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脂肪遊戯~豚脂はエリクサー~  作者: 鈴木稜
はじまりの章
1/28

プロローグ ”王、恩寵者の力にむせび泣く”

「なに!?恩寵者が我が国で見つかっただと!?」


 その日、プロイン王国国王ラクト=アルブ=プロインのもとにもたらされた報告は彼にとってあまりにも衝撃的なものであった。

 恩寵者、それはこの世界を守護する様々な神々に特別愛され、優れた才能や力を与えられた歴史を動かす存在。例えば戦の神に愛された恩寵者は戦争に置いてまさに無敵の才覚を示し、癒やしの神に愛された恩寵者はただ触れるだけであらゆる病を癒す。

 正しく恩寵者の力を活かせた国は栄え、逆に恩寵者が悪の道に落ちた場合その国は凋落するまさに歴史の分岐点となり国のパワーバランスを変える存在。

 そんな恩寵者がこのプロイン王国で見つかったという。それは手つかずの金山を見つけたに等しい、否、それ以上の情報である。


「は、はい陛下。我が派閥の末席に位置する今年15になる男爵家の嫡男がどうにも並々ならぬ力を発揮しており、当家つきの星見が間違いなく恩寵者であると」


「そうかそうか、それははそれは。よし、すぐにここに呼び寄せよ!もし本当に恩寵者であればそれはこの国未来の英雄!それにみあった環境を用意するは王の義務!そしてゆくゆくは然るべき家の娘と結婚しこのプロインに大いなる恵みをもたらしてもらわねば!」


「おお、さすがは陛下!ちょうど私には14になる娘が」


「いやいや、陛下!当家の娘はちょうど16になりまして」


 王の言葉に群がるように必死の売り込みを開始する王の側近たち。下っ端貴族の嫡男など歯牙にもかけない身分であるはずの彼らだが相手が恩寵者なら話は別。

 恩寵者は約束された英雄、恩寵者を婿とした家の栄華は決まったようなもの。もし娘と子をなせば彼らの家は恩寵者の末裔としてプロイン王国での地位をますます確固たるものとする。あたりとわかっている富くじを買うようなもののなのだ。


「はっはっは、お前達。売り込み熱心なのは結構だが余にも同じ年頃の娘がいることを忘れてはいないだろうな!」


「そ、それはも、もちろん!で、ですがそれでも、はい。候補はいくらいてもよろしいかと」


「うむうむ、それもまたもっとも!いや、まったく余は果報者だ!プロイン王国の未来のために身を切ってくれる臣下に恵まれてな!」


 とまぁこのように王とその側近たちが大盛りあがりなその時であった


「あ、あの陛下……その、た、大変申し上げにくいのですがその……」


 この場に恩寵者を発見した報告をもたらした、ハゲル=イケズレ=クロウ伯爵が


「ん?おお、クロウ伯爵。なに、心配するな。お主の派閥から恩寵者がでたという事実を忘れ軽んじるほど余は愚昧では」


「い、いえその!そうではなくて、件の恩寵者ですがひ、一つ問題が……」


「な、なに?問題だと?い、いったいどのような」


 絞り出すような声を出してクロウ伯爵は真っ青な顔をし、なにかに耐えるように腹に手をあてたたまま


「そ、それが!!件の恩寵者の容姿は聞くところによるとあまり優れぬとのことで陛下やご重臣の皆々様のご息女と婚姻するのはむ、難しいやもしれません!」


 半ばやけっぱちのような声で絶叫した。そしてその魂からの叫びを聞いた王たちは


「何を言っておる。いいか、所詮美醜など皮一枚のこと。夜あかりをけして目を閉じていればすむだけのことではないか」


「然り然り。庶民が好む恋物語ではあるまいし容姿が立場を超えることなどありえませんぞ!美醜なぞ恩寵者の恩恵と比べれば些末極まりないこと!」


「まったくだ!!それとも卿はあれか?我らが娘がたかだか皮一枚のことすら耐えられぬと侮辱するつもりか」


 と、その絶叫に対して何を馬鹿なと言わんばかりの罵声の嵐。まるで”そういって自分が一番美味しいところを独り占めするつもりだろ”と言わんばかりだ。


「い、いえいえいえいえ!め、滅相もございません!ですが、それでもしかと報告する義務が」


「もうよい、卿の忠心は実に見事。だが、心配りはよいから一日でも恩寵者を連れてこい。話はすべてそれからだ」


「わ、わかりました……で、では手配いたします」






 このやりとりからおよそ7日後、存在を提言した貴族に連れられ召喚された恩寵者は王宮に激震をもたらすこととなる。そう……


「お初にお目にかかります陛下」

 ”ズシ!!ドシ!!!ビシ!!!”


「陛下のご尊顔を見ることがゆるされ、誠に光栄の極み!」


 ”ビキ!!!メキィィ!!!”


