長瀬や加藤と早川の関係
各部の部長から話を聞いて、早川は例によってさっさと諦めた。
良く言えば決断が早く、悪く言えば考えるのが面倒になるのだ。
最初から分かっていたことだが、魚勘の営業時間は5時前に終わる。
営業時間に店の前を通ろうとすると、どうしても練習時間が少なくなる。
お祖母ちゃんに何度言っても、客も来ないのに店を開ける意味がない、と一蹴され続けているのだ。
早川は天を仰いで、「駄目だ」と、呟いた。
目だけがギラギラして、側へ寄れないほどだ。
5時半近くになって、魚勘前を引き上げる。
北斗高に戻ると、理科実験室では、長瀬と山本が真剣な顔で薬品に取り組んでいた。
長瀬は何となく魚勘前を通りたくなる薬に、山本は『浮遊薬』推進力の改善に全力を注いでいるのだ。
早川達が山本に昼間の礼を言って部室に引き上げると、柴田健太郎氏と野々口先生が、まだいた。
留守番、頼んだワケじゃないんだけど……。
AZ達が帰って来たので、二人は手を携えて帰って行った。
何やら良い雰囲気だ。
「あの二人、もしかして、もしかするかな」
森田が嬉しそうに言って、AZ一同は帰途についた。
柴田氏と野々口先生の未来は、一同の胸を暖かくしてくれた。
たまには良いこともないと、やってられない。
さて、いつものように鳴海が久保を駅まで送ろうとすると、久保が小首を傾けて、
「加藤くん、北斗駅へ行くんでしょ。ご一緒しましょう」と、微笑んだ。
加藤を早川から離したいのだ。
目的は分かるが、方法が気に入らない鳴海は焦った。
焦ってジタバタしようとするが、その前に加藤が、「悪いけど、俺は、セイを送って行きたい。鳴海に送ってもらってくれ」と、断った。
久保の誘いを断るなんて、北斗高の男子に喧嘩を売ってるとしか思えない。
だが、加藤も必死なのだ。
ところが、加藤と一緒にいたくない早川が、簡単に断った。
「悪い。ヨシと話があるんだ。
時間がかかりそうだから、みんな先に帰ってくれ。
思ったより、状況が芳しくない。
だから、あいつの薬ができる前に、ことが終わっているかも知れない。
謝りたいんだ」
それでも、加藤は負けなかった。固い声で、早川の拒否を拒否した。
必殺、『拒否返し』だ。そんな技、あるもんか、というツッコミはなしだ。
「終わるまで待ってる。ゆっくり話がしたい」
この一言で、早川の運命は決した。
加藤が差し出す手をやんわりと拒んで、早川は理科実験室へ向かう。
情けなさを隠しもしないで、一人で歩いて行った。
11月16日(水)
3時半~4時半まで部室でお茶会
安田先生がAZの中止命令を出すという情報があった。
中山から情報が漏れたようだ。
安田先生をAZに近づけないために、野々口先生をお茶に招待する。
何故か、小杉の加藤がケーキを持って来てくれた。
当面、AZ一同は、安田先生と話をしないように気をつける。極力、単独で会わないようにすること。
4時45分から5時半まで魚勘前で通行量増大作戦.
野球部、バスケ部、バトミントン部その他のクラブから、もう少し練習時間が欲しいとの要請があった。
今後、通行は、練習が終わってからで良いことにする。
魚勘の営業時間は無視し、店の前を通行するだけにする。
お祖母ちゃんが店を閉めてから、店の前をたくさんの生徒が通ることになるが、それでも無視されるようなら、店を続ける意志がないものと判断する。
(裏のクラブ日誌より)
「ヨシ、すまない。上手くいかない。
北斗高のみんなに営業時間内に前を通ってもらえない。
始めから分かっていたんだけど、やっぱり、練習時間を取れないのがネックになってる。
だから、明日から練習時間以後に通行することも認めることにした。
魚勘が店を閉めた後で、前を通るみんなを気にして営業時間を延ばしてくれると良いんけど、多分、駄目だろう。
折角無理言って薬を頼んでいるのに、それができる前に、挫折するかも知れない」
「気にするな。始めから分かっていたことだ。
らしくないぜ。大丈夫だ。薬は作ってやる」
早川に背を向けたまま、顔も見ないで答える。
「安田先生は、あれから来なかったか?」
「大丈夫だ。野々口先生のおかげだ。
俺のことは気にするな。
お前ぇは、魚勘のことだけ考えていれば良いんだ」
「ヨシ、すまない。いっつも、ワタシのわがままに付き合ってもらって」
「泣くな。惚れそうになるだろうが」
振り向くと、充血した目で、ニヤリと笑った。
「心配するな。
言っただろ?
