71.壮年のモノノフ
猛烈な爆音を響かせ飛び散った火球だったが、宗玄を避けるように彼の後ろへ流れていく。
直撃しなかったとはいえ、あれだけの熱風に包まれればただではすまない。
しかし、宗玄は汗一つかかず、下げた刀を動かし真っ直ぐに構えた。
一撃目は十郎のように研ぎ澄まされた高い腕と鍛え上げられた剣圧で火球の起動を逸らしたと理解できる。
だが……二度目は……。
「あのじいさん、只者じゃあねえぞ。立ち振る舞いを見ているだけで、武者震いがしてきやがった……」
十郎は肩を震わし目を輝かせた。
「はやるなよ……」
「分かってるって。一騎打ちだろ?」
そういう意味ではないのだが……不用意に何も考えずに飛び出されてはかなわない。
行くなら陰陽術で十郎へ物装なりをかけてからだ。
十郎と言葉を交わしている間にも、次は地面から火柱があがる。
しかしこれも、だたの一振りで宗玄は凌ぎ切ってみせた。
「加勢せぬのか?」
じっと情勢を見守っていたリリアナが焦れたように呟く。
宗玄と不知火が出現した当初、十郎が加勢しようとしていたが、宗玄の剣技を見た今となっては状況が異なる。
明らかに宗玄の方が不知火より実力が上だ。
「敵なのか味方なのか分からない。私たちは警戒しつつ行く末を見守るのがよいだろう」
「ふむ。顔見知りではないのだな。あれほどの腕を持つ者なら、お主らと知己なのかと思ったが……」
不知火を倒した後、宗玄がこちらに牙を剥く可能性を考慮すべきだろう。
宗玄が不知火より劣る実力ならば、加勢を選んだが……。
「呑気に構えテやがるが、すぐにお前らも始末すルからなア!」
不知火は愉快そうに叫ぶと、何を思ったのか手に持つ刀を真上に放り投げた。
彼はクルクルと回転しながら空へ登っていく刀へ向け両手をあげる。すると次の瞬間、彼の足元から炎の柱が舞い上がり彼の身体を中心として渦巻く。
炎は勢いを増し続け、刀は中空で停止し青白い閃光を放つ。
閃光と炎が合わさり、青白い炎となり爆発的にその勢いが増した。
彼とはそれなりに距離が離れているのだが、ここまで熱を感じるほどの炎……あれは相当な威力を内包している……。
「じじいもお前らもまとめテ、滅してや――」
不知火がカッと目を見開き、ガラスを擦ったような声で叫んでいる最中――彼の首が地面に転がった。
目を見開き、口を歪ませたそのままの顔で。
「な、何が?」
あまりの出来事につい驚きの言葉をもらしてしまう。
まるで見えなかった……やったのは宗玄に違いないのだが……。
彼は刀を振り上げた姿勢のまま止まっているし。いつ斬ったんだ?
一方で首が落ちた不知火の身体に渦巻いていた炎は、瞬きするほどの時間で消え去っていた。
「じいさんの居合だ。この瞬間を狙っていやがったみたいだぜ」
「居合? 居合とは鞘に入った状態で剣を抜くのでは?」
「言葉のあやってやつだ。居合みたいに、力を溜めて一息に振りぬいたってこった」
「……いつ剣を振ったのかまるで見えなかった……」
「俺だって振るった瞬間しか分からなかったぜ。剣圧がカマイタチとなり不知火の首を落とした」
「そのような神業……サムライなら可能なのか?」
彼我の距離は二十メートルほど離れていたのだぞ。剣圧で吹き飛ばすなら、型破りな実力を持つ十郎を見ているからできることだと分かる。
しかし、剣筋を一点に集中させ首を落とす芸当など……十郎であっても不可能なのじゃないか?
