なまこ×ぷらす After 地獄の釜は塩茹でか?
今回は極めてコミカルに、地獄を書いた「シリアス×ギャグ×コメディ×エロティック」となっております。
前回までとは大きく変わっておりますので、ご注意くださいませ。
(なんで……どうして僕が注目されているんだ。)
至極、単純な理由だった。
繰り返す毎日から抜け出せるほど、勇気を持てないなまこ少年の様子がおかしいと気付いていたきのこと、急に意味あり気なメッセージを投げられたことが気になったさかなが、朝、なまこを見かけて声をかけた、それだけの大事件。
普段から無口な少年に、彼氏持ちの二人が立て続けに声をかければ出歯亀たちが群がって、噂に尾鰭をつけて泳がせる針小棒大のゴシップ。
(いっそのこと……殺してくれ……。)
社交的とはいえない棘皮動物には、潮の流れが早すぎた。朝から魚類の交尾に想いを馳せたなまこである。あわよくばスニーキング出来ないかと思ってキュビエ器官を放出し、もはや搾り出すものもなかった。
憎きクソイケメンに奪われた幼馴染み、知らない先輩と遠くへ行った美少女、そして絶対不可侵領域の存在だと気付いてしまった人妻。
なまこの青春は幕を閉じたハズだったのに、バッドエンドのその後で、ヒロインたちとの関係が動きはじめていた。
だがしかし、可能性がないのである。
もしかしたら数年後、いや十年後の関係はわからない。
だがしかし、なまこの青春の一分一秒は今、現在なのである。
あの時はああだった、この時はこうだった。そんな同窓会の懐かしみは、なまこのリアルにとっては戯れ言で、練り餌ひと欠片分の価値すらない。
ようやく訪れた憧れの美少女との些細な会話や、自分のものではなかった幼馴染みとの交流は、なまこの心を慰める一方で、ギリギリと締め上げつづけた。
なまこには彼女もいなければ、昨日継母に「セックスしたい!」と啖呵を切ったばかりであった。
なまこは、自らがきのこやさかなと同じステージに立っていないのに、同じ場にいさせられている事を自覚していた。
「ねえ、さかなちゃんと何を話したの?」
「なんでお前がさかなちゃんと。」
「昨日のアニメ見た?」
昨日まで話しかけてこなかった奴らからの、総攻撃だった。なまこ少年には吐き出すキュビエ器官が残っていないというのに。
当然、弁当も槍玉にあげられる。あんなことがあった翌日だからなのか、普段より気合いの入った中身だった。
「えっ!? なまこの弁当そんなキレイだっけ?」
「なんか最近気合いいれたんだって!」
「なんできのこが知ってるのよー。」
「それは、幼馴染みだし?」
「なんで疑問形?」
「えー別に良いじゃん。」
「あはは、だね。」
(余計なことを。)
なまこには、きのこの優しさが伝わらなかった。
イケメンは、きのこの優しさを感じ取れていた。
その違いが、なまことイケメンの明暗を分けた。
それが、なまこにはわからなかった。
ただ疎ましく、忌ま忌ましいと感じていた。
そんななまこですら、きのこは心配していたのだ。
「うん、でも本当に可愛いね。」
だが、天然物の海産物が落ち着いた水面を混ぜっ返して波風を立てた。優雅に泳ぐ美少女の興味の視線が、なまこに向けられた。
「ね? よく見せて。」
中学生男子には、抗いがたいあざといお強請り。字面の通りの強制力でもって、なまこは服従するほかない。すると海苔を切り取って作ったニセクロナマコや桜でんぷのハートマーク。お子様が好むおかずの詰め合わせには、もちろんタコさんウィンナーが入っている。
(マジで……殺してくれ…………。)
穴があったら入りたい。そんななまこの羞恥心を試すように、さかなは弁当を褒めたたえる。
「え!? すごい! え! これお母さんが!?」
――ズン、と言葉が落ちて、重しになって頭を醒ました。
「……そう、だよ。」
「そんな恥ずかしがらなくても良いのに、ねえ、こんなに可愛いよ?」
(だからだよ!)
