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76.左大臣と参議

「あの二人の階位は魔将だ」


 ステータスオープンで見た結果を口に出す。

 だが、さすが信頼する仲間たちだ。皇太子以外に誰も驚いた様子はない。


「ネズミと牛か。俺たちと正面きって戦おうってのか」


 「甘い、甘いぜ」とでも言わんばかりに十郎は前に出る。

 奴らは我々の不意を打つことだってできたはず。しかし、そうしなかった。奢りこそ、戦いでもっともやってはいけないことなのだ。

 どこから得たのか知らぬが、借り物の魔の力に酔っているのではないだろうか? 確かに魔の力は人では成しえない異形の力を得ることができる。

 しかし、私たちは魔を払う専門家の集まりなのだぞ?

 

 臨戦態勢の私たちに対し、二人は人から本来の魔将の姿へと転じていた。

 左大臣は直立するドブネズミと表現するのが近い。華美な衣服はそのままに、全身から薄茶色の体毛が生え、頭はネズミそのものへと変化していた。

 もう一方の参議といえば、こちらは上半身の服が避け、筋骨隆々は肉体が姿を現している。顔は牛、体は人のまま。しかしながら、あれだけたるんでいた腹は面影もない。

 全身が引き締まり、横幅の分厚さは同じくらいだったが、全て鍛え上げられた筋肉へと転じている。

 

「自信満々な参議さんよお。まずはお手並み拝見と行くぜ」


 「待て」という声も間に合わず、十郎は牛頭の参議へ上から斬り下ろす形で襲い掛かった。

 対する参議は無手のまま、右腕の前腕部を頭の前に掲げた。

 

 次の瞬間、鈍い音がしてあっさりと参議の右腕の上腕部から先が落ちる。

 参議は痛みを感じ無いのかどうか定かではないが、表情を歪ませるどころか愉悦を感じさせる低い声を出す。

 続いて彼は、左手を握りこみ十郎の顔面へ向け拳を振るう。

 

 対する十郎は首をひょいと後ろに反らすだけで参議の拳を紙一重で回避して見せた。

 左腕を振りぬいたことで泳ぐ参議の身体に対し、十郎は右の膝を参議の懐へと打ち付ける。

 

 だが――参議は先ほど斬られたはずの「右手」の手のひらで十郎の膝を受け止めたのだった。


「超回復か。あれほどの回復力は見たことがない」


 落ちた右腕はそのままに、新たな右腕が生えてくるなんて……。


「面白れぇ」


 十郎は残った方の足先で後ろに飛び、参議と距離を取った。


「ハルト。あ奴らのステータスを見た。術を再構築する」


 リリアナの声。

 十郎が突然飛び込んだのは一時を稼ぐためだったのか。

 彼の稼いだ時間をリリアナだけでなく、シャルロットも有効に活用していたようだ。既に彼女は術の構築に入っている。

 

 彼女の術が何なのかは予想がつく。私の手も変えよう。

 

 袖を振り札を指先で挟む。

 ――心を水の中へ……。深く深く瞑想し、自己の中へ埋没していく。


Mon dieu(おお、神よ)! 我が道に光あれ!」


 シャルロットの「姿暴きの術」が放たれ、彼女を中心に暖かい光が迸る。

 札が燃える赤い炎があがり……十体の妖魔忍者が姿を現した。


 よし、予想通りだ。

 私の身体からぼんやりとした青白い光が立ち込め……目を開いた。

 

「札術 式神・烏<炎>」


 札から炎が舞い上がり烏ほどの大きさの炎でできた鳥へと変化する。

 続けて……行くぞ。

 

「七十六式霊装 炎舞」


 札から青い炎が舞い上がり、炎の烏へ吸い込まれて行く。

 炎の烏は大きさを増し、形も鷹のように猛々しいものへと変化していった。

 炎の色が赤から青へと転移し、ついには人より大きな巨体へと変貌する。

 

「行け! 朱雀!」


 炎の鳥「朱雀」は姿を暴かれたことで戸惑う妖魔忍者たちへ向け襲い掛っていく。


「こちらは大丈夫だ。魔将を頼む」

「言われなくてもそうしているぜ!」


 私が術を構築している間にも、十郎は牛頭の参議へ斬りかかっていたようだ。

 参議の足元には肘から先の腕が既に四本転がっていた。

 