薬は作ってやる。
光太郎のためじゃない。お前のためだ」
生徒玄関で久保や加藤が待っていた。
早川と話をしたい加藤。
早川と加藤を二人っきりにしたくない久保。
久保と加藤を二人っきりにしたくない鳴海と森田という、ややこしい関係だ。
目で問う面々に、溜息混じりに答える。
「あれから安田先生は来ていないようだ。
ヨシは、薬は作ってくれると言っていた。でも、間に合うんだろうか?」
「大丈夫よ。セイ。長瀬くんなら何とかしてくれるわ」
「そうだ。ヨシなら、何とかするさ」
「そうだよ。きっと、何とかしてくれるよ」
三人に口々に慰められて、帰途につく。
鳴海と森田が久保をエスコートする。
加藤は、早川を送ると言って譲らなかった。
久保が早川に目で問うと、早川が黙って頷いた。
鳴海達と別れて、早川と二人になった加藤が言いよどみながら言った。
「この前は、すまなかった。
君の嫌がることを無理強いするつもりはなかったんだ。
君が、長瀬のことをあんまり気に掛けるから、羨ましくて、つい……」
「つい、出来心であんなことされたんじゃ、こっちが迷惑する」
固い声で言ってから、息を吐いた。
「お前、男前だから、女の子に拒まれたことなんかないんだろ?
だから、想像力に欠けるんだ。
それが、媚態なのか拒否なのかの区別もつかない。
でも、それは、悪気はないんだから仕方がないって、ヨシが言ってた。
だから、許すことにした。
前にも言ったように、ワタシは育っていないし、急いで育つ気もないんだ」
それから、下を向いて続けた。
「すまない。お前がおかしくなったのは、気付いてたんだ。
でも、ワタシはお前に剣の相手をしてもらいたかったから……。
本気で相手してくれる人は少ないし、ヨシが剣を止めてから、相手をしてくれるのは山県さんしかいなかったから。
お前が来てくれて、相手をしてくれて嬉しかったんだ。
ヨシに怒られた。ワタシは狡いって。
できれば、今までのように、普通に付き合ってほしい。
剣の相手は欲しいから。
それだけじゃ、どうしても駄目なのか?」
上目遣いで、すがるように訊く。
「長瀬は、知っているのか?」
「お前な!あの後、すぐにあいつに会ったんだぞ。
ばれたに決まってるだろうが!
おかげで、ヨシまでおかしくなってしまうし、お前は、言うだけ言ってさっさと帰ったから良いけど、こっちは後始末で大変だったんだぞ」
赤くなって憮然とする様子が可愛い。
「長瀬もおかしくなったって、どうなったんだ?」
「お前みたいになった」
「あいつ、君に、何をした?」
「お前等、そっくりだ。
同じことを言う。
ヨシも、お前が何をしたって訊いて、あん畜生!って言ったんだ。
それから、ワタシがお前と剣の稽古をしたいのなら、普通に付き合ってもらえないか頼んでみろって。
タカは女でも実力を認めて真摯に相手をしてくれるヤツだから、悪いヤツじゃないはずだって。
この前の土曜日、よっぽどお前に会いたいって顔してたんだろうな」
加藤は、早川が会いたいと言ってくれたことを嬉しく思った。
しかし反面、早川と長瀬の関係に打ちのめされた。
それでも、勇を奮って訊いた。
「セイ、俺は、剣だけか?俺にも整理券をもらえないだろうか?」
「あれか?
あれは、あってもなくても同じだぞ。
ヨシだって、使う気もないし、ワタシも気にしない。
第一、一生、役に立たないかもしれないんだぞ」
「長瀬も持ってるんだ。俺もほしい」
「良い女がいたら、さっさと乗り換えるんだぞ」
一生懸命言葉を作る様子が可愛らしくて、思わず抱きしめようとするが、ひらりとかわされる。
「お前がそういうヤツだと分かったから、同じ手は二度と食わない。
そういう対象が欲しいなら、他を当たるんだな。
AZが一段落したら、県警本部へ遊びに行く。
今度は、女子更衣室を使う。
ついでに、男子の優勝者に勝ってやる。
覚悟しろよ。
大丈夫か?」
悪戯っぽく眼をきらめかせる。
加藤も嬉しそうに笑った。
「それまでに、もっと強くなってるさ」
「チーズケーキ、ありがとう。
おかげで助かった。
それに、久しぶりでおいしかった」
走り去って行く。
暖かい微笑が残った。
早川と長瀬や加藤は、三角関係になるのでしょうか。ただ、早川の精神年齢が異常に低いので、長瀬も加藤も苦労するようです。




