82.越えろ
力を得たビジリアン・ドラゴンは青龍へと進化する。
まだだ。頼むぞ。
「Mon dieu! かの者へ聖なる加護を与え給え」
シャルロットの祈りが青龍へと届く。
聖属性を得た真・青龍は禁忌に限りなく近い力を持つまでになった。
一方でミツヒデは、両手を軽く振るうのみ。
彼の指先から花吹雪……いや、これは折鶴の群れか!
折鶴はミツヒデの周囲をグルグルと廻り、真・青龍を待ち構える。
「行け。青龍! 滅びのバースト・フレア!」
空へと昇った青龍は巨大な口を下へ向け、力を溜め始めた。
バチバチと稲妻が青龍の身体からあふれ出て、口元に青白い電光がチリチリと弾け出す。
次の瞬間、青龍は溜めた力の全てをミツヒデに向け吐き出した。
極太の青白い閃光がミツヒデを襲う。
「『重ねる』力ですか。あなた方の絆の力……しかし……まだまだ甘い」
ミツヒデは両手に札を挟み、一瞬で術を構築する。
な、何という速さだ。彼が何の術を使うのかすぐに分かった。
あれは……私も愛用している術式……。だが、それではとてもじゃないが、この閃光を押しとどめることなどできないぞ。
ミツヒデが私へ目を向け、目が再び赤く光る。
「八十九式激装 雷切」
ミツヒデの力ある言葉に応じ、札が青白い稲光に変化する。
霊装ではなく、激装で来たか! てっきり土蜘蛛を強化するものだと思っていたが……。
「な、何……」
私は予想外の雷切の動きに目を見開く。
雷切は右の土蜘蛛へ向かい、増幅される。増幅された雷切は左の土蜘蛛へ。更に雷切が膨れあがった。
いつの間にか折鶴の群れが螺旋を描いており、極大化した雷切が螺旋へ吸い込まれて行く。
「永遠の螺旋に導かれ、巡り回れ雷切よ。輪廻の果てまで巡るがよい。その輝きを増しながら」
折鶴の螺旋が青龍の吐き出した閃光へ迫っていく。
――ゴオオオオオオオオン。
ぶつかった両者は、凄まじい衝撃と光を伴い消失してしまった。
「ご、互角だと……森に加え、聖属性まで加えた一撃が……」
「し、信じられぬ」
目を見開いたまま茫然とその場で硬直し、思わず言葉が漏れてしまった。
リリアナも私と同じ気持ちのようで指先がプルプルと震えている。
「発想は悪くないのですよ。個の力に集の力をぶつける……次は私から行きますよ。防いでみなさい」
っつ。ミツヒデが術を構築するのは非常に速い。
あっけに取られている場合ではないぞ。すぐに集中に入らねば。
袖を振り、札を指先で挟む。
――心を水の中へ……。深く深く瞑想し、自己の中へ埋没していく。
「九十二式 禁装 月読命」
術を発動するミツヒデの声が聞こえるが、集中は乱さない。
私の身体からぼんやりとした青白い光が立ち込め……目を開いた。
ぐっ。黒い闇の波動がもう目前にまで迫っている。
こ、この圧力……私だけでは護ることが叶わないだろう。しかし、私には信頼する二人がいるのだ。
構わず発動させる!
「八十九式 霊装 水鏡」
シャルロットの前に出て両手を前に突き出し、手を開いた。
すると、私の手のひらから海の色のような高さ三メートルほどの壁が出現する。
これぞ、全陰陽術中、最高の耐術壁を誇る水鏡。
「『重ねる』ぞ。ハルト。我に力を! ヴァイス・ヴァーサ、コルツ!」
「神よ。全ての悪意を払い給え。穢れ無き絶対領域!」
二人の霊力が私の水鏡に「重なり」、白い輝きを発する。
次の瞬間、ものすごい圧力が私の両手に襲い掛かった。
「ぐ、ぐううう」
「耐えるのじゃ! ハルト!」
リリアナとシャルロットが私を後ろから支える。
「消え失せろ! 黒き死神よ!」
叫ぶ。力の限り、叫ぶ。
ズズズズッと黒い闇の波動に押されているが、水鏡は破れない。
私の術へ二人が重ねてくれた絶対防壁は破れることなどないのだ!
「はあはあ……耐えたぞ」
耐えきった。押し切られることなく、水鏡は黒い波動を凌ぎ切ったのだった。
しかし、これができるのは一度限りだろう……たった一撃防御するだけでこれほどまでに体力を持っていかれているのだから……。
「素晴らしい。耐えきりましたか」
ミツヒデの称賛の言葉にあわせるかのように折鶴が舞う。
「リリアナ、シャルロット。一か八か、私に託してくれないか?」
「是非もない。じゃが、禁忌は許さぬぞ」
「はい!」
命を預けてくれという要求に即答する二人。
リリアナ。大丈夫だ。禁装は使わない。次、私が禁装を使ってしまったら、左腕の魔が解放されてしまう。
そうなれば……待っているのは悪夢だけ……。
ミツヒデも次の術の準備に入っている。残された時間は僅かだ。
さきほど、水鏡は破壊されなかった。この一点に全てを賭ける! もうこれしかミツヒデを破る術が思いつかない。
危機ほど冷静に。
行くぞ。
袖を振り、両手に札を挟む。
――心を水の中へ……。深く深く瞑想し、自己の中へ埋没していく。
「九十式 激装 十束」
ミツヒデの月詠に比べれば威力は落ちるが、今私が放つことができる最も強き一撃。これに賭ける!
札が光の十字に姿を変え、その場でくるくると回転し始める。
九十式以上の術を放った私の身体へ激痛が襲い掛かった。
だが、もう一つ加えねばならぬ……。
震える手で札を指に挟む。
「全ての魔力を持っていくがよい。ヴァイス・ヴァーサ、アルティメット!」
「Mon dieu! かの者へ聖なる加護を与え給え!」
森と聖が私の十束に重なった瞬間、爆発的な光が溢れ出る。
対するミツヒデの術は既に放たれていた。さきほどと同じ月詠だ。
あれは禁装の一つ。喰らえば魔王でさえただではすまぬ一撃。しかし、先ほど私たちは耐えきったのだ。
案ずるな。そう自分に言い聞かせた時――。
「な……」
放たれた黒の波動は左の土蜘蛛に向かい、増幅され……右の土蜘蛛に奔る。
先ほどの雷切と同じように増幅された月詠が向きを変え――。
「螺旋は巡り、廻る」
折鶴が螺旋を描き月詠がそこへ舞い込み、ついにこちらへ牙を向く。
「ぐ……ぐうう。八十九式 霊装 雷切……頼む!」
雷切を発動させたところで、十束の回転が止まり、折鶴の螺旋とせめぎあった。
「押している! 押しておるぞ! ハルト!」
リリアナが指を指す。
確かに彼女の言う通り、じりじりと十束が折鶴を押し込んで行っている。
「そうです。より基礎能力の高い『陰陽術』へ『重ねる』ことが正解です」
ミツヒデがそう漏らした時、一気に趨勢が十束へと傾いた。
――十束が折鶴を飲み込み、ミツヒデへ襲い掛かる!
「おお!」
いや、まだだ。
そうだよな? ミツヒデ。
私は腰だめに拳を構え、左腕を振りぬいた。




