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90.エピローグ

「ノブナガは聖剣に貫かれ、永遠にこの地に縛り付けられることになったのじゃ」

「封印が効いているってことか」

「うむ。これで彼はいついかなる時であろうとも、ここから動くことはできぬ。更に、術も一切使用することができなくなった」


 正しく封印術式が発動しているということだな。

 これでノブナガは未来永劫この地で暮らすことになる。長い時の中で彼の自我が変質しようが失われようが関係ない。

 例え、魔王本来の本能に心が支配されようとも脅威ではなくなった。

 しかし――。

 

「封印のことは分かったが、何故酒盛りなんだ?」

「ノブの奴が酒を持っていたからさ」


 十郎が当たり前だと言う風に首を振る。


「人と会うのもこれで最後じゃ。細かいことは無粋というものだろう? 晴斗よ」


 そう言った後、ノブナガはぐいっと大皿を傾け酒を飲み干した。

 手向けの花代わりか。

 

「私もつごう」


 十郎の足元にある徳利を拾い上げ、大皿に注ぐ。

 注ぎきるとすぐにノブナガは中身を飲み干してしまう。

 続いて、シャルロット、リリアナとお酌をしたところで、徳利が空になった。

 

「あの床の裏にまだ酒はあるぜ」


 十郎が顎で指し示すが、ノブナガは酒を取りに向かおうとする十郎を制止させる。

 

「いや、もうよい。充分な手向けを受け取ったからの。人は人の世へ戻るがよい。儂は儂のやるべきことを成す」

「おう!」


 私がノブナガの前に立つと、三人も移動して横並びになった。

 みんな、私と同じ気持ちなのだなと分かり、思わず口元が綻ぶ。


「なんじゃ、儂とお主らの間にかしこまる必要なぞない」

「ノブナガ……いやノブナガ殿。よろしくお願いいたす」


 深く礼を行う。

 強引過ぎる手段だったが、ノブナガの民草を想う気持ちは本物だ。

 そんな彼に対し、敬意を見せぬまま帰還することなどできはしないのだから。

 

「らしくないの。晴斗、十郎、リリアナ、シャルロットよ」

「はい」


 ノブナガの呼びかけに四人の声が重なる。

 

「魔の居ぬ世界、とくと堪能するがよい」


 再び礼をして、私たちは真本能寺を後にした。

 

 ◇◇◇

 

 日ノ本に戻り、事の真相を皇太子に伝える。

 彼は沈痛な面持ちで、ノブナガの見た天下布武を実現させてみせると約束してくれた。

 

「して、晴斗、十郎よ。私に仕えてはくれぬのか?」


 別れ際に皇太子は再度私たちに問う。

 

「非常にありがたいお申し出ですが、私たちは東の大陸へ戻ります」

「そうか……残念だ。しかし、たまには顔だけでも出せ」

「ありがたきお言葉痛み入ります。今後、東の大陸との交流が活発になるでしょうし、私たちも顔を出します」

「うむ。きっとだぞ」

「はい。必ずや」


 深々と礼を行い、皇太子へ別れを告げる。

 シャルロットも交え彼と話し合った結果、聖属性を日ノ本へ導入すべく彼女の力を借りることになっているのだ。

 彼女自身が日ノ本を訪れるのは一度か二度だが、教会の高位者の幾人かは日ノ本へ住むことになるだろう。

 魔の総量はノブナガによって劇的に減じることになるが、聖属性で魔を消化することでより魔の量が減る。

 

 ◇◇◇

 

 煙々羅(えんえんら)に乗り、ようやくティコの村にある我が家まで戻ってくることができた。

 帰還を村長に告げたところ、すぐにリュートがやって来てくれて満面の笑顔で私たちの帰還を喜んでくれる。

 彼は心配で夜もなかなか寝付けなかったそうで、「今日は腕によりをかける」と言っていたので夕飯が楽しみで仕方がない。

 

