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AZ研究会は行く  作者: 椿 雅香
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森田直之と長瀬吉秋

「それで、どうして歴研の部室なんだい?

 歴研に話がついたのはともかく、セイの話じゃ、唯物論研究会の部会でもよかっただろうに」


 缶コーヒーを飲みながら、鳴海が訊いた。


「みんなも知っているように、唯研(『唯物論研究会』の略)の部室は、職員室に隣接する会議室の隣りにあるだろ?

 それに比べて歴研の部室は、教室のある本館から離れた特別教室棟のそのまた裏のクラブ長屋の一番奥にある。


 実は、ワタシも久保さん(久保は、いつも『リョウコ』と呼ばれているのに、『久保さん』と呼ばれたので、顔を赤らめた)に教えてもらうまで、歴研の部室がこんな所にあるなんて、知らなかったんだ。


 AZは、これから、法的にも、倫理的にもギリギリの線を狙いたい。

 だから、唯研の部室よりこっちの方が都合がよかったんだ。


 それにな。


 唯研は、今、部内で二つに別れて対立して、そのせいで、クラブ顧問だけじゃなく生徒指導からも目を付けられているんだ。


 AZとしては、教師との無用のトラブルは極力避けたい方針なので、あえて、目立たない歴研部室(ここ)を活動拠点にすることにしたんだ」


 早川の眼がキラリと光った。


「でも、よく柴田先輩が了解してくれたね。部室問題は、どこでも大変なのに」と、森田が感心したように言った。


 

 森田は、本名を森田直之と言う。『森田光太郎』と言うペンネームで小説を書くことから、『光太郎』のニックネームがある。


 小柄――早川と同じくらいの背丈だ。――で、色白なことから、去年、体育祭の名物の仮装大会で白雪姫に扮装したところ、上級生達から「ウチに久保以外にあんな美人がいたのか?」と好評を博した。

 本人は、「男でいるときより、女装が受けるなんて」と、情けながっている。


「どうせ、久保さんの力だろ」と、鳴海が笑う。


「確かに、頼んだのはリョウコだけど、誰がやっても簡単だったと思うぞ。


 何せ、知ってのとおり、歴研は、柴田先輩が最後の部長で、部員が柴田先輩だけという有様だったろ?


 生徒会担当の川畑先生から、今年中に部員が増えなければ廃部にすると、最後通告を受けていたんだ。


 だから、AZが歴研の部会として活動することによって、歴研が残るなら、と、大喜びだったそうだ」


「お前ぇが言うと、簡単そうに聞こえるな。


 でも、柴田先輩って、結構頑固で有名なんだぞ。

 よくもまあ、久保の話を聞いてくれる気になってくれたもんだぜ」と、長瀬が言った。


「柴田先輩は、ウチの近所で、小さい頃から仲良くして頂いています。そんなに頑固な方じゃなくて普通ですよ」


 久保がサラッと言うが、この人の『普通』には早川が含まれるので、説得力に欠ける。



「久保に頼まれて、嫌だと言うヤツはいねえだろうよ」

 長瀬が目を細めた。

 



 長瀬は、発明オタクである。


 理科クラブに属しているが、一年の秋頃から、発明に専念すると言うことで、クラブの団体行動に参加していない。

 

 しかし、クラブに在籍すると、理科実験室が自由に使えるし、薬品等も買ってもらえるので、部員のままで今日に至っている。

 ただし、部費を払っているかどうかは不明である。


 早川と幼稚園の時から一緒で、早川に眼光の鋭さを注意できるのは彼だけだ。


 久保は、そのことを一年の時に知った。




 入学してしばらく経ったある日の下校時、早川が久保を理科実験室に誘った。


 いつものように実験を始めようとしていた長瀬が、早川を見て片手を揚げる。


 早川は、久保に長瀬を紹介して、唐突に訊いた。


「ヨシ、山本の例の薬、もうないか?」

「ないぜ。あれは、偶然できたんだ。だから、あれぽっきり。あれしかねえんだ」

「残念だな。すごく便利なのに」

「何に使うんだ?」

「この前、理科実験室ここに来たとき、あいつが鞄にスプレーしてくれただろ。

おかげで、鞄が軽いのなんのって」


 早川が、鞄を片手で持ち上げ軽く上へ放り投げると、鞄はふわふわと舞い上がり、しばらく空中を浮遊した。鞄が宙に浮いたのだ。



 久保が絶句した。


「な、良いだろう。久保さんのもスプレーしてもらいたいんだ。楽になるし、第一、楽しいぞ」


 本人の意向に関わりなく話を進める。



 久保は、「要らない!」と、喉まで出かかったが、その前に、「お前ぇな。おもちゃじゃねえんだぞ。ま、それだけ喜んでくれりゃ、山本も喜ぶだろうよ」と、長瀬が苦笑する。


 さすがに、この人の友人だった。類友なのだ。



「その山本は、いないのか?」

「そうさ。発明を志す者は、実験室に寝泊まりするぐらいじゃないと大成しないんだって、昨日、頑張りすぎて、風邪ひいたんだと」


 そう言いながら、長瀬は、せっかく広げた機材を片付け始める。

見とがめた早川が、怪訝な顔で訊いた。

「どうして片づけるんだ?一緒に帰るのか?何で?」

「何でって?久保とお前ぇに気があるからに決まってるじゃねえか。

 お前ぇ達から来てくれたんだ。チャンスだろ?


 俺は、俺の勝手にする。

 実験室に籠もりたかったら籠もるし、お前ぇたちと帰りたかったら帰るさ。

 セイ、その目つき止めろ。きつ過ぎる。はた迷惑だ」



 久保は、早川にこんな物言いするなんて、と驚いた。

 この頃には、早川が周りに対してこんな物言いを許さないことを知っていたのだ。


 しかし、意外にも、早川は長瀬の台詞をスルーした。


 それどころか、悪戯ぽく笑って言ったのだ。


「久保さん、ヨシは取りあえず、良いヤツだぞ。どうする?」


「遠慮します。この人は、早川さんの担当でしょ?」


「そうか。残念だな」と、笑いながら、長瀬を振り返って言った。

「どう考えても、無駄なことだと思うぞ。ヨシ、残念だったな」


 どう考えても普通の会話じゃない。久保は、体が地面に沈み込んでいくような気分になった。


 帰り道、山本の薬があれっきりなら、箒にでも試して、ハリー・ポッターや『魔女の宅急便』のキキの向こうを張るんだったと、早川がしきりに悔しがるのに、長瀬が楽しそうに茶々を入れた。


 久保は、脱力感と戦って必死で体を支えた。『浮遊薬』)と言うもの(そんなもの)が実在するなら、体にこそスプレーしてほしいくらいだった。

この学校には、変なのが多い。つくづくそう思った。





長瀬や山本は天才です。

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