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42.弟子入り

 故郷のことが気になりつつも、あっという間にティコの村へ帰還する。

 荷物を自宅へ運び込んでいると……。

 

「近いぞ……」

「この距離まで気が付かぬとは、先ほどからずっと心ここにあらずじゃの?」


 間違っていないが、ちょうど少しかがんだところでリリアナが顔を寄せて来たものだから……お互いの唇が触れそうな距離になっている。

 下から見上げる彼女の息が私の唇と鼻先に当たるほどだ。

 

「少し……故郷のことを思い出していただけだ」

「ほう。あのべっ甲とやらを見てから、ずっとぼーっとしていたのは郷愁の念からか。可愛いところもあるもんじゃの」

「いや、日ノ本を懐かしむ気持ちは毛頭ない」

「そうなのかの? 誰しも故郷は懐かしいもんじゃないのかの?」

「私は追放された身。二度と日ノ本へは戻らぬつもりでいる」

「ふうむ。スレておるのお」


 望郷の念は無いと言えば嘘になるかもしれないが、自らの意思で禁忌を破り国を出たことは事実。

 既に日ノ本から離れた身ではある。それ故、故郷を想う気持ちについては達観しているのだ。

 私が気にしているのは全く別のところにある。

 

「リリアナ。私が日ノ本からこの地へたどり着いたのは、たまたまなのだ」

「ほう。お主の国ではこの地が知られていないのか?」

「少なくとも、私は知らなかったし文献にも書かれていない。陛下や皇太子様も恐らく知らぬと思う」

「そいつは不可解じゃの。ノームの店主曰く『交易を行っている』のじゃろう」

「そうなんだ。一体、我が祖国に何が起こったのかと気になったのだよ」

「ふうむ。あれか、先日、お主の前に現れたジュウゾウとかいう者の差し金か?」

「ジュウゾウではなく、十郎だ。それはともかく……、もし妖魔の手引きでとなると(こと)だと思ってな」

「魔族が手引きをのお。考えられぬな。奴らの中には、確かに人と敵対せぬ者もいる」


 リリアナの言わんとしていることは重々理解できる。私も同じ思いなのだから。

 妖魔の中でも人と敵対せぬ者は夜魔と日ノ本では呼ぶ。しかし、彼らは敵対しないだけで人の社会に溶け込んで金儲けなど行わないし、その必要もない。

 夜魔は最低でも中級妖魔並の力を持ち、中には魔将や真祖に並ぶ実力者までいる。そんな巨大な力を持ち、飲食も必要ない夜魔は人の社会へ紛れ込まずとも生活していけるのだ。

 中には人の社会に溶け込んで……という奇特な夜魔もいるかもしれないが、「目立つ」。彼らはその存在感から街に住む夜魔として名前が通ってしまう。

 何故なら、夜魔は人に仇なさないとはいえ「魔」であることに変わりはない。故に彼らから魔の雰囲気を容易に感じ取れる。

 

 しかし……十郎は「魔将」だ。魔将とは、人と敵対する妖魔の最高位に位置する。

 魔将が人の商売を行うなんてことは考えられない。

 

「私もそう思うのだよ。だが……」

「お主の国の民が、この大陸のことを知った理由が、思い浮かばないってところかの」

「その通りだ。いざとなれば旧友を頼るしかないが、先ほども述べた通り私は追放された身。魔将の仕業だと確定したならともかく、今は動くべきではない」

「そうかの。あ、そうじゃ。『鳩』で文を送ればどうかの?」

「ダメだ。『鳩』では海を越えることなんて不可能だ」

「むうう」

「そんなわけで、気にはなるがこの件は放置だ」


 軽い感じでリリアナにそう言うも、得も言われぬ不安が首の後ろをチリチリと焦がす感じは消えない。

 

