第十二話~王女、恩寵者に同行する覚悟を決める~
さて、こうしてお父様からの密命を帯びて馬車、それも普段わたしが使っているタイプの馬車ではファットがつっかえますし、食料も大量に運ばないといけないので一般の兵や荷物を運搬するためのそれで移動することになりました。
そして移動するには馬車と食料だけでは事足りません。替えの衣服や水や油、松明などの明かり、そしてモンスターが相手なのですから武器なども当然必要です。
それらを各自が持ち込み、馬車へと詰め込む作業中わたしはふと、いままでひっかかっていても言い出せなかったことを口に出します。
「しかし……いまさらながら解せませんね」
「んー?なにが気になるのかにゃー」
わたしの言葉に、馬車になにやらわちゃわちゃとよくわからないものを詰め込もうとしていた手を止めずにシトロが応じます。
「何がもなにも、今回の仕事は表に出せない極秘の調査。ファットは張本人ですし、わたしは世話役、セルヴァはファット付きの侍女……そこまではまぁわかるのですが」
「なのになーんで部外者でおじゃまむしーのあたしまで呼ばれてるの~って?」
「お、おじゃまむしって、そ、そこまではいいませんが、ですが少々不自然かと。呼び出す時その場にいたからといって、何も一緒に呼ばずとも……」
そうです。わたしたちが呼ばれた時、シトロもその場にいましたが今回は密命。ならば普通はシトロはおいてわたし達だけで話を聞くのが自然です。なのに、シトロはなぜ当たり前のように一緒に呼ばれ、しかも今もファットに同行する準備を……
「にゃはっは、自分でいってるじゃん。今回のお仕事は”調査“だって。なんで魔物がわいたのかーとかそう言うのを分析するのもけんきゅーしゃの仕事のうちだよー」
……あっ
「それにさー、ファットが恩寵者ってことをあまりおおっぴらにしたくないみたいじゃん、王様。それならさー、こーいうこともできる人間でファットが恩寵者って知っているあたし以上にぴったりの人いる~?」
言われてみれば確かにそのとおり。お父様は隠すつもりもないですが、同時に吹聴するつもりもありません。となると必然、ファットの力を理解していて研究しようとしているシトロが一番順当な同行者となります。
「王様としてもただファットに丸投げするよりもあたしがいたほうが確実って思ったんだろうねー。だからあたしごと連行した……まっ、ファットはたしかにちょーすごい力を持っているけどあたしもこれでちょーすごい天才、一緒にやたほうがお仕事はさくって終わるでしょ」
「……誇張抜きにそうなのがいっそ清々しいですね」
「へへ、ありがとー。んでんで、それよりもあたしとしてはおーじょさまのが余計じゃないかにゃーって」
「……どういうことですの?」
ヘラヘラと顔は笑ったまま、ですが笑っていない目をわたしにむけてシトロは挑発するかのごとき言葉をぶつけてきます。
「いやぁだって、あたしは調査、ファットは解決、んでセルヴァは食事とかいろいろお世話でしょ?でも、あなたはなーにかしてくれるのかなー?」
「なにをって。わたしはファットの世話役で見届け人としてふかけ……」
「おじゃまむしむしなみーてーるーだーけーの人は邪魔だからささっと退散してくれると助かるなー。見届けるのはあたしがしてもいいんだしさー」
こ、コイツ……わたしのことなめてますわね?
