第十四話~騎士、恩寵者の実力を試さんと欲す~
水着メルトいい……さぁ、あとは沖田さんと乳上だ……
最初は己が目を疑った。ついで、自分はまだベッドの中にいて夢を見ているのだと思いたかった。だが、現実は残酷で……
「オイリー家嫡男、ファット=アブラギッシュ=オイリーといいます。此度はよろしくお願いします」
ああ……陛下から聞いていた名前といっしょ……だ、だとしたらこいつがやはり……
「しゅ、シュヴァル=オルドーです、な、何卒よろしく……」
「ああ、いいわよ。そんな堅苦しくならず。お父様の命令とはいえ、他に誰も見てないしわたしもファットも気にしないし……なによりそれ以前のが一人いますからね」
「ぶーぶー、あたしは礼儀を気にしないんじゃないよー。必要ないからまもってないだけだよーだ!」
ダメ押しのように、第三王女であるセリン様ともう一人、いかにも研究者といった女がいるとあってはもはや疑う余地が残ってくれない。
「……そのようにいわれましても職務中ですから」
よし、落ち着け。落ち着くんだ、俺。これは任務、しかも陛下から直接授かった大事な大事な密命。そう、今この場にいる人数の割に馬車も随分と立派で詰め込まれている荷物もまるで他国に攻め入るかといわんばかりの大掛かり……大掛かりすぎないかこれ?
「……ところで随分と大掛かりな準備をしていますが、此度は一体何人ほどで任務に」
「ん?ここにいる人数でだよー。荷物のほとんどはファットのしょくじー」
「……あの、どうみても人数分に釣り合わないと
「ファットの要望で10倍の糧食用意しましたから」
「ちゃんと食べないといざって時に力が出せませんから」
これ以上ないほど真面目な顔でいってるけど……限度ってもんがあるだろ。つーかそんなんだからその姿なんだろうが……
「……そ、そうですか。まぁ糧食の残りを気にしないでいいのはありがたいですね。で、では準備ができたようですので行きましょうか」
いやまぁいい。うん、人は見かけによらないというし陛下も認めているし、実際こうやって王女様までついているんだ。うん。多分実力は本当なんだろう。な、なら……
「は、はい。とりあえずそろそろ日が暮れますし本日はここで野営とします」
その後大量の食料を詰め込んでから出発し、その日の御者としての仕事をまず果たした。うん、真面目に、我ながらすごく真面目にやったと言っていいと思う。
馬車の中でひたすら緊張感なく何か食っているのにも気にせず頑張った。そして頑張ったのだから目的を果たさせてもらうとする
「ファット様!1日中馬車に乗りっぱなしでは体もこわばるというもの!どうです?一手お相手願えませんか!」
そう、勝負だ。団長を倒したというその腕前が本当ならぜひとも試さずにはいられない。あのなりでどうやって団長を打倒したのか、そして本当に恩寵者なのか確かめずにはいられないというもの。
もしその実力が本物であれば恩寵者という特別な存在と訓練ができる、これは俺が更に強くなるのにこれ以上ないほど有意義なこと、それだけでもこのストレスしかない任務が報われるというもので……
「お断りします」
なのに俺の期待は一瞬で拒否される。それはもう、まったく躊躇なく見事に一瞬で断られた。にべもないとはこのことだ。
「ふぁ、ファット、なんでそんな即答を。訓練くらい受けてあげればいいし、なにより少しはためらというものをですね?」
「いえでもオルドー殿が怪我されたら馬車を動かす人がいませんし……木剣でも痛いものは痛いですし」
しかも断った理由が動きたくないとか、腹が減るとかですらなくこちらの怪我……明らかに眼中にない扱いされている……この、脂肪の塊に、この俺が……
「心配はいりません!これでも体は頑丈!!さぁそれよりもぜひとも一手!!それともまさか怖いのですか!」
渋るやつの横にも木剣を置き挑発する。礼儀から外れるかもしれないが礼儀を守らずともいいといったのはセリン様。ならば何も問題ない。そう、挑発することもそして……
「はぁ……わかりました。では、やるとしま」
「せいやあああああ!!」
やると言った瞬間、俺が手に持った木剣で思いっきりその肉に埋もれた顔面へと切りかかることも何も問題ない。
別に卑怯なことではない。”やる”といったのだからその瞬間勝負は始まっている。そう、悪いのはいつでもとかいっておきながら剣も持たずに地面に手をついているあちらのほ……
「どすこい!!」
俺に理解できたのは、手をついていたあいつがなにか掛け声をはっして立ち上がったこと。そして次の瞬間全身がなにか巨大な「柔らかい」塊と衝突した……それだけだった。
なにせ衝突したと理解した瞬間、俺の体は意識ごと全部吹き飛ばされてしまって……俺が目の前の男に体当たりされたとわかったのは失神から目覚めてからという有様だったのだ。
「……こ、これで終わりでは納得いきません!も、もうひと勝負ぜひ」
そして失神から覚めた俺が最初に求めたのは勝負のやり直しだ。だってそうだろ?腕前を、訓練をと思って立ち会ったのにただ体当たりされておしまいでは訓練になりもしないし、実力を見るとかそういう話じゃなくなってしまうし、何より納得がいかなかった。
だというのに……
「あの、申し訳ないようですが……真正面からの戦いで、オルドー殿が私に勝つのは難しいかと。この先何度何回やっても、たとえ武器や条件を多少変えたところでええ。だからやるだけ怪我するだけかと」
「……そのようなことは。さ、先程は不意をつかれましたが次は……」
そう、もう体当たりなんて奇策は使わせない。ちゃ、ちゃんと警戒していれば躱せるはずの……
「いえ、純然たる事実です。その……失礼ながら私とオルドー殿では差がありすぎる」
「そ、それほど実力差があると」
「いえ、実力以前に脂肪の量でもう勝負がついてますから」
……コイツハナニヲイッテ?