「頃合いダ! よくモよくもよくもやりたい放題斬ってくれたなあ!」

「ッツ!」


 何か仕掛けて来ると直感で読み取った十郎が、参議から大きく距離を取る。

 この機にこれまで戦いに介入せず、だんまりを決めこんでいた左大臣が動く。

 

 右腕を振り上げブツブツと呪文を唱え始めたのだ。

 しかし……遅い。

 

「アースバインド!」


 リリアナの魔術の方が早く、緑の蔦が左大臣をがんじがらめにする。

 

「む、術が無効化されぬではないカ!」


 イラつく左大臣は全身を動かすが、蔦が絡まるばかりで術を放つことができないでいた。

 

「森属性じゃからのお」


 得意気なリリアナの声が響く。

 左大臣の無効化できる属性は地水火風の四属性だ。もし日ノ本流の術であれば「属性が混じる」ため、光闇の術であっても左大臣は無効化したかもしれない。

 しかし、リリアナの術は純粋に「森」属性のみ。これならば、四属性の無効化を突き抜ける。

 よし、しばらく時は稼げそうだな。

 

「我の腕を糧に出でヨ。鬼棍棒」


 今度は参議だ。彼の呼びかけに応じ、転がった腕が消し炭のように黒い灰へと変化しボロボロと崩れ去る。

 それと同時に彼の手には持ち手以外にトゲがついた身の丈ほどの長さがある棍が現れたのだった。

 

「武器を出すだけだったのかよ!」


 動かせぬとばかりに、すぐに参議へ距離をつめる十郎。

 対する参議は振るわれた小狐丸を鬼棍棒で受け止める。

 

 左大臣、参議共に足止めすることはできているな……。

 ならば私は、けん制から攻勢へ転じるとしよう。

 横から手を出されると妖魔であっても厄介だからな。

 

 新たに札を二枚、左右の指先に挟み目を閉じた。

 ――心を水の中へ……。深く深く瞑想し、自己の中へ埋没していく。

 私の身体からぼんやりとした青白い光が立ち込め……目を開いた。


「八十一式 激装 鳳仙花(ほうせんか)


 両手の札から激風が舞い上がり、渦を巻いて妖魔忍者へ襲い掛かる。

 凄まじい風に対し、妖魔忍者たちはなすすべもなく吹き飛ばされて行く。

 奴らを一か所へ集めたところで――。

 ――命じる。

 

「朱雀!」


 私の命に従い、朱雀が一直線に妖魔忍者たちへと突進し……爆発した。

 爆発の余波でパラパラと砂ぼこりが落ちて来る。

 光が晴れ、空は元の姿を取り戻すが、妖魔忍者たちの姿は跡形もなく消え去っていた。


「討滅完了」


 皆に聞こえるように告げる。

 これは単なる過程、特段勝利に高揚するわけでもなく私は次の手を打つべく集中状態に入った。


「っち、キリがねえな」


 十郎は再び参議との距離を取る。

 彼はこれまで十数度参議を斬りつけ、その全ての攻撃を確実にあててきた。

 最初の四度で落とした腕は既に消滅したが、参議の足元には腕だけでなく足……なんと首まで落ちている。

 

 それでも、参議は平気で鬼棍棒を構え十郎を睨みつけていた。

 驚くことに彼はこれだけ斬りつけられているにも関わらず、息絶え絶えになるどころか呼吸さえ乱れていない。

 

 対する十郎もこの程度動いただけでは、息一つ乱すことなどなかった。


「アースバインド!」


 ちょうどその時、リリアナの力ある言葉が放たれる。

 彼女は他の戦いが終わるまで左大臣を釘付けにしておこうというわけか。

 その作戦は極めて有効だと思える。

 

 彼女の策があったからこそ、十郎と参議は一対一になっているし、私は妖魔忍者を滅することができた。

 先に左大臣を仕留めるか、それとも……参議か。

 

 どちらに陰陽術を行使するか逡巡していると、シャルロットがその場に膝を付き祈るように両手を胸の前に組む。

 

「ジュウロウ様。お手伝いいたします」


 凛とした声が響き、聖女の体から春の日差しのような柔らかな光があふれ始めた。

 

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