やりすぎファーマーは提案する
長時間はきつい。
尋常じゃない主様の爆速ダッシュに振り落とされないよう、肩に乗っかってるだけで体力がガンガン削られていく。
真剣に休憩が欲しい。
おしっこも漏れそうになってきた。恥ずかしくて言えないんだけど、肩の骨がうちの股をいい感じに刺激してきて本当にちびりそう。
この際、山のふもとでティータイムとか提案してみようか?
「フラム、腕の力が一瞬弱くなったが、大丈夫か?」
「だーいーじょーぶー……」
まさか、お尻の位置を直した一瞬の手放しに気付くなんて。
さすが主様。
戦闘経験皆無なのにすごい感知能力。
うちの疲労とおしっこの我慢にはぜーんぜん気付いてくれないんだけどねー。気付かれるのも嫌だけど。
フラム、尿漏れか? とか聞かれたらひっぱたいちゃうかもしれないし。
でも、やっと山の真下だ。ここまでくればあと少し。もう少しだけ我慢だ。
「あの辺りだったか?」
「たぶん……」
「よしっ、いくぞ」
いくぞって言った主様の目の前には断崖絶壁がいたる所に存在する山。ヴェルデ草原にたどり着くにはこの峻嶮な山を頂上まで登る必要がある。
うちらのように空を飛べるなら早いけど、上に上に長時間飛ぶには魔力がたくさん必要だ。普通は金具を打ちこんで安全に気をつけながらだけど――
「……主様、この壁をまさか素手で?」
「当たり前だろ」
「壁登り用の金具は?」
「金具? あるわけがない。使ったこともない」
「…………だよねー」
こんな調子で、岩に指かけて登りはじめちゃったよ。しかもはやいっ!
あなたは蜘蛛か何かですか? って聞きたくなるくらい異常に身軽。ロープも無いのに躊躇しないの。
飛ぶように岩のでこぼこを掴めるなんてほんとうにすごい。
…………ってよく見たら、岩に指が刺さってるわ。こわっ。
「慣れないことをするとダメだな。うまく動けん」
「そ、そうかな? まあ順調って感じだしいいんじゃない? すぐそこが目的地だし」
「それもそうか」
うちを肩に乗せたまま、最後までスピードを落とすことなく山の頂上までたどり着く。途中見かけた山に住む鹿がどれも唖然としていた。
でも、主様は息も切れていない。
「ちょっと景色を見てくるね! すぐ戻るから!」
「ん?」
うちは慌てて適当な理由を付けて主様から離脱。
そしてほっと一息。山……すばらしい。
「おっまたせー!」
「フラムは景色に興味があるんだな」
「まあ、少しはね」
主様の肩にふわりと舞い降りる。
そして、そのまま二人で下に見える地獄のような窪みにかるーく飛び降りる。今日はトマトは食べていない。大丈夫だ。
華麗に着地。
「着いた、着いた。だが、さすがに冷えるな」
「……上着とか持ってきてないの?」
「忘れた」
「…………そう」
いやいや、山なめすぎでしょ。
この人は畑仕事じゃなかったら全然準備もしないんだから。秘密兵器準備する前に上着くらい準備してよ。
妖精には温度なんて関係ないけど、ここは山の頂上だよ? 空気も薄いし。
普通の人間なら倒れてもおかしくないのに、「さっそく見つけたぞ」とか言ってずかずか草原の中央に向かっている。
断言するけど、人間じゃない。
「こんなに大きかったかな……記憶では手のひらサイズだったような」
「…………それなんの生き物!? まったく違う動物と間違ってるんじゃない? ウシの仲間はみんなこんな感じだけど」
「そうか……まあ、どうでもいいか」
「…………良くないって」
ため息と共に漏れ出た台詞は主様には聞こえなかったようだ。
恐れなど微塵も感じさせず、四足獣のガレスヌーに近付いていく。それも一際大きいやつだ。三メートル級だろうか。背中に盛り上がる肩の筋肉、重厚な黒い爪、そして捻じれた巻角。ウシを凶暴にして、凶暴にして、凶暴にしたような姿……だね。
「…………グゥゥオオオオオオッツ!!」
すごい声っ! しかも身震いするような圧迫感。威嚇ボイスこえぇー。
巨体を素早く加速させたガレスヌーが、全力をもって侵入者に突進する。単純だけど体重差を活かした攻撃。
でも――
