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なまこ×ぷらす 中編



『くっ! 卑怯な!』


 ヒーローだって、やられるときはやられるものだ。クラスで一番のイケメンが、カッコつけて立ちはだかる。()には勝てないのに、可哀そうだね。


『ほら、きのこ行きなよ。』


 下っ端戦闘員のきのこは、やられ役だ。バカ丸出しの大げさな動きで走っていって、様式美みたいに服がボロボロになって帰ってくる。わかりやすい痴態だ。それで誘ってるつもりか?


『ねえ、なまこくん。どうしよっか?』

『なまこくん……わたしが行こうか?』


 僕にしな垂れかかるのは、さかなちゃんとぷらすさん。きのこがバカみたいな顔で帰ってくるのを待って、仕方なく頭を撫でてやれば、にへらと笑う。

 ああ、バカみたいだ。


 やれやれ、どうしても僕が行かないといけないんだよなぁ。


 お前たち、あとで覚悟しとけよ。毎回毎回役立たずの女戦闘員なんて、どこで役に立てばいいか、知ってるだろう?



   *** ***



「はあっ。はあっ。はあっ。……ああ。」


 それが、バカみたいな妄想だって、なまこにもわかっていた。だけど、所詮は妄想。そう割り切って、自分を悪の総統に投影していた。妄想の中ではなまこは全能で、イケメンをやっつけて美少女に囲まれる。足蹴にしても良いきのこ、正統派美少女さかな、そして何もかも受け入れてくれるぷらす。なまこ史上最強の布陣だった。


 しかし性経験が極端に乏しいなまこ少年には、ハッピーエンドのそのあとが想像できなかった。


 中学生特有の、理由もなく何もかもが自己の掌中にあると錯覚する誤謬に、具体性が追い付かなかった。だから、グニャグニャの不定形な妄想を自己の投影としてなまこに押し込めた。そんな、不完全な自己流が、じたばたと、どうしようもなくて床になまこを押し付けた。


(最低だ……っ! 僕は最低だ!)


 ぷらすは、継母とはいえ母だ。なまこに注がれる愛も、なまこを想ってのことだとわかっている。だというのに、なまこ自身がぷらすに向けるのは劣情ばかりで不純だった。きのこやさかなは同級生。そういうこともあるだろうと、誤魔化せる。しかし、ぷらすは違うのだ。


 ぷらすは、どうしようもなく母なのだ。


 父より自分の方が年が近いじゃないかと思っても、あれだけ密接に関わってくるじゃないかと思っても、風呂上がりに無防備な姿を晒して誘ってるんじゃないかと思っても、それでも、ぷらすがなまこに向ける感情が、どうしようもないほど暖かいと、なまこも感じ取れる。


 なまこの心中をかき混ぜ続ける二律背反(アンビバレント)


 引きちぎれそうなほど、なまこは矛盾していた。静かな面影に反して激情が渦巻いていた。

 落ち着けないで火照った身体を冷ましたくて、渇きが水分を求めてキッチンに向かった。

 キンキンに冷えた麦茶だけが、なまこの血潮を落ち着けられる妙薬のような気がした。



(……ぁ。)



 遠くで、小さな声が聞こえた。

 甘く、切ない吐息を押し殺した声だった。



(巌さん……っ、ふふ。)



 聞いたことのない声音だった。

 信じがたいことに、ぷらすの声だった。


 じりじりと喉の奥が干上がっていった。

 テーブルにぶつかった音が大きくて、思わず手を引っ込めた。

 事態を認識できなくて、時計を見た。深夜だった。

 普段は、なまこが寝静まった頃だった。 


「なんで。」


(一生くん、すごく、) (可愛いの。)

(そうか。)

(ん……っ、うんっ。) (そうなの。) (とっても良い子。)


