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やりすぎファーマーは侵入する

 トマトが美味しすぎて、最初は意識が飛ぶほどだった。

慣れた今でも、しばらくは至福の時間に浸ることができる。

そして、うちはその時間を終えて、うっすらと眼を開けた。主様がしゃがんで覗きこんでいた。


「フラム、少し食べ過ぎただろ?」

「そぉー? ちょっとお腹が張るけどぉ、大丈夫だよぉー」

「……カエルがひっくり返っているようだぞ」

「げっ!?」


 主様の呆れたような顔を見て、慌てて首を起こした。

 いけない。

 美しい火妖精がカエルに見えるなんてダメだ。すらりとした手足に色白の肌。艶やかな赤い髪で誰をも魅了してやまないうちが。

あぁっ……でもお腹苦しい。つっかえて起き上がれない。

 バタっ。


「体以上のトマトを食べたようだが、本当に大丈夫か?」

「う、うーん……やっぱりちょっぴり重いかも……」

「だろうな。メロンを丸呑みしたような腹だしな」


 メロンかぁー、あれも美味しいんだよねー。食べたら、うちも魔王をワンパンで倒せる気分になるくらいテンション上がるんだよねー。

 ってそうじゃない、そうじゃない!

 自分のお腹を改めて確認した。


「……不細工になってる」


 やばいよ。

 重すぎて起き上がるのも一苦労だわ。羽ばたくのも無理だし。

 レッツ消化。がんばれおなか。

 うー。ダメだ。

 バタっ。


「……飛ぶこともできないとは……仕方ないやつだな。まあ、今日は息抜きの日だ。多めに見よう」

「ごめんなさい……」


 私の体がふわりと持ちあがった。主様がやさしく両手で抱き抱えてくれた。

 体が小さすぎてお姫様みたいにはなれないけど……ちょっぴり幸せ。

 できればこのまま寝たい。

 が――主様がまじまじとこっちを見つめている。しかも視線が良くない場所に。


「ますますメロンみたいな腹だな」


 ぐふっ!

 メ、メンタルに大ダメージ! 見ないで、私のお腹を!

 あぁ、恥ずかしい!


「よし、では行くか」


 うちの体が分厚い胸板とたくましい片腕に抱き抱えられた。

 ちょっと苦しいけど、包容感がすごい。これは妹たちの先を行ってしまったかな。ごめんね。お姉ちゃん、一人だけ大人になっちゃったかも。

 帰ったら自慢してやろうっと。


「……あの辺か……とぉっ」


 主様が崖の端に歩を進めて、軽く街側にジャンプした。

一瞬の無重力。

そして――

一気にやってくる超絶な浮遊感。

うちはこんな当たり前のことを忘れていたのね。


「…………ううぉぉぉぇおえぇおえぇぇぇぇぇぇーーーー!!!」


 色々と素晴らしい環境に恵まれ――

 主様の胸の中で、湧き上がってきたトマトエキスを吐いた。



 ***



 主様は当然何ともない。あれだけの高さから飛び降りたというのに、足も傷めてない。

 でもうちは――

 消え入りたい。

 海の底で物言わぬナマコになりたい。

 主様のシャツが真っ赤だ。まるで体内から爆発したかの出血量。

 いやいや、血じゃなくて全部うちのトマトエキスなんだけど……。妖精が吐いたなんて妹たちにばれたらまずい。お姉ちゃんの立場が……


「……主様、ご、ごめんなさい」

「いや、俺こそ悪かった。あれだけ食べた後だ。気にするべきだったな」


 アイテムボックスからタオルを取り出し、着替えを始める主様。

 いろんな意味で見ていられません。


「だが、いつものスリムなフラムには戻ったな」


 苦笑する主様がまぶしすぎてうちは何も言えません。ほんとごめんなさい。大事な大事なトマトだったのに。

 金貨百枚くらいの価値はあるトマト……のはずなのに。

 全部吐いちゃった。

 このすっきり感が恨めしいわ。


「過ぎたことは仕方ない。時間もロスしたし、急ぐぞ」

「あっ、でもそっちは――っ」


 主様がアイテムボックスから真っ赤に輝くハンマーを取りだした。

 鎚の大きさが普通の三倍くらいだろうか。

 どこか馴染みのあるその色。


「城門に向かう時間はない」


 主様は一言つぶやくと、柄を両手で掴み、横から軽く振り抜いた。

 ハンマーの鎚が炎を吐きながら赤い軌跡を描く。

 そして、訪れる盛大な振動と破砕音。

 無残に飛び散る城壁だったものたち。

 瞬時に現れたサイクロプスでも通れそうな大穴。

 やっちゃった。


「…………あのー」

「煉獄を使うまでもなかったか。王都の城壁だから、もう少し固い石材を使用しているのかと思ったのだが……普通の石だったな」


 しゃがみ込んで、石材の破片を一つかみしながら感想を述べた主様。ぎゅっと握った拳を開くとぱらぱらと砂が落ちた。

 握力つよっ。

 それと、煉獄ってたぶんハンマーの名前だよね?

 めちゃめちゃ怖そうですけど。


「あのー……そのハンマーは?」

「これか? とある鉱石で作ったんだが……高温の火を伴うらしくて採掘には使用しづらくてな。こういう限られたタイミングでしか使えない代物なんだ」

「へぇー……」


 つ、作ったんだ……これを自分で?

 火を吹くハンマーなんて鍛冶師でも無理だって……

 まあ、もういいや。

今さらこんなことで驚いてたら、やってられないし。


「この穴、どうするの?」

「心配ない。帰るときにはきっちりと直していく」

「……主様、何でもできるもんね」

「石壁を作るくらいならフラムもすぐできるぞ? 教えようか?」

「いえ……結構です」

「そうか……」


 あれ? ちょっとがっかりしてる?

 引きこもりなのに教えるのは好きなんだ。

今度は聞いてあげようかな……でも、鼻血が出るほど教えられそうだからなぁ……やっぱないな。


「さあフラム、シロトキンさんのところへ急ぐぞ」

「はーい」


 なんか、早々に大ごとになってきている気がしてきた。

 壁の管理者さん、ごめんなさい。主様の代わりに謝ります。あとで直すそうなんで許してください。


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