AZ研究会の目標
早川は形の良い唇でペットボトルのお茶を飲んで、更に続けた。
「それと、先ほどもあったように、善良な高校生として、公序良俗に反する活動は行わないのは、歴研顧問の菅原先生との約束でもあるんだ。
つまり、我々は、前途有望な高校生だから、麻薬の売買や、売春いわゆる援助交際なんかはしない」
「あら、売春と泥棒は、人類最古のお仕事でしょ?
私、セイが研究のためにどうしても必要だと言うんだったら、試してみても良いと思うわ」
久保が言うと、全員、真っ青になった。
陸に上がった魚だ。
酸素が欠乏する。
早川でさえ慌てた。
必死に肺に酸素を送り込み、やっと口が利けるようになった早川が、
「リョウコ、君が良くても、ワタシは、君にそんなことをしてもらいたくない。
第一、君はそんな安っぽい女じゃない!」と、鋭い目つきをさらに鋭くして睨みつけた。
周りが怖いと思うほどの視線だ。
それから、ゆっくり息を吐いてから、悪戯っぽく笑うと、久保の髪を一房つまんで頬をくすぐった。
久保は、顔を少し赤らめて、恥ずかしそうに俯く。
目を上げて早川の視線と絡める。
久保が上気した顔で早川を見つめ、熱い声で囁いた。
「セイ……」
男達は、今度こそ声も出なくなった。
最初に正気に戻った長瀬が絶叫した。
「久保、止めろ。相手は女だ。
セイ、いい加減にしろ!久保に手ぇ出すんじゃねえ。
それは、俺たち男の担当だ。女の出る幕じゃねえ!」
「冗談だ。ワタシにそう言う趣味はない。
リョウコ、純な男達をからかうんじゃない。本気にしてるじゃないか」
早川が、喉の奥で笑った。
「セイも久保さんも冗談にしてもひどいよ。百合なんて僕は書けないよ」
森田が抗議した。
「お前ぇ、まだ、小説書いてるのか?学年末、小説書いてて、数学、赤点だったって聞いたぞ。進級やばかったって噂になってるぜ」
長瀬が笑った。
「小説は、僕の夢なんだ。
第一、小説書くのに、数学なんか要らないんだ。
それに、苦節何年って相場が決まっているじゃないか。苦労して初めて、良い小説が書けるんだ。
だから、数学の赤点なんか気にしない。
それに、大賞は百万円なんだ。書かない方が馬鹿だ。
でも、ヨシだって、僕のことを言えた義理かい?君だって、発明に現を抜かして、時々赤点取ってるじゃないか」
森田の反撃に、長瀬は右手をヒラヒラさせて言った。
「俺は良いんだ。俺のは、化学や物理の勉強になってる」
「勝手な理屈だ。そのわりに、成績は今一じゃないか」
鳴海が茶々を入れる。
ここらで参戦しないと、存在感が薄くなる。
久保の気を惹くためにも、ほどほど目立っておこうという計算だった。
「試験の範囲が俺の興味と一致してねえだけだ。そのうち、学校の勉強の方が俺の興味に合わせてくれるさ。
そんときゃ、見てろパーフェクトの点とってやる」
鳴海は頭を抱えた。
「変なヤツばっか集めたもんだ」
「その変なヤツに、私も入っているんでしょうか?」
久保が甘えたような声で問うと、早川が即答した。
「当然だろ。君が一番変だ」
そんなはずはない。
一同の思いを笑いながら代弁したのは、長瀬だった。
「いんや、多分、セイが一番変わってるぜ」
早川にこんな物言いができるのは、長瀬だけだ。
一同、ひとしきり議論して、一応の決着を見た。
つまり、無茶苦茶やって金儲けしようということになったのだ。
非常識な金儲け。それが、彼等の目標になった。
そこで、問題が生じた。
何かの活動をすると、すべからく、人手と金がかかる。
部室はGETしたが、新設のクラブには生徒会からの予算もないし、部費を集めるにしたって、たかだか五人じゃ、たかが知れている。
金儲けの前に、金儲けのための資金が要るのだ。
難問だった。
「セイ、AZを稼ぐに当たって資金が要るわ。当面、生徒会のお金を流用したら、どうかしら?」
久保の健全な(?)提案は、生徒会からの予算が期待できないので、生徒会自体の予算を一時的に流用しようという常識的な(!)ものだった。
最初の立ち上げ資金を借りて、AZが儲かったら返済すれば良いというのだ。
確かに、AZには、生徒会会長もいれば、書記もいる。どうともなるように思われた。
一同の心が揺れた。
だが、ここに、非常識なのに常識的な見解を口にする超非常識な人物がいた。
言わずと知れた早川だ。
「駄目だ。リョウコ。サスペンスなんかで、横領に問われるのが、まさにそれだ。
始めは、会社に被害を与えるつもりはなくても、流用しているうちに、にっちもさっちもいかなくなって、本格的な横領になってしまうんだ。で、それが殺人事件に繋がるんだ」
平凡な県立高校で、殺人事件を論ずる早川に、一同、頭を抱えた。
極端なんだよ。お前は!一同、そう叫びたかった。
だが、この場においては、早川がルールなのだ。
一同、やけくそになって続きを促した。
「止めておこう。資金なんかなくても、それなりの獲得方法があるもんさ。ワタシ達は、善良な普通の高校生なんだぞ」
早川が断言した。
一理ある話である。
だが、この人に善良な普通の高校生だと言われたくはない。
お前がそれを言うか?
お前の教科書は、テレビのサスペンスか?
一同、心の中で涙した。
巻き込まれた一同は、早川の暇つぶしに振り回されることになります。