第九話~王女、王の思いを知る~
水着武蔵ちゃんほしいな……
「あっっつ!?」
悪夢のような研究所の見学を終え、王宮に戻ったわたしは無言でお父様の髭を魔法であぶりました。
「せ、セリン!?お、お前いったいなにを」
「……お父様、どうしてファットのことを機密にしなかったの?どうして、隠す必要ないって言っちゃったんですの?」
「そ、それは……」
わけがわからないという顔をして髭を抑えていたお父様でしたがわたしの言葉になぜわたしがこのようなことをしていたかわかったらしく真剣な表情を浮かべ……
「だって……脂の神の恩寵者が国家機密だなんて知られたら、我が国の恥になるし……まともに考えたくないから……」
心の底から疲れ果てた声で目をそらして言い捨てます。その姿は王というよりもくたびれはてた役人のもので実にあわれで、娘としては声をかけることもためらわれます。
シュボッ!
「ちょ、だ、だから、あつい!!」
だから無言であごひげを指先に起こした火で炙ってあげました。
「せ、セリン!お、お前が不満なのはわかる!だ、だがな!!実際あやつを恩寵者として、そして我が国の英雄として祭り上がるのはさすがに無理がある!!というか周辺から王としての正気を疑われるし、民がどう反応すると思っておる!」
「そ、それはまぁ……」
焦げ臭い匂いを漂わせながら髭を手で押さえ涙目になって抗議するお父様。言い訳じみた内容ではありますが、ですが一理はあります。
「たしかに、ファットの見た目は恩寵者のイメージの真逆ですからね。目鼻立ちはちゃんとしてるのに脂肪に埋もれてますし、中身は見た目ではわかりませんしね」
「……セリン、お前ずいぶんとあやつのこと評価しておらんか?そもそも目鼻立ちがいいなどどこをどうみたらそうなる?」
どうみたらって……お父様はちゃんとファットのことをみれてないのですね。
「目をそらさずちゃんとみたら普通わかると思いますよ、お父様」
脂肪に埋もれてこそいますけど、パーツの良さはその顔をしっかりみればすぐわかるレベルですしね。
そして内面だって、少々言動はアレですけど大原則が民を豊かにすることであるのは話をちゃんときいていたらすぐ見えてきます。
加えてあのろくでもない玩具にしかみえなかったものから「民を幸福に導く」本質を拾い上げる度量と、その本質を形にするための行動力は正直今までわたしがあったことがあるどんな貴族よりも立派とすら言えるもので……
「セリン、お前そういう性癖があったのか?今まで浮いた話が一切なかったのもお前のまわりには美男子ばかりよってきたせい?」
「ふざけたこというと王冠の下も全部燃やしますよ」
「ひぇ……」
まったく、お父様といえど無粋にもほどがあります。わたしは純粋にファット能力と行動を評価しただけで、痩せたらさぞ見栄えがしそうなパーツや、それで見つめられた時のことなど考えてないというのに。
そりゃ美男子は好きですけど、わたしを出世や成り上がりの道具としかみてない顔と家柄だけのボンボンたちとファットを比べるのは失礼というものですよ。
「ま、まぁいい。世話役であるお前とファットの仲がいいに越したことはない。お前とファットの仲が良いほど、当家が将来抱える危険は減るからな」
わたしの当然の指摘になんとも言えない表情を浮かべたお父様はやれやれといった体で言います。その表情と言葉にわたしは違和感を覚えずに入られません。
だって……
「お父様、それはどういう?まるでファットが危険因子であるかのような」
「実際そうであろう?アレの見た目や恩寵を授けた神がなんであれ、その力は本物。もし当家や国に牙を剥いた場合どれほどの被害がでるかわかったものではない」
ああ、よかった。ちゃんと力は本物と認めて、その上で色々と考えていたんですね、お父様。さすが伊達に王では……
「仲が深まったなら将来的にお前を窓口にすればそれですべて事足りるからな……」
……これ、わたしを世話役にしたことでもう終わったことして処理したいだけじゃないですか?目が、これ以上ファットについて考えたくないっていってますよ?
「お父様がファットに関わりたくないつもりなのはわかりましたが、ファットの力は本物ですし、内面もは立派な貴族ですよ?柔軟な発想をもった実に有能で貴族としてふさわしい……しっかりと向き合えば素晴らしい国を栄えさせてくれるのは間違いないと思うのですが」
そんな触れず関わらずを決め込みたいと言わんばかりのお父様にたいして、素直な意見をぶつけずにはいられません。
だって、そうでしょう?お父様はろくにファットのことをしらずに決めつけていますが、ファットはぱっと見こそアレでいろいろとナニですけど、それでもこれ以上ないほど民のことを考えている、それは研究所での振る舞いをみれば一目瞭然だったのですから。
「お前がそこまで気にいるということは、なるほどファットは優れた者なのだろうな……だが、セリン。余は恩寵者がもたらす恵みを勝ち取るよりもその巨大な力で災いをもたらされることを避けたいのだよ」
そしてそんなわたしの疑問に対するお父様は毅然と、だけどどこか疲れた声で言い切ります。
「災いを避ける、ですか?」
「ああ。恩寵者は英雄にも大悪党にもなりうる存在。余はファットが後者にならないならもうそれでいいのだ」
「で、ですがお父様。お父様もしっかりとファットと話せばわかるはずです、彼の性根がどのようなものか!」
「性根の問題ではなく、彼を用いる場合にでてくるもろもろのあれこれがもう考えるだけで持て余すのだよ……少なくとも、余ではな」
「――っ」
「あやつを我が国の恩寵者として抱えた場合、周辺諸国はなんという?他の貴族は?あれに見た目での説得力があればまだやりやすかったがその……なんだ?あれでは逆の意味での説得力しかなかろう?そこに手を突っ込むリスクは……余には取れん。なんせ余は王としては凡夫であるからな」
「恩寵者はそもそもいるとは思わなかった存在。もともとなかったと思えば何もかわらない。今まで通りなすべきことをなせばそれでいい」
くたびれはてて威厳もなく、だけどしっかりとそう言い切るお父様の姿。それは紛れもなく王のそれで、娘としては誇らしくもあるものです
「……そう、ですか。ですがその……数年前、当国始まって以来の才女として登用されたシトロ=ネロール、彼女がファットと出会い、意気投合して協力しあうこととなったのですが」
「であればますますうかつに触れるわけにはいかんな。シトロ=ネロールもまた余の考えが及ばぬ才人。王として余にできるのは刺激を与えず、それでも才を持て余して国に害を名さんとした時に取り除くことだけだ」
「そ、それでよろしいのですか?お、王家としてしっかりと舵をとって国のためになるように誘導……」
「セリン、お前が言いたいこともわかる。だが、それは余の力を超えておる」
「……」
静かに疲れ果てた顔で首を振るお父様。その姿を意気地なしというべきか、それとも懸命というべきか……わたしには判断がつきません。
「なに、アレが悪辣でなくちゃんとした者であるのは余でもわかるし、お前の態度で確信を持てた。であるなら、害を与えず礼を尽くして適度な距離を保つ。そうすればあやつが勝手に周囲に恩寵をもたらし、そのおこぼれに当家は授かれるであろう」
あまりにも覇気も身も蓋もないことを言うお父様。ですが、その判断は王として誤ったそれでないことだけは確か。それが娘としては実に誇らしくも……
「……なによりアレを英雄として祭り上げた王として歴史に名を残すと死んでも死にきれん。あの世でご先祖様にあったとき恥ずかしいし」
お父様……台無しです……




