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81.全力を尽くす

「十郎くん、ゼノビアを抱きしめてやったらどうです?」


 ミツヒデが思ってもみなかったことを呟いたので、私たち四人は思わず彼を凝視する。

 その隙にゼノビアは十郎に後ろから抱き着いた。

 

「はぐー」

「分かった。分かった」


 ひょいと体を入れ替えてゼノビアの背中へ手を回した十郎は、ギュッと腕に力を入れる。


「……わたくしも……」


 口をついて言葉が出ていたことに気が付いたシャルロットが恥ずかしそうに顔を伏せた。

 

「この隙に襲い掛かってきてもおかしくねえんだがな……」


 ゼノビアから体を離した十郎がミツヒデではなく、隣に立つ宗玄へ挑戦的な目を向ける。

 

「いや、彼らは『尋常な果し合い』を望んでいる。こちらが万全でない状態で仕掛けてはこないさ」


 「そうだよな? ミツヒデ」と言わんばかりに彼へ目を向けると、彼は静かに頷きを返す。

 

「その通りです。あなたはちゃんと理解しているようで何より」

「これだけ分かりやすければ、どれだけ鈍かろうが気が付く」


 ミツヒデはいつでも私たちの不意を打つことができたのだからな。

 だからこそ、私は彼に問いたい。

 

「この戦いの意義は何なのだ?」

「『天下布武』が為されるかどうか。確かめるためです」

「それは、私たちと戦うことでしか成しえないのか?」

「あなた方でなくともよかったのです」


 なら、話し合いで何とかならないのか?

 彼らは理性的で言葉が通じる。理で説けば、分かりあえないにしても手を引く道だって模索できるのではないか?

 

 しかし、次のミツヒデの言葉で私はそれは成しえないことだと確信する。

 

「が、今はあなた方こそ、死合う相手に相応しいと思っています」


 ミツヒデの言葉は淀みない。

 

「それが『天下布武』なのか?」

「はい。そうです。わたしはあなた方に言いました。『見事』であると」

「私たちのことを認める言葉だろう? それなのに何故、滅ぼし合う」

「必要だからです。それこそが絶対なる『覚悟』。御屋形様との盟約であり、この私が御屋形様へ投げかけた問いなのですから」

「分からない。貴君が何を求めているのか。しかし……そこにいる世事や権力へまるでなびかぬ剣豪の心を動かしたとなれば……」

「余程の信念があるのだとお思いですか?」

「その通りだ」

「ふむ……それは違います。これは御屋形様と私……いや、かつて『天下布武』を夢見た者たちの(エゴ)です」


 例え独りよがりなエゴだとしても、彼らの信念に共感する者はいた。

 彼らとは通じ合えない。彼らの思いは揺らがない。

 死合いを回避することはできないな……。

 

「納得していただけたようですね。良い目です。榊晴斗さん。市ヶ谷十郎くん、そして、遠い異国の地から参ったリリアナさん、シャルロットさん」


 袖を振り扇子を取り出したミツヒデは、パチリと扇子を開くと自分の頬を扇ぐ。

 

「そろそろやろうぜ」


 小狐丸の柄へ手をかける十郎。


「十郎くん、上で見てるからね」


 ゼノビアはコウモリの翼をはためかせ、空へと飛び立つ。

 

「妾はいつでもよいぞ。ハルト!」

「わたくしも覚悟はできております。ここで、魔将を討ち果たしましょう」


 リリアナとシャルロットの決意が籠った声。

 

「そうだな。ミツヒデ、いざ、尋常に」

「勝負はこの扇子が地に落ちた時、よろしいですか?」


 ミツヒデは開いた扇子を閉じ、上へ掲げる。

 対する私たちは、前に十郎、中間にシャルロット、後衛に私とリリアナといつもの陣形を組む。

 

 ほんの一瞬、僅かな間だけミツヒデは今までに見せたことのない表情を見せる。

 それは――目を細め口元へ歓喜を示すような笑みが浮かんだこと。

 すぐにいつもの冷徹な無表情へ転じたミツヒデは、扇子を空へ放り投げる。

 

 くるくると回転しながら舞い上がった扇子は――地に落ちた。

 