「ハルト、お主、何も感じぬのか?」

「どうした? 唐突に?」

「ほれ、ほれ。息が」

「最初に言っただろう? 近いと」

「ちゅーしてもいいんじゃぞ?」

「冗談はそこまでにしておいて、そろそろ荷物の積み込みを再開するぞ」


 リリアナの額を指先で押し、荷物を持ち上げる。

 そのまま彼女の隣を素通りすると、後ろから怨嗟の声が聞こえてきた。

 しかし、まるで耳を貸さない私なのである。

 作業の方が大事だからな。

 

 ◇◇◇

 

 荷物を運び終えた後、リュートが淹れてくれた紅茶で休息を取っている。

 やはり、彼の淹れてくれた紅茶は格別だな。

 

「リュート、修行のことなのだが」

「うん、ハルト兄ちゃん」


 リュートは修行の話だと聞いて、頬杖をついた体勢から佇まいを正す。


「陰陽術の修行の前に、一部の魔術をリリアナから学んだ方がよいと考えている」

「んん。よく分からないや」

「その話、妾も興味ある。詳しく聞かせてくれんかの?」

「そうだな。まずは、リュートのステータスを再度確認しようか」


『名前:リュート

 種族:人間

 レベル 六

 HP: 三十

 MP: 十八

 スキル:家事全般、釣り

 地:一

 水:二

 火:一

 風:一』

 

 リュートは若くして四つの属性を使うことができる。

 これは非常に喜ばしいことだが、陰陽術を使うには陰陽と金の属性が足らない。


 陰陽術は同程度の霊力を使う魔術に比べて威力が遥かに高い。それは、属性を重ね合わせるからだ。

 逆に言えば、属性を重ねないと術が発動しない。だからこそ、陰陽術の習得は困難を極める。


「――とまあ。このようなところだ。ここまではいいか?」

「うん!」

 

 リュートが力強く頷きを返す。

 

「リリアナ。恐らく間違っていないと思うが、魔術は単属性で発動するでよかったか?」

「うむ。そうじゃ……なるほどな」


 そこで考案したのが、魔術で属性修行をすること。

 魔術はそれぞれの属性ごとに修行を行うことができる上、単属性で発動するため習得しやすい。もっとも極めようとすれば陰陽術と同じく困難を極めるのだろうが……。

 先にそれぞれの属性の修行をしてもらい、階位を三まであげてもらう。


「おお! すごいやハルト兄ちゃん!」


 リュートは手を叩いて喜色を浮かべる。

 

「しかし、金・陽・陰については魔術だと習得できない。この三つの属性は陰陽術を通じて鍛えてもらう予定だ」


 三つの属性が足らないとはいえ、元から地水火風の四つの基礎訓練を終えていれば、残り三つも習得しやすいはず。

 陰陽術は最低二つの属性を重ねる。片方を習得してれば、ゼロからやるより遥かに効率がいいだろう。

 

「そんなわけで、すまんが最初はリリアナに師事してもらって欲しい」

「任せておけ。リュートの師になると言った妾の言葉に嘘はないからの」


 無い胸をドンと叩き、リリアナは得意気に口角があがる。

 

「ありがとう。リリアナ姉ちゃん!」

「ふふん。任せておくがよい。礼は……」

「ハチミツ入りのアップルパイでいいのかな?」

「そう、それじゃ!」


 リリアナ……いつの間にそのような契約を。

 それにしても、アップルパイか。一度食したことがあるが、甘くてサクサクで非常に美味だった。

 

「リュート、すまぬが……」

「うん、ハルト兄ちゃんの分も作るからな!」

「おお! ちゃんと材料費は支払う」


 料理を作る作業量が修行の代金となる契約にしようとリュートと取り決めは既に行っている。

 彼の修行用の道具を揃えるのにも現金が必要だったが、彼との契約を履行するにも和紙を売る必要があったのだ。ふふん。

 幸いにも和紙は売れ、手元に金はある。

 

「では、リュートよ。明日、朝より妾が修行をつけるからの」

「うん! ありがとう。リリアナ姉ちゃん!」


 この日の夜はリュートの作ってくれたシチューとパンを頂き、就寝したのだった。

 

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