびれる珍味とかいうのを山盛りもってきたし」
「やめて、わたしの神祖のイメージを!!かっこいい憧れのご先祖様のイメージ崩さないで!!」
王族の生まれとしては神祖は憧れでありその血をひいていることは誇りなのに……
「神祖などと呼ぶな、紛らわしい。あれは”神の犬”を飼ってこそいたがそれでもちゃんと……ちゃんと……うん、どこまでもなりふりかまわぬ人間であったのだぞ」
「ちゃんとはしてなかったんだ」
「毒酒をこっそり飲ますやつをちゃんとっていうのは流石にどうかと思うのでな……とはいえ、さすがに子孫を前に先祖の悪口もあまりよろしくないだろ」
ふぉ、フォローになってない気もしますが龍に気を使われているってなんなんでしょうこれ……
「まぁいい。ともかく、あれの子孫ならここがどういう場所かわかっていたはずであろう。なのに、これはどういうことなのだ?」
「え、えっとどういうことだ、とは?」
龍が何をいいたいのか、わたしにはさっぱり飲み込めません。いや、飲み込めというほうが無理だと思うのですが、それにしても一体何がどうなっているのやら。
「ここはアレと我が戦い、我の安眠の地としてアレに約束させた我の領域。アレの子孫とその従者にのみ立ち入りを許していないにもかかわらず、他所より下劣なる魔物の群れを持ち込ませた。それだけでも万死に値する」
そんなわたしに対して龍は淡々と、されど怒気を隠さずにその宝石のように美しくも恐ろしい眼を向けてつげてくる。
「だが、我は寛大であるし、我の安眠に気を使って距離をとっているのやもしれぬとわざわざ起きて手づから追い出しをしてやっておったのに”神の犬”をつかってそれらを台無しにするとは……」
その視線のあまりの恐ろしさは逆にわたしから現実感を奪い、わたしはこれらの話を聞きながらああ、だからお父様はわたしには絶対いけといったのか……とか、神の犬ってなんだとか考えてしまいます。
なんでしょう、幼いころ姉さまたちにお説教されてる時もこんな感じでとにかく早く終わってほしいって考えたものです。
「えーと、龍さん。さっきからちょくちょくでてくる”神の犬”ってなに?」
そして何も言わないわたしのかわりというか、興味を持ったのかシトロが龍に恐れることなく疑問をぶつけてくれます。
「決まっておろう。貴様らが恩寵者などとよびもてはやす、神の力を授けられた神の使いっぱ!忌々しき神の力を我が前で使うとは……億死に値する」
「それほど気に障りましたか……それはまたなんとお詫びしていいか」
龍がにじませる怒気に怯みもせず、堂々とファットがわたしをかばうように龍の前にたち深く頭を下げます。
龍を前にして足が震え、まともに立っているのがやっとのわたしとはまるで違い、その姿は堂々としていて実に見事で……
「ふ、ふん!あ、あやまったところでもう遅いわ!!い、いくらとんでもない美男子とはいえ、”神の犬”に媚を売られても嬉しくはないんだからな!」
その姿に龍も心を動かされたのか声が震え……てっ、ちょっとまって!?
「び、美男子?そ、その……ファットが?」
「ほう、ほうほう!こやつはファットというのか、実にいい名ではないか」
「お褒めに授かり光栄です」
「いや、そこではなくてですね……ファットが美男子というところについてもうちょっとその、なんといいますか」
「は?何を言っている。こんなにもふくよかで愛らしい、誰がどうみても美男子ではないか。貴様の目は節穴か?それともあれか?ブ男専か?いや、そういう趣向もありとは思うがの」
「ぶ、ブ男専……」
ぶ、無礼にもほどがある言葉ですが相手は龍ですのでそこは気にしないでおきます。ですが、それにしてもファットが美男子?いや、たしかに目鼻立ちは整ってますけど脂肪に埋もれて……人でないから美醜の基準が違うのかしら?
「まぁあの卑劣ものに免じて個人の自由故に好きにせよ、と言っておいてやろう。それに今は本題でないからな」
そう言い捨てると龍の眼は興味をなくしたと言わんばかりにわたしからファットへ向けられて……
「さて、ファットよ。余の領域に”神の犬”たる貴様が入り、その力を奮い血で汚した。それについて申し開きはあるか?」
「一つだけ訂正を。私は”神の犬”ではありません」
まるで舐め回すように、そのうえでこれ以上ないほどの威圧感をもって向けられる目線と言葉。側にいるだけで失神しそうになるほど恐怖を覚えるそれをうけてもファットは堂々と……
「強いて言うなら豚です!」
とんでもない返事をしたのでした……




