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28.聖女

 ジークフリードが私とリリアナを夕食の席に誘ってくる。

 恐らく聖女やその他にいる有力者を紹介してくれるのだろうと思い、すぐに彼の元へ顔を出すことにした。

 

 彼の部下に案内されたところは、木の棒を骨組みに布を張った壁で部屋のように外と区切りがつけられたいた。

 中に入ると、簡素ではあるが椅子と机が用意されていて、机の上にはパンや飲み物が置かれている。

 他にも実力者や騎士団の幹部が出席しているのかと思いきや、意外にもその場にはジークフリードと若い騎士の二人だけだった。

 若い騎士は給仕に徹しているので、実質ジークフリード唯一人が迎える形となる。

 

「ようこそ。おいでくださいました。リリアナ様、ハルト殿」

「ジークフリード、宴の誘い感謝じゃ。して、他の者は来ぬのか?」


 立ち上がって敬礼するジークフリードへ片手をあげたリリアナが問いかけた。

 

「そろそろ、おいでになられるかと……」


 ジークフリードの言葉が終わらぬうちに、もう一人の客人が姿を現す。

 供の者を連れているのかと思いきや、一人で来たのか。

 客人は十八歳くらいの明るい茶色の髪をした人間の少女だった。

 純白の袈裟(けさ)に似る衣装に身を包み、頭には絹でできた薄い布をまとっている。

 すっと伸びた薄い眉、こぼれんばかりの大きな瞳……全体的には可憐と表現してもよいのかもしれないが……。

 しかし、私にとって最も印象的なことは、彼女から神聖で触れ難い何かを感じることだった。

 

「お待たせしてしまいましたか?」


 鈴の鳴るような声で彼女はジークフリードへ顔を向ける。

 

「いえ、まだ宴の準備が整っておりません。お待たせしているのは私の方です」


 ジークフリードは恐縮した様子で頭を下げた。


「聖女かの?」


 リリアナは神々しさを感じる少女に物おじした様子もなく、いつもの口調だった。

 

「はい。わたくしが今代の聖女を務めさせていただいております」


 少女はゆっくりとした動作で丁寧に礼をする。

 

「そうか。妾はリリアナ」

「リリアナ様。先代様よりあなた様のことはお聞きしております。わたくしはシャルロットと申します。よろしくお願いしますね」

「うむ。よろしく。シャルロット」


 シャルロットは手のひらを上に向け前に差し出す。一方リリアナはシャルロットの手の平に自分の指先を上から重ね合わせる。

 続けてシャルロットは少し膝を落とし軽く頭を下げ微笑んだ。

 見たことのない仕草だが、貴賓同士の挨拶なのだろうか?

 

 様子を伺っていると、リリアナが私の肩へ手を添えぐぐいっと。

 そのまま私の体は九十度向きを変え、シャルロットと向かい合う。

 

「シャルロット、こやつはハルト。不思議な術を使う。優男な見た目とは裏腹に相当……やる」

「はじめまして、聖女様。私は榊晴斗と申します」


 深々と頭を下げると、シャルロットが口元に笑みをたたえたまま会釈を返す。

 

「シャルロットです。よろしくお願いしますね。ハルトさん」


 先ほどリリアナがやったようにシャルロットへ指先を向けようとしたら、リリアナがむんずと手を握り自分の方へ手を引く。

 勢いよく引っ張りすぎて、彼女の胸に私の指先が触れてしまう。

 しかし、ふわりとした感触は無い。その時、リリアナと目が合いキッと睨みつけられたのだが……。引っ張ったのはリリアナだろうに。

 すぐに彼女は私から目線を外し、シャルロットへ声をかけた。

 

「すまぬの。シャルロット。こやつは奇妙な服装の通り異邦人なのじゃ。作法を知らぬのは見て見ぬフリをしてくれぬかの」

「そうでしたか。大陸の外に人の住む地があったのですか?」

「そのようじゃの。現にハルトがここにいる。それが証明じゃな」


 む。日ノ本よりこちらの方が技術水準は高いことは確実だ。

 しかし、彼らもまた大陸の外の人と接触はしてこなかったってわけか。興味深い。


「リリアナ、作法とは……?」


 リリアナの耳元で囁く。

 