「ば、ばかにしないでくださる?これでも王族として一通りの魔法や戦いの訓練は受けてるのよ?今回のような仕事で役に立たないはずないんだけど?」
……シトロが女でよかったですわ。もし男なら迷わずお父様にしたように髭を焦がしていたでしょう
「ほんとにぃ~?」
「……一度その身で味わってみますか?」
お父様の髭を焦がした時のように指先に炎を生み出します。さすがに髭のように剃ればごまかせるものならともかく髪を焼くつもりはありませんが、このままバカにされるくらいなら一度はっきりと躾けを……
「にゃっはっは~遠慮しとく~おーさまみたいにチリチリにされたくないし~……ま、でもそれならだいじょーぶかなー。あとは猫をささっとポイしてくれたらたのしそーだし」
「……猫?」
「いやー、だっておーじょさますんごい猫かぶってるじゃん?」
「……かぶってませんよ?」
「いやー、かぶってるって。無理にてーねーな口調を出してるけどなーんかそれがしっくりこないっていうか、挑発に簡単にのったり、髭をあぶったりしてるのにそぐわないっていうかー」
こ、コイツ……
「だから猫さんをがっつりかぶってないでささっとぽいしてくれたがたのしーかなー」
「しつこい!!かぶってないっていってんでしょ!!あんましつこいと焼きますよ!!」
し、しまった……つ、つい……
「……ほほー」
「なんですの、そうそうそれって顔は!!あれですか!!第三王女は王女らしくないとかこじらせてるとかいうんですか!?そ、そういうのはもう去年卒業したんですよ!?」
「別にあたしは何も言ってないんだけど……去年までいったいどんな感じだったのかな」
「……きかないで」
あれは思い出したらいけない黒歴史なんです。
「そ、そう。ま、でもそれだけ元気ならだいじょーぶかな。フィールドワーク先でお貴族様風吹かせてわがまま言われたらめんどーだし、あたしもつい”こいつ埋めちゃったが楽じゃね?” とか考えないで良さそうだし」
「……あなたさらっと王族殺しをほのめかしてません?ものすっごい重罪なんですけど」
「にゃはは~もののたとえだよ~。使えない上司にたいしちゃ基本そー思うもんだし、もしそういうことするなら禿チャビはとっくに行方不明だよ」
「こ、怖いこといわないでください。あなたならなんか余裕で死体とかをなんとかする方法を知ってそうで現実感がありすぎますし」
「そりゃまーいくらでもあるけどやっぱ面倒だしねー。リスクとリターンと手間暇にあわないからやらないよー」
「……あるんですね、方法。そして釣り合ったらやるんですね」
髪の行方不明だけですんだ所長、実は幸運なのでは?
「にゃはは、けんきゅーしゃってそーいうもんだよー」
「……まぁいいです。ともかく、そういうわけですのでわたしも同行しますから。文句はないですわね?」
「ないない。使える人手はちょっとでも多いほうがいいしねー。いやぁ肉体労働あんましなくてすみそうでよかった~」
「あなたさりげにわたしに雑用押し付けるつもり満々でなくて?」
「だってそっちのが効率いいし」
「……うん、もういいです。何も言いません」
言っても理解できないでしょうし、雑用させるくらいならわたしがしてさっさと成果あげてもらったほうが良いでしょうし、うん。
「まぁともかく、そういうわけですからわたしも同行します。これは絶対です」
「はーいはい。わかったよー。んじゃそれにあわせて準備するかー」
と、シトロが納得したのかさらに馬車になにかを詰め込み始めます。それを見つめながらわたしは内心安堵を覚えます。
というのも、わたしがここまで同行を主張したのは何も先程いった理由だけでなく……
「いいか、セリン。此度にファットに命じた件、お前は何があっても同行しろ。どんな予定があっても、ファット達に何を言われようと絶対にだ」
このように、命令を授かったその後でお父様に個別に言われていたからでした。
「わかっています、わたしはファットの世話役であり見届人。きっちりとその責務を果たします」
「それならいい……だが、いいか。絶対だぞ。何が会っても絶対に一緒に行くのだぞ。異論は許さんぞ!」
わたしが同行する意思を示しても何度も念押しする有様……お父様が何を思っているのかわかりませんがわたしには同行する以外ありません。義務としても……好奇心としても。
だ、だってファットは見た目はそう見えなくても恩寵者ですよ?恩寵者による魔物退治とかものすっごく英雄譚じゃないですか!それに参加しないだなんてとんでもない!!
王女として、実態が雑用だろうとカカシだろうとええ、それに参加するだけでもこれ以上ない経験。どんな仕事だってしようというものです。なんとしてもやり遂げてみせますよ
「駄目です、これでは脂が足りません」
「あのセルヴァ、もうちょっとこう妥協というかなんというか……」
……まぁ何でもすると覚悟をきめたとはいえ、最初の仕事が食料で妥協しないセルヴァをなだめることとは思いもしませんでしたが