「おいおい、まだ話もしていないぞ。勝手に入ったのは謝るから話を聞いてくれ」
数倍小さい主様が、その突進をもろともせずに角を片手で掴んで止めた。たったそれだけの動作なのに、猛牛は必死に首を振って体をよじる。
何とか掴まれた角を振りほどこうとしているのだ。
だけど無駄だ。主様は当たり前のような顔をしたままだ。
そのまま握った手を地面に下げていく。抵抗むなしく、ガレスヌーがとうとう前足を地面に着かされ、横に転がされてしまう。
「おっと……威勢のいいやつらだな」
隙ありと見たのか、さらにサイドから同じ大きさのヌーが体当たりしたが、今度はもう片方の手で止めてしまう。
重量感のあるドシンという音と共に主様の体は一瞬震えたが、ただそれだけだ。
これで、まぐれで止めたっていう可能性はなくなった。
……ないわー。
なんで自分の体重を越える猛牛を止められるのか教えてほしいわ。
で、主様はというと――
「お前たちに頼みがあるんだ。少しだけでいいから聞いてほしい」
と、倒れた二匹の目を交互に見つめながら語りかけている。言葉の通じないガレスヌーに、子供に教えるみたいな感じで。
状況は脅迫に近いけど。
うちも似たような過去を思いだす。
主様、ほんと強引だったからなぁ。
「俺の畑に来てほしい。そこで生活して欲しいんだ。もちろん、食と住は保障する。特製の草も用意するし、要望は可能な限り聞こう。どうだろうか? 知り合えた印に、今日はこんなものを用意したんだ」
で、無自覚に力の差を見せつけたあとに秘密兵器を出す。
特製の牧草だ。
ほとんど押し込むように、ガレスヌーの口にそれを入れた。
そして――
「…………ヌッ……」
白目向いて、二匹とも気絶しちゃうわけですね。
主様お手製の牧草だからねー。品種改良を繰り返して、得体のしれない土壌で育てられる草。
さすがにうちは食べたことはないけど、主食にしている獣はイチコロだわ。
まあ、今日は満足させるのが目的じゃないから、すぐに目を覚ましたけど。
「ぬ、ヌヌヌヌッ、ヌゥゥゥーーーッ!」
主様がようやく角から手を離す。
眠りから覚めたガレスヌーが、おかしな雄叫びをあげまくり、重い体をぴょんぴょん跳ねさせるダンスを見せてくれる。
主様はそれを見てにっこり、と。「やはり、食べてもらえれば分かり合えるものだ」とか言ってます。
悪魔の末裔とか言われてるけど、簡単に餌付けされちゃって情けない。
…………あっ、うちは違うからね。うちは主様の志に強く賛同しただけで、餌付けされてるわけじゃないから。……ほんとに。
「どうだ? 来てくれる気になったか?」
「ヌゥ」「ヌッフ」
「おおっ、それは助かる! できればお前たちの仲間に一緒に行ってもいいというやつがいないか聞いてくれないか? 残りの牧草も渡そう」
「ヌゥゥーーーーン!」
意気投合するのはやっ!
しかも…………多いっ! 大声聞いて向こうから大群が走ってくるんだけど……
「……ぬ、主様……うちら大丈夫なの?」
「なにがだ?」
「このまま全員に体当たりなんてされたら……」
「フラムは心配性だな。目を見れば分かるぞ。みんな協力してくれる目だ。おぉーい、ここだ! ここに集まってくれー!」
「…………」
だから、わかんないって!
主様しかわからないの!
地響きあげて猛獣が群れで突進してきたら怖いって!
こわいっ、こわいっ、ひぃぃぅ!?
――って、囲まれちゃったんだけど。
主様を中心にしてぐるっと円陣のできあがり。牧草が中心にどんと置かれる。
「突然ですまないが、みんなの力を貸してほしい。今日持ってきた牧草は今そこに置いたものですべてだが、俺の畑に来てくれればもっと提供できる。まずは一口味見して、協力してくれる者は残ってくれ。俺はその間、あっちのニワトリにも話をしてくる」
主様はそう言って、ガレスヌーの間を縫って別方向に歩き出した。うちも慌てて後を追う。
ちらりと振り返ってみれば、恐ろしい獣が順番に牧草を食べては気絶するのを繰り返していた。
……とても不気味な試食の光景。いろんな意味で危ない集団だ。
それと――
なんで言葉通じてるのよ。