「シャルロットを前にしておるから、知っておいた方がよいの」


 もったいぶったように口元に指先を当てるリリアナへ、目で先を促す。

 

「全く……妾には失礼な態度を崩さぬのじゃな。まあよい。聖女は男子になるべく触れてはならないのじゃよ」

「そういうことか。それは失礼な態度を取ってしまったな」


 シャルロットへ向き直り、今度は謝罪の意味で頭を下げる。

 

「お気になさらないでください。ハルトさんの国には聖女がいないのですか?」

 

 シャルロットは興味深そうに私へ質問を投げかけてきた。

 ううむ。巫女が聖女に相当するのか微妙なところだ。巫女は聖なる術を使いこなすことはできない。

 彼女らは、陰陽術に似た神術を使う。

 

「神に仕える『巫女』という職ならあります。しかし、彼女ら自身が神聖な存在かというと少し違う気がします」


 目の前にいるシャルロットのような神々しさを巫女から感じとることはまずない。

 中には生まれながらの神の使い……といった巫女もいるかもしれぬが、私はこれまでそのような者に出会ったことはなかった。

 

「それでしたら、ハルトさん。私の事は聖女ではなく、シャルロットとお呼びください。信じる神もきっと異なるのでしょう?」

「分かりました。シャルロット様」

「『様』も適切ではないと思いますわ。ただのシャルロットとお呼びください」


 呼び捨ては非常に抵抗感があるのだが……。

 シャルロットの言わんとしていることは理解できる。この大陸で信じられている神のことは分からぬが、私と信じる神が異なることは確かだろう。

 聖女とは、彼女やジークフリードが信じる神と同じ神を信仰する者の間でだけで呼ばれる役職のようなもの。

 だから、彼女らの信仰の外側にいる者たちからは、聖女と呼ぶ必要がない。

 いや、私が彼女を「聖女」と呼んでも差し支えはないだろう。むしろ、聖女と呼んだ方が彼女へ敬意を示しているはず。

 しかし、彼女は自分をシャルロットと呼ぶことができる立場の人には、名前で呼ばれたいのだと私は推測する。

 普段から聖女の立場でいなければならないシャルロット。せめて、聖女と呼ぶ義務の無い人たちからだけでも、彼女はただのシャルロットで呼ばれたいというわけだ。

 

「……シャルロット……と呼ばせていただく」

「はい。是非、そのようにお呼びください。ハルトさん」


 ちょうど会話が途切れたところで、ジークフリードが私たちを椅子に座るように促す。

 着席するとすぐに暖かい料理が運ばれてきた。

 野営地だというのに、こうもすぐ料理が出てくることに驚きを隠せない。余程気を使わせてしまっているのか心配になる。

 

「すいません。部下と同じような食事となりまして……」

「よいよい。特別な食事を持ってこられても困るしの。のう、ハルト!」

「あ、ああ」


 逆に気を使わせてしまったようで、申し訳ない。

 口に出そうかと思ったが、これ以上突っ込むのも野暮だと言葉を飲み込んだ。

 

「食べながら聞いてください。騎士も集合しましたので、明朝よりラーセンの街へ攻勢をかけたいと考えてます」


 ほうほう。これは鶏肉と野菜のスープか。パンに良く合う……。

 っと。食べることに集中していてはいけないな。

 ジークフリードは明日の作戦について述べている。といっても難しい話ではなく、騎士が街の入り口を囲み、選抜した決死隊がラーセンの街に突入する。

 決死隊の数は二十数名で、真祖を探しながらもし途中でモンスターに遭遇したら全力で潰して行く。

 真祖を発見後、ここにいる四人で真祖と対峙し残りの者は邪魔してくるモンスターを打ち払う。

 

「どうじゃ、ハルト?」


 リリアナがパンを咀嚼しながら尋ねてきた。

 食べてから喋ればいいのに……彼女の美麗さが台無しだ。

 

「お互いのできることを先に把握したい。私以外はそれぞれお互いの強さは認識しているかもしれないが……」


 まずは、ジークフリードとシャルロットのステータスを見せてもらうことにしようか。

 

あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

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