森田の説得
AZ研究会において、森田は、他のメンバーの陰で縁の下の力持ちのような立ち位置だ。
地味で目立たない。
それを生かして活動しているのだ。
今回、AZの正しい(?)使い方として、魚勘前通行量増大作戦が行われたことで、立ち位置が徐々に変わって来た。
この頃は、魚勘のために補助金まで出して経営を再建しようとする早川達AZ達と商売っ気のないお祖母ちゃんとの間に立って、一人グルグル悩んでいた。
そもそも、森田がみんなで稼いだAZを進学資金に貸してほしいと懇願したことから始まった作戦だ。
それなのに、肝心のお祖母ちゃんに全くやる気がないのだ。
お祖母ちゃんは、生協の共同購入の担当者のような気分で店をやっているのだ。
スーパーへ行く足のない知り合いのために、とりあえず魚を仕入れて、分けるために店を開けている。
だから、他の客は眼中にないのだ。
だから、新規の客を増やそうなんて考えてないのだ。
それが、魚勘を破産させる道だということも、ひいては、森田家を困窮させることになるということも全く考えていない。
ただ、目の前の知人が買い物難民にならないよう、できることをしているのだ。
ダメだ。こりゃ。
森田の母は、無理に店を止めさせると、お祖母ちゃんが呆ける、と心配している。
だから、強く言えないのだ。
でも、だからって、森田の進学費用を食い潰して良いワケがない。
体中の血液が抜けていくような気がした。
このままじゃいけない。
でも、AZ研究会を頼るのもダメだ。
森田は腹を括った。
さっきまで、森田は魚勘前でクラブのチェックや帰宅部の対応をしていた。
だが、思うところがあったのだろう。それを止めて魚勘に入って行った。
彼にしてみれば、お祖母ちゃんの家だ。
「お祖母ちゃん、もう良いだろう。
店。止めてくれよ。
この店、長いんだろ?お母さんが生まれる前からやってるって聞いてる。
子供が育って仕送りしてくれるようになったのに、まだやってるんだ。
お祖母ちゃん、お店が好きなんだね。
お祖父ちゃん、失業してた時があるって聞いた。
そのとき、この店が家系を支えて、お母さん達を育てたんだって。
でも、この頃、お母さんも叔母さんも、店止めてってうるさいでしょ。
赤字がこんなにありゃあ、そう言うさ。
この店は役目が終わったんだ。
この頃、前を人がたくさん通るでしょ。
お祖母ちゃん、気が付いてた?
あんなに通れば、気が付かない方が可笑しいって?
でも、何でこんなに人通りが多くなったか分かる?
ウチのクラブが仕組んだんだ。
僕が困ってるって言ったら、みんなして協力してくれたんだ。
お祖母ちゃんの店のせいで、僕は本当に困ってる。
だって、そうだろ?
毎月、7万~10万の赤字の出るんだから。
お祖母ちゃん気が付いてなかった?
知ってたんでしょ。
どうして帳簿つけないの?
北斗の魚屋はどこもこんなもんだって?
それに、つけなくても、分かる範囲でしか客は来ないって?
でも、一月当たりの赤字額とか、年間の赤字総額とか、あと、業務用冷蔵庫、陳列台、車やテントといった大きな物の買い換えの計画とかは、帳簿がないとできないだろ?
ある金を使うだけだから関係ないって?
どこにお金があるの?
毎月何とかなってるって?
本当に何とかなってるって思ってるの?
どうして何とかなってるか、考えたことある?
僕、知ってるよ。
家と叔母さんの家に借りてるんだ。
ある金なんか、ないんだ。
ないのに他人の金をあてにしてるんだ。
他人じゃないって?それに、要るものは要るだって?
お祖母ちゃん知らないんだろうけど、僕の家もお金がないんだ。
でも、お母さんが頑張って、僕の進学のために貯金してくれてたんだ。
それをお祖母ちゃんが食い潰してしまった。
店に回せるんだから、そんなに急ぐ金じゃないだろうって?
確かに、今すぐ要る金じゃない。僕の学費なんだから。
でも、お祖母ちゃんが店を続けると、自動的に毎月7万~10万の赤字が出て、僕の学費を食い潰すんだ。
この頃、北斗高生が時々魚を買いに来るでしょ?
珍しく完売した日もあったじゃない。
何でか考えた?
次の日にもっとたくさんの魚を仕入れていたけど、売れなかっただろ。
あれはね。ウチのクラブが五割の補助金を出したんだ。
買った家が魚勘の魚を気に入って、次から買ってくれれば良いなって考えたから。
でもね。
ウチのクラブにクレームが来たんだ。
造りに骨や鱗が入ってるとか、鮮度の良くない魚が交じってたって。
一見さんだから、軽く見たの?
それじゃあ、客は増えないよ。
客が増えない限り、毎月の赤字は減らない。
どうして、客を増やそうとしないの?店の前をたくさんの人が通るのに。
あんな訳のわからないのは、客じゃないって?
じゃあ、客って誰なの?誰がお祖母ちゃんの魚を買ってくれるの?
客が増えないなら、店を閉めて欲しい。
僕は大学に行きたいんだ。
あの貯金がなくなったから奨学金を借りるしかないんだけど、それだって借金なんだ。返済だって大変なんだ。
僕は頑張って勉強したい。
昔、お祖母ちゃんが言ってたでしょ。
頑張って勉強して偉い人になれって。
でも、大学へ行くにはお金が要るんだ。
でもって、お祖母ちゃんが、その金を食い潰してるんだ。
分かってくれないかな?
僕の夢を壊さないで。僕だって、友人達と一緒に大学で勉強したいんだ。
潰してなんかいないって?
店を続ける限り、潰すことになるんだ。
店を止めて年金で生活してほしい。
そしたら、業務用冷蔵庫がいらないから電気代も安くなる。
魚を調理しないから水道代も安くなる。
だから、お願いだ。店を止めてほしい。
もうしばらくは、人通りが続くと思う。
でも、人が通っても何も変わらないと意味がない。
さっさと、店を止めてほしい」
いつもは、『良い人』を地で行ってる森田が、悲壮感に満ちて説得する。
見ている早川達が辛くなるほどだ。
鳴海は、こいつ、こんなこともできるんだ、と、思った。
久保は、半分泣いていた。
自分達AZが言いたかったことだ。
帳簿を付けて、収支をはっきりさせる。赤字を点検して、改善が無理ならきっぱり諦める。
それだけのことがどうして、お祖母ちゃんにはできないのだろう。
早川が、森田の後ろから、そっと近づいて言った。
「光太郎、もう、良いだろう。
帰ろう。
この作戦は、お終いにする。
ワタシ達はよくやったと思うぞ」
森田は黙って頷くと、AZ達を見て、
「みんな、ゴメン。僕のために、いろいろしてくれたのに」と、言った。
早川の眼に鋭さがない。
鳴海、早川が泣くのじゃないかと思った。
12月28日(水)魚勘前
森田が魚勘のお祖母ちゃんに、店を止めるよう頼んだが、無視された。
とりあえず、当面は長瀬の薬もあるので、通行量増大作戦を展開する。
(裏のクラブ日誌より)
地味で目立たない森田だって、言うときには言うんです。