「開幕から一丁挨拶だぜ! 行くぞ!」


 十郎は雄たけびをあげ、腰だめに小狐丸を構える。

 対するミツヒデらは宗玄が前に出て、不知火をゆらりと引き抜いた。

 

 十郎の周囲から上向きの風があがり、彼の髪の毛を舞い上げる。

 っつ。十郎。それが挨拶とはやる気充分だな。

 

「奥義・三千大千世界!」


 十郎が小狐丸を振りぬくと、地まで揺らすほどの凄まじい剣圧が宗玄に向かう。

 対峙する剣豪はただ静かに剣を振り上げた。

 

 撫でるような柔らかな剣筋だったが、十郎の放った剣圧の尖端に触れた途端――三千大千世界は完全に消滅する。

 

「……な」

「予想できぬわけではなかったであろう? 強きモノノフよ」


 ずっと押し黙っていた宗玄はここで初めて口を開く。

 

「ああ、分かっていたさ。しかし、こうもあっさりと俺の三千大千世界を消してしまうなんてな。さすが日ノ本一の大剣豪!」


 対する十郎は動揺するどころか、喜色さえ浮かべる。


「十郎、身体強化の術を施す!」


 未だミツヒデは手に札さえ握っておらず何もしてこようとしない。この果し合いは我ら四人と彼ら二人で行われるものなのだ。

 お行儀よく、こちらも様子を伺うなんてことはする必要がない。

 

 しかし、十郎は――。

 

「必要ねえ。宗玄相手に身体能力やら破壊力やらは無力だ。必要なのは『己の刀』のみ」

「よいぞ。強きモノノフよ。物事の本質を分かっておる」

「あっちでやろうぜ。宗玄。誰も俺たちの邪魔はさせねえ」

「望むところでござる。いざ尋常に……」


 二人は勝手に場所を変える提案をしてお互いに同意した。

 十郎が勝つにしろ負けるにしろ、私たちにとってこの状況は都合がいい。いや、都合が良すぎる。

 宗玄が前に立っていれば、私たちの術は全てあの刀に切り裂かれてしまうだろう。

 

 そうなれば……。

 

「不可解ですか?」


 ミツヒデの目が赤色に光る。

 その言葉に心底肝を冷やした。

 

「ハルト、動揺しておる場合ではない。合わせよ!」


 呆けた私へ喝を入れるようにリリアナが叫ぶ。

 

「それでこそです。三対一だからと言って遠慮はいりません。その分……私の霊力は無尽蔵なのですから」


 ついにミツヒデが動く、袖を振り札を取り出すと僅かな瞬間で術を発動させた。

 

「札術 式神・土蜘蛛」


 右手から一匹、左手から一匹の大型犬ほどの大きさがある蜘蛛が出現する。

 土蜘蛛か。

 剛毛がびっちりと生えた太い足を持つ茶色の大蜘蛛。黒色のまだら模様が毒々しいそれは……見た目のまま猛毒を持つ。

 しかし、式神の格としては朱雀などに遠く及ばない。

 まずは小手調べというところか? いや……彼に限ってそんなことは。

 

「あのお方、ハルトさんと同じ術を」

「ミツヒデは私より遥かに陰陽術に詳しい。最大限の警戒を」


 リリアナの集中が長い。

 これは最初から大魔術を構築するつもりだな。

 ……なら、彼女が使う術は――。

 

 袖を振り札を指先で挟む。

 ――心を水の中へ……。深く深く瞑想し、自己の中へ埋没していく。

 私の身体からぼんやりとした青白い光が立ち込め……目を開いた。

 

「精霊たちよ、我に力を! ヴァイス・ヴァーサ(御心のままに)。出でよ。ビリジアン・ドラゴン(新緑の龍)


 リリアナの力ある言葉に応じ、彼女の手の平から緑色の光が伸び――光が弾ける。

 弾けた光は再び収束し、私がよく見知った蛇のような龍が出現した。古代龍の時に使った最大級の召喚術「ビリジアン・ドラゴン」。

 よし、予想通りだ。

 

「八十九式 物装 啼龍。出でよ。真・青龍!」

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