私の問いに十郎は愉快そうに顎先をついっとあげ一言。
「俺は無理だな。あのじいさんの剣技は俺以上だ」
「……貴君以上の使い手……いるとは聞いていたが、本当にいたのだな」
「ああ、ワクワクが止まらねえ」
「念のため再度言うが、はやるなよ……」
「分かってるって! いくら俺でも、自分たちの目的をそっちのけで趣味には走らねえって」
口ではそう言いつつも、手先がウズウズしていることは明らかだぞ。十郎よ……。
一方で宗玄は、黒い煙となってこの世から消え去ろうとしている不知火の元へゆっくりと歩いて行き、地面に突き刺さった妖刀「不知火」を拾い上げた。
一切の隙を見せぬ所作でこちらを向いた彼は、不知火を手に持ったまま目を細める。
なるほど。彼からミツヒデや十郎並みの圧を感じる。
やりあうならば――受けて立つぞ。
袖を振り、札を指先で挟み……。
「お尋ねしたい。ここは何処でござるか?」
呑気な質問へ途端にガクリと膝の力が抜けそうになった。
言葉を発した宗玄から、圧は無くなり弛緩した微妙な空気が流れる。
どうする? 場所を言うべきか……。
「『淡路』でやす。旦那はどこにいたんでやす?」
おっと、いたのか倶利伽羅よ。
戦いがはじまってから彼の姿が見えなかったが、上空にでも避難していたのか?
それはともかく、彼の切り替えしは悪くない。
現在私たちがいる場所を伝えていいのかの判断は倶利伽羅ならば、適切に判断できる。
宗玄のいた場所の情報を知ることこそ肝要というわけか。
確かに、魔将不知火がいた場所なのだから……核心へ迫る可能性もある。
「平城の外れから山へ入り、一日と少し歩いた山中でござった。それが、海岸とは……」
宗玄は首を振り、うんざりしたようにため息を吐く。
「旦那はこれからどうされやすか? 平城に戻られるので?」
「いや、淡路なら丁度いい。境へ向かいたい」
「境でやすか。何か所用があるのです?」
「これの鞘を作りたいのだ。妖刀『不知火』のな。彼奴が手から妖刀を離すのを待っておって、うまく妖刀が手に入ったはいいが……」
「なるほどでやす。鞘は魔将不知火と共に魔素に戻りましたものね」
「然り。境ならば丁度よい。腕のいい職人がいる」
「ここから海岸線沿いを進んで下せえ。小さな波止場が見えてきやす。そこにいるだろう釣り人に道を尋ねてくだせい。釣り人がいるのは早朝から夕方まで」
「かたじけない。すぐに向かうとしよう」
「夜通し歩くのでやすか?」
「先ほどの果し合いの熱が冷めぬのでな。今夜は気が昂り眠れそうにない。夜道を歩くのも熱を冷ますによい」
私たちとは挨拶も交わさぬままに、宗玄は踵を返し夜の闇に消えていった。
彼の姿が見えなくなってから、十郎へ目を向ける。
「気配はもう感じないか?」
「ああ。じいさんは真っ直ぐに海岸線を進んで行った。もうこちらの声が聞こえることはねえだろう」
「皆はどう思う? 宗玄は敵か味方か」
私の問いかけに、誰もがしばし無言になった。
最初に口を開いたのは、十郎だ。
「分からねえ。だが、相対するなら斬るだけだ」
彼らしい返答だな。
続いて、リリアナとシャルロットが意見を述べる。
「人間となれば、やりあいたくない相手じゃのお」
「人間同士となりますと……戦わないで済ませたいですね」
最後に倶利伽羅が腕を組んで首を傾けながら迷うように呟く。
「旦那、アレは人でも妖魔でも必要あれば、躊躇なく斬ると思いやすぜ。逆も然りですが」
そうだろうな……。
私も同意見だ。だからこそ、敵にも味方にも容易に転ぶ。
ここへ転移してきたのはミツヒデの術による可能性が非常に高い。
気になったのは、転移したことに対して宗玄だけでなく不知火も戸惑っていたことなのだ……。