男子中学生に「可愛い」の言葉は、ご法度だった。もう、どんなに取り繕っても結局は「弁当が可愛いヤツ」で固定されてしまった。取り返しはつかないし、そして継母も可愛い弁当作りを止めないだろう。
(くそ! くそ! 帰ったら、絶対おっぱい揉んでやる……っ。)
なまこ少年は昨日、強制ハグイベントが発生しなかったことによる、強制やれやれ系パイ揉みイベントを逃していた。
手段と目的の紛失。中学生の更正に、ぷらすは成功していたのだった。なまこ少年に足りない無条件の愛と安心感。それを短い間に埋めつつあるぷらすの母性が、取り乱したなまこの思考を、少年として正しい方へと導いた。
口角が引き攣った笑みで、取り繕ったつもりのなまこ少年の態度は、クラスメイトに引っ込み思案で臆病な少年の、精いっぱいな姿勢による微笑ましさの印象を強く植え付けた。
なまこ少年だけが、明日からの騒がしい日常の始まりを知らない。
「フヒヒ、ヒ。フ、ヘヘヘ。」
まるでコズミックホラーに登場する人外のような下手くそな笑い声。
それが、なまこの鳴き声のように聞こえてクラスは大きく盛り上がった。
そんな、普段ならなまこの心を砕く試練に、しかしなまこの心は耐えていた。
なまこには、確信があった。
ぷらすが母を続けるならば、一昨日までのぷらすの行動を繰り返すだろう。
過度な可愛がりや、お節介。極めつけは、必ず発生するハグイベント。
(あそこだ。)
そのイベントを、なまこ少年はチャンスだと捉えていた。
昨日、謝るばかりで何もやり返せなかった。母なのはいい。だとしても、ちょっと前まで他人だったハズの女性を性的な目で見てはいけないというのは、なまこの常識の埒外だった。
それを無意識に判断したなまこ少年は思う。
(冗談だったら、良いんだ。)
良い訳がない。しかし、男子中学生の視野の狭さは、自ら導き出した答えを尤もだと誤解させる。特に、それが自己の利益になる場合、麻薬のような甘美な誘いに抗うことなど、出来はしない。
その思い込みだけで、なまこ少年は針の筵状態を、乗り切った。
すべて、なまこが計算した通りだった。
「……ただいま。」
「お帰りなさい。」
一昨日までの気だるげな声音。
それに応える明るい穏やかな声。
リビングまで来てみれば、エプロン姿のぷらすがいた。晩ご飯の仕込みをしているところだった。きっと、あれも父巌の好物の煮物だろう。
その香りに、チリチリと微かな苛立ちが燻ることに、なまこ少年は気づかない。
ただ、一昨日までのいつも通り、手を広げてなまこ少年を向かい入れるぷらすの姿に、内心で小さくガッツポーズをした。
何もかも、すべて計算通りだった。
ぷらすの大きく柔らかな膨らみを胸板に感じ、なまこ少年は計画の成功を感じて思わずニヤけた。
あとは、一昨日までのように、両手で突き放――
「だーめ。……なんだか、なまこちゃん如何わしいんだもん。」
(え?)
(え?)
(え?)
ぷらすという女性は、極端なまでに切り替えが早かった。その時、その瞬間の想いは本物であるけれど、それを引きずるよりも心に仕舞って、折に触れて思い出しては楽しむことを好む女性だった。
だから昨日の出来事も、昨晩の内に心の中で折り合いをつけて、男子中学生という生き物が想定していた以上に男性として健全だという認識に改めた。
だからこそ、大人の余裕を見せつけることが出来た。胸を押し返されてまごつくような醜態を晒さずに済んだことが、ぷらすの自信につながった。なまこ少年の、あしらい方を覚えたのだった。
そして唖然としたなまこ少年の表情を可愛く思い、クスリと笑う。それがなまこ少年の、自尊心の砂の城を大いに崩す浜辺の泡立った波となって、代わりになまこ少年に羞恥心による興奮を植え付け始める。
(え……っ?)
なまこ少年にとっては、踏み出した先が空中だった時のような驚きだった。溺れるなまこは藁をも掴む。視覚情報のすべては、目の前のぷらすから齎されるものだけだった。
だから。
あっかんべー、と言わんばかりにちろりと突き出された舌先と、その後の舌舐めずりが、男子中学生には致死的なまでに艶めかしく感じられてしまった。
それだけが、人妻の誤算であった。
~fin~
アンコールを書いていて思ったのですが、ラブコメの主人公ってコメディだから耐えられると思うのですが、リアルだったら心が壊れますよね。
今度こそ、完結です。