「な、何をいっている!!脂肪なんて余計なものがなんでここででてくるんだ!!!」
「いやだって事実ですからそれ以外いいようが……」
「あの、ファット……その、もう少しなんというか言いようが」
「そう言われましてもそうとしか。今のオルドー殿の脂肪の量では、一対一の訓練で負けることはまずあり得ないといいますか、怪我させないほうが大変といいますか」
「ま、負けたのは事実だがそ、それでもここまで愚弄していいはずがねぇだろうが!!」
「いやいや、愚弄じゃないよーないとくーん。ファットがいうとーり、きみにはしぼーが足りないねー」
ファットの言葉に俺が礼儀も忘れて憤りをぶつけていると横でみていた研究者……シトロがファットの言葉を肯定してくる。
「ど、どういうことだよ!?」
「はぁ……んじゃーしょうがない。ファットにかわってこのあたしがおバカな君にもわかるよーに簡単に教えてあげよう」
「バカにしてるのか!?」
「ううん、事実を言ってるだけだよ……んじゃまず問題だよ。同じ大きさの木剣と鉄剣、足に落としたら痛いのはどっち?」
「やっぱり馬鹿にしてるだろ!?鉄に決まってるだろうが!?」
「そうだねー、鉄のほうが重たいからそりゃ痛いよねー」
ニマニマと小馬鹿にした笑みを浮かべながらうんうんうなずくシトロ。やっぱこいつも俺を馬鹿に……
「んじゃんじゃ、続いてもんだーい。ぶーちゃんとネズミ~、体当たりされて痛い方はどっちだー?」
「そんなの比べるまでもなく豚だろ、大きさの違い考えたら」
「そういうことだぞ」
「は?」
どういうことだよ?
「つまりだねー、一言でいっちゃうとファットがぶーちゃんなら君はちゅーちゅーネズミ君、勝てるはずないんだよねぇ」
「……俺がネズミといいたいのか」
「そだよ。まぁばっさりいっちゃうとサイズの暴力なめんなってこと?」
「……体格で勝っているやつが勝つとは限らないし、そのための技であり武器で」
「それでも限度あるでしょ、限度。ファットみたいな規格外相手にして勝つためのけんきゅーしてる?はんよーせいないでしょそーいう技術」
「そ、それは……」
「それにさー、体格差で劣る相手に勝つためって人のこーぞー考えたら目つぶしだとかー睾丸潰すとかーそういういわゆる効率がいい、君たち騎士が大嫌いなやりかたじゃん」
「……」
「それでも一撃で殺せる武器使ったり多人数で囲めばまぁなんとかなるかもだけどー?あくまで訓練で木剣で一対一でしょ。勝ち目ないじゃん」
「……い、いやでもそれでも木剣でも届けば」
「その、申し訳ありません。脂肪は天然の鎧なんで木刀なら思いっきり殴られても正直痛くも痒くもないといいますかその……下手しないでも団長のように手を痛めるだけかと」
……いまなんかこいつ、すげぇ嫌なこと言わなかったか?
「だ、団長がふ、負傷した理由ってひょ、ひょっとして……」
「ファット様に思いっきり打ち込んだ結果の自爆ですね。一太刀届かせたというか一太刀で砕けたというほうが正しいかと」
いつのまにやら妙に芳しいお茶を淹れてファットに差し出している侍女の無慈悲な言葉が、俺の最悪の想像を肯定する……もうやだこれ
その昔バタービーンというボクシング世界チャンピオンがおってじゃな?