 食卓をみんなで囲み、リュートの淹れてくれた紅茶を一口。


「美味しい! やはりこれでなくてはな」


 満足気に呟くと、口元から涎を垂らしたリリアナと目が合う。

 

「な、なんじゃ。仕方ないじゃろう。これほどいい香りがキッチンから……」

「そうだな」

「な、なんじゃあ。その顔はああ」

「微笑ましいなと思って。だから、くっつくな」

「むうう」


 せっかくの紅茶が飲めないではないか。

 

「あ、そういえばハルト兄ちゃん!」


 キッチンに立つリュートの声。

 

「どうした?」

「そこにいる翼の生えた姉ちゃんは?」

「紹介してなかったか」


 どうやら抜けていたらしい。彼女のことは既にリュートも知っていると思っていた。

 

「しかし、何故お主がここにおるのじゃ」


 ようやく席に戻ったリリアナが思い出したとばかりに「翼の生えた姉ちゃん」をじとーっと見やる。

 

「え? 十郎くんがいるから? ね、十郎くん」

「ね、とか言われても、ここは晴斗の家だからなあ……晴斗?」


 そう、翼の生えた姉ちゃんとはちょこんと十郎の隣に座るゼノビアだ。

 彼女は私たちが洋上を移動している際に追いついてきて、一緒に我が家までついて来た。


「お主がいたら、シャルロットも気が気じゃないじゃろうに」

「え、いや、そんな……そんなことありません」


 リリアナに突然話を振られたシャルロットが赤面して顔を伏せる。


「ま、いいや。後で紹介してくれよな! できたぞおお!」


 リュートの声に全員が我先にと立ち上がった。

 

 ◇◇◇

 

 やはり、リュートの作る料理は最高だな。久々の湯あみを済ませ、自室へ戻る。

 十郎は一階で寝ることとなり、ゼノビアは……「抜け駆けはしないでおいてあげる」とか呟き近くの空き家ですごすとのこと。

 シャルロットは遠話で場所を伝え、駆け付けていた供の者と共に近くで泊る。

 リリアナ? 彼女はこの家に自室があるからな。

 

 そんなわけで久々に一人になり、ベッドに腰かけ大きく伸びをした。

 

「ふう。ようやくこれでひと段落か」


 ほっと一息ついたところで、湯あみを終え頬を桜色に染めたリリアナがノックもせずに部屋に入ってくる。

 そのまま彼女は当たり前のようにベッドに腰かけ、私の肩へ体重を預けてきた。

 

「終わったのお」

「そうだな」


 リリアナは私の肩に頭を乗せる。

 

「変わらないな。貴君は」

「お主こそ」

「いや、そうでもないぞ」


 彼女の長い髪を指先で掬い、すぐに指を離す。

 それだけで彼女はトロンとした顔になった。

 

「ハルトぉ!」

「わ、分かったから抱き着くんじゃない」


 彼女の両肩を手で掴み、引き離す。


「むうう」


 本当にいつも通りだ。彼女の膨れた頬を見ていると、日常に戻って来たのだなと実感する。

 追放された時はまさかこのような展開になるとは露ほどにも考えていなかった。

 リュートに会い、東の大陸の文化に驚かされ、リリアナと出会い……新しい属性を見た。

 ジークフリード、シャルロット……古代龍といろんな出会いがあり、悲しい別れもあったものだ。

 日ノ本へ戻ってからも驚きの連続で、ミツヒデを打倒しノブナガを封印してここに戻って来た。

 ようやく私も当初の目的であった、静かに暮らすことができそうだ。

 考え事をしている間もずっと眉をしかめて膨れていたリリアナへ苦笑しつつも、彼女の名を呼ぶ。


「リリアナ」

「いけずのハルトー」


 憎まれ口を叩く彼女の口をそっと……。

 

 

 おしまい。


ここまでお読みいただきありがとうございました!


よろしければ、作者別作品も読んでいだだけると嬉しいです!


それでは、また別作品でお会いしましょう!

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