 聞きたくなかった。ぷらすが夜、どこにいるかなんて知っていた。だとしても、知らなければそれまでだ。リビングを挟んで向こう側、なまこだけが知らない大人の睦言(むつごと)だった。

 何が起きているのか、理解できなかった。したくなかった。

 さっきまでの激情を塗りつぶす、真っ黒の絶望。


 どこまでも深い穴に落ちていく感覚。


 それでも、動けずにいるだけで増え続ける情報が、なまこ少年の脳裏に嫌でも情景を形作っていく。

 なまこ少年の歪んだ性知識と海産物への投影が、海底で(うごめ)くニセクロナマコの輪郭を浮かび上がらせる。

 ナマコはグネグネと、一面の白い砂の海底を()っていく。そして居心地のいい砂の裂け目に落ち着いて、胴体を持ち上げる。威嚇するような怒張した姿は、ナマコの繁殖行動時に見られる姿。しかし、時にはその目立つ姿が見つかって、攻められてしまうこともある。


 そういうとき、ナマコはキュビエ器官という白く熱いネバネバしたものを放出する。ニュルニュルと吐き出されるキュビエ器官が、白い砂の海底を汚していく。そんなイメージだった。


「あ……っ。あ……っ。」


 なまこ少年は呆然と、両手を見つめていた。

 やり場のない感情が、ぷらすを二度、(けが)していた。

 惨めだった。耳を塞ぐことに使わなかった。

 だから、嫌でも情報が増え続けていく。

 気づけば涙を流していた。静かに泣いた。

 それでも絶望は終わらなかった。

 絶望が、無音の慟哭(どうこく)を深める。

 交わりの声が聞こえなくなるまで、なまこ少年は海底で嵐が過ぎ去るのを待つことしかできなかった。


 こと、ここに至って自室に戻ることを思いついたのか、立ち上がったなまこ少年の足取りはしかし怪しく、フラフラと夢遊病者のようだった。


 この一夜の出来事が、なまこのぷらすへの印象を、決定的に変えてしまった。聖母の仮面を被った娼婦。だから、きのこより酷い扱いくらいで丁度いい。


(そうだ。あのクソイケメンとヤッていれば良いんだ。)


 その妄想は、聖母のイメージを捨てられないなまこ少年の心臓を握り潰すだけだった。



   *** ***



「あれ!? どったの元気ないよ??」

「……煩いきのこ。」

「わかったわかった。なまこも大変なんだねぇ。」

「……。」


 やっぱり、構ってくるのはきのこだけだった。

 自分から話しかけない暗い奴。そんな存在に、クラスメイトは冷たかった。同じ男子だというのに、深夜アニメの話題で仄暗く盛り上がってる奴らの輪にも混じれない。

 いつでも変わらない、きのこの存在がありがたかった。


(きのこの、くせに。)


 いつもと変わらないクラスメイト。それだけで、少年の心は癒された。

 変わらないからこそ、居場所があると勇気づけられた。少年は柄にもなく上がった頬を隠したくて、机に突っ伏して過ごした。


(帰りたくないな。)


 なまこがそう思うのも無理はない。

 帰り着く先は、父と母の巣だ。そこに、なまこの居場所はなかった。

 もしかしたら、初めからなかったのかもしれない。

 グチャグチャとまとまらない頭で、一人居残れるのは図書室だけだと思った。

 だから、なまこは風がそよぐ涼しい窓辺の席で、理解できない哲学めいた文学を読み漁った。


 感傷的な気分に、浸りたかった。



 だから、ふと見降ろした中庭の隅に、きのこを見かけたときは驚いた。



 声をかけようかと逡巡し、柄にもないと自嘲した。



 それだけのハズだった。早めに視線を本に戻せばよかった。



 ただ、きのこがどうして中庭にいたのか気がかりで少し、見続けてしまったから。





 だから、きのこが、あのクソイケメンとキスするところを目撃してしまう。










~to be continued~

最終回の後編は、2時間後の10時に更新です。

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