「オイリー男爵家嫡男、ファット=アブラギッシュ=オイリー……お呼びとあって急ぎ参上しました」


 ”物理的”に王宮を揺らし床材と敷物の悲鳴を撒き散らしながらファット=アブラギッシュ=オイリーは……恩寵者を名乗る丸々とした巨大な脂肪の塊としか表現しようがない男は現れたののだ。


「お、恩寵者……こ、このものがお、恩寵者というのか」


 王は己の声が震えているのを自覚しながらそれでも聞かずにはいられなかった。頼むから否定してくれと声にならぬ願いを込めてきいたそれ。だがそれは……


「は、はい陛下。当家の星見によるとかのもの間違いなく恩寵者であるとい、いわれております」


「そ、そうか……」


 這いつくばったまま王の顔を見ることすらできずに言葉を絞りだすクロウ伯爵によって打ち消されることとなる。

 無様というよりも哀れであるクロウ伯爵の姿に王の脳裏によぎるのは恩寵者の存在をクロウ伯爵が報告した際の言葉。クロウ伯爵は確かに容姿に優れぬといっていた。いたが……


(かような方向性とは聞いておらぬぞ!!そ、それにあまり優れぬどころか人なのかすら怪しいではないか!!)


 恩寵者は時代を担う導き手であり救国の英雄であり世界に破滅をもたらす大悪党である。歴史に名を残す恩寵者は誰もかれもが皆神に愛されにふさわしい容姿をしている

男の恩寵者ときいて王が思い描いたのはカリスマに溢れるまるで彫刻のように美しい体と見るだけで街行く乙女たちの視線を釘付けにする美少年、そして容姿に優れぬと聞いてから思い描いたのは豪傑というにふさわしい巌のような筋肉とそれにふさわしい彫りの深い神話の悪魔のごとき猛々しさをもった姿であった。


 だというのに、だというのに己の眼前にいるのは縦と横どちらが長いか悩む巨大な脂肪の塊に顔と手足が生えている。そうとしか言えないだらしないを通り越した、そもそも人なのかすら悩ましい存在。それが国の、場合によっては世界の行く末を左右する恩寵者だというのだ。


 王が目の前のクロウ伯爵の平身低頭している姿でゆえにことさらに目立つ薄い頭に恨みごとを言いたい思いを必死に堪えていた。その努力のおかげで王はかろうじて威厳を保てていたのだが……


「すいません陛下。おそれながら空腹ですので非常食を食べることをお許しいただけますか」


 これである。まるで王の努力を嘲笑わんばかりにファットという恩寵者を名乗る者は振る舞うのだ。


「……構わん。構わんが本当に、本当にお前は恩寵者であるのか」


「ふぁい。どうにもそのようで」


 王の許可を得たとたん懐から取り出した何かをバリボリと噛み砕きながら応じるその姿、もはや王の心に迷いもなにもなかった。


「ではその証拠をみせてみよ。恩寵者としてのその優れた才を」


(詐欺をするにしてもこれはない。故に星見による詐欺か勘違い。そうとしか思えない。なんとしてでも化けの皮をはいでみせる!!)


 






















しかし、世界は王には優しくなかった。



「ではまずは当王国騎士団長と立会いその実力を見せてもらおう。両者手加減無用でその力を見せてみよ」


 みるからに鈍重極まりない、というかサイズがあう鎧があるかすら怪しいファットに王国最強の騎士である騎士団長と立ち会わせれば即座にボロがでる、そう思っていた。だが……



ごっ……ぽよん!からん……


「て、てが……てくびが……」


全力でファットに対して打ち込んだ騎士団長の一撃はその分厚い脂肪によって阻まれ、それどころか打ち込んだ騎士団長の手首がその衝撃に耐え切れず破壊されその手から訓練用の剣がこぼれ落ち


「で、では次はま、魔法の腕を見せてもらおう。どうやってもいい、あの的を魔法によって破壊せよ」


「ファット様、どうぞ」


命令した次の瞬間、そこにあったのは跡形もなく消し飛んだ的といつの間にやら控えていた従者が差し出した飲み物を飲みながら非常食を頬張るファットの姿だけであり


「で、では次は頭脳を。王家抱えの学者が用意したこの難問を」


「……どうぞ、ファット様。勉強のあとのデザートになります」


  答案を汗と脂でギドギドにしながら常人ならまる3日かけても解けないはずの問題の山を一瞬で解き終わったファットに従者が差し出す飲み物と菓子を頬張られる有様。


 それでも諦めず王は次から次に課題を出した。だが、そのすべてをまるで食事をする前に手を拭くがごとくあっさりと解決され、ファットは従者が差し出すお茶やお菓子に夢中になる有様では王としては認めるしかなかった。


「お、オイリー家嫡男ファットよ。お、お主が非凡なのはわかった。まちがいであ……なく、お主は寵愛者なのであろう」


「ありがたきお言葉。王に認めていただけるとは光栄の極みです」


 肉に埋もれながら会釈をしている(つもり)のファットの姿から全力で目をそらしつつ


「し、してファットよ。お、お主に恩寵を授けし神はい、いったい何の神なのだ?恩寵者は己を守護する神と対峙し、理解していると記されているが」


「はっ!私に恩寵を授けてくださった神!その神は……」


 ビシバキと宮殿の床が軋む音を確かにその耳で感じながら王の耳に飛び込んだその神の名は……


「脂の神であります!!」



「もうやだ……」


 王が思わずすすり泣きとともに漏らしたされるこの言葉。それこそが「当時」の歴史家たちが将来そろって抱くこととなる思いであろう。



 これが後に「最も記録に困る恩寵者」と言われ、数多の伝説と物語となるファット=アブラギッシュ=オイリー、その始まりの伝説「王と対面し、その力によりてむせび泣かせる」の顛末であった。


次話は8月7日08時更新予定。基本1日1話更新のつもりです。何卒よろしくおねがいします

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