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AZ研究会は行く  作者: 椿 雅香
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安田先生対策

 加藤は、「この前のお詫びだ。」と、もじもじと箱を差し出す。


 長瀬が怪訝な顔で見た。



「風月堂のチーズケーキじゃないか。セイが好きなんだ。お前ぇ、よく知ってたな」

「県警本部の吉川さんに聞いた」



 早川が破顔した。

「ちょうど良い。

 ゲームならアイテムGETだ。


 イッキ、これが口実だ。

 野々口先生にナイフ持参で来てくれるように言ってくれ。

 男前の出番だ」


 鳴海が身を翻す。


 圧倒されて何も言えない加藤に、早川がニコリと笑った。

 雄々しい笑顔だ。



「サンクス、タカ。助かった。

 

 ヨシ、柴田氏に特許のことで、四時半頃、部室に来るように連絡してくれ。

 ついでに、越路屋の鯛焼きも買ってきてくれるようにって。


 ヨシは、ワタシの側にいるんだ」



「セイは、長瀬がいないと何もできないわけじゃないだろ?

 どうして……」

 加藤が言いよどむ。



「当たり前だ。ワタシのためじゃない。


 良いか?安田先生がクレームをつける要因として考えられることは、二つだ。


 一つは、魚勘前通行量増大作戦だ。生徒指導が知れば、社会経済活動に高校生が介入するのは望ましくないと判断するだろう。

 二つ目は、そのためにヨシが『猫にマタタビ理論の薬』を作っているってことだ。


 あの薬は、それこそ、社会経済に人為的な作用を及ぼすんだ。


 だから、ヨシは、ワタシの側にいるんだ。

 安田先生に単独で会うのは、言いがかりのきっかけを作ってやるようなものだ」


「それは生徒指導の正しい仕事で、言いがかりとは言わないと思うぜ」


 長瀬は笑いながら、柴田氏に連絡をすると、向こうから久保が帰ってきた。


「吉本くんはスタンバイできたみたい。紀夫センセの話は、こうよ」


 どうやら、安田先生が中山が株をやっているという話を聞きつけたらしい。

 

 悪いことに、中山が言い逃れのために、AZのやっているバスケ部の県大会の賭けや通行量増大作戦についてぶちまけたのだ。

 

 あいつ等は、賭けもしてるし、一般社会に影響を与えまくりな活動をしてるのに、たかだか株をやってる程度の自分が指導されるのは不本意だ、とうそぶいたのだ。



「あの馬鹿、洗いざらい白状したのか?」

 早川は髪を『浮遊薬』をスプレーしたかのように逆立てて、スマホに怒鳴った。


「イッキ!中山を連れてこい!

 野々口先生は、自分の足で来て頂け。

 野々口先生の前に、中山を引きずってでも連れてくるんだ。くれぐれも、理科実験室の前を通るなよ!」

 

 

 向こうから安田先生が来るのが見える。

 ヤバい。あの先生と顔を突き合せたら、一巻の終わりだ。


 事情が分からない加藤でさえ、恐怖を感じた。


 その時、早川がスマホを操作して何かを言う。


 5秒後、大きな爆発音があった。


 わらわらと、教師や生徒が理科実験室へ向かう。


 何が起こったんだ?

  

 早川達と一緒にクラブ長屋の前にいた加藤は、呆然とする。




「大丈夫だ。音はすごいけど、大したことはねぇ。

 

 セイが山本に、『浮遊薬』に推進力をつける研究を頼んだんだ。


 『浮遊薬』は浮くだけだ。

 これを前に進めるには、推進力が要るんだ。

 地面の上で自転車が進むのは、車輪と地面の摩擦によるものだけど、浮いている自転車や箒は摩擦も何もないから、別の力が必要なんだ。

 山本がやってるのは、一種の軽い爆発を起こす方法なんだけど、これが、ものすごい音が出るんだ」


 長瀬の説明が耳を通り過ぎていく。




 鳴海が、理科実験室の反対方向から中山を連れてきた。


「セイ、連れてきたぞ」


 早川が、獲物を見つけたライオンのような顔で睨め回す。



「中山。お前が火元らしいな。いい度胸だ。ワタシに喧嘩売ろうって?」


 中山は、今更ながら早川の恐ろしさにすくんだ。


「いいか?

 ワタシは怒ってるんだ。

 正直に言え。

 どこまで話した?

 安田先生は、どこまで知っているんだ?


 正直に言えば、許す。言わなければ……」



 ここで、早川は大きく息を吸い込んだ。


「ワタシと友人達を危ない目に遭わせた報いだ。

 三週間ほど病院に入ってもらう。」



 中山は、声にならない叫び声を上げた。


「許してくれ。賭けの話は言ってない。ばれそうになったから、別の話で誤魔化したんだ。

 魚勘前の通行量増大作戦と長瀬の薬の話をしただけだ」


「お前の話以外に安田先生の持っている証拠は?」


「ない、と思う。

 通行量増大作戦は、遊びだから先生も気にしないと思ったんだ。

 長瀬の薬もジョークだと思ったし。


 でも、どっちも、安田先生は何の証拠も持ってない。

 俺の話だけだ」



「馬鹿が変に知恵を使うと、始末に負えない。

 それだけか?」


 

 早川が体の中まで、覗き込むような目で射ると、中山がコクコクと頷いた。


 理科実験室から、安田先生の怒鳴り声、野々口先生の金切り声、理科部長の永井のキーキー声の弁明、山本のボソボソとした言い訳が聞こえた。



 しばらく沈黙した早川は、低い声で中山バカに言い聞かせた。


「今日、帰り際に、安田先生に、『確かに、AZは通行量増大作戦で何かしようと目論んでいるが、北斗の市民経済をどうこうするつもりはない。文化祭のカンパを使って、魚勘前の通行を北斗高生に呼びかけているだけなのに、問題視されるのは、お前のせいだ』って怒られたって言うんだ。


 自分の早とちりでしたってな。


 それを言ってから、魚勘前に来い。待ってる。


 いいか?ワタシは、嘘が嫌いだ。

 万一、お前が嘘をついたら、その時は、約束通り入院してもらう」


 指で、理科実験室とは反対方向から帰るように指示し、息を吐く。




 中山が消えると、全員を手招きして、部室に入る。


 


 鳴海に何か囁くと、電気ポットでお湯をわかしながら話し始めた。



「ヨシ、薬の話はなしだ。

 何を訊かれても、しらばっくれろ。


 それでもしつこいときは、ワタシが対応する」


「お前ぇの対応は、荒っぽくていけねぇ」 

 長瀬が喉で笑う。




 しばらくすると、部室に野々口先生を連れた鳴海が現れた。


 


 久保が満面の笑みをたたえて、


「先生、よくいらっしゃいましたわ。


 風月堂のチーズケーキ頂いたんです。ナイフ持って来て頂けました?」


「ありがとう、久保さん。

 嬉しいわ。

 さっき、理科実験室で安田先生にお会いしたので、お誘いしたんだけど、爆発事故もあってお忙しいらしくて、私だけお邪魔に来たわ」


「残念だ。安田先生もいらしたらよかったのに」 

 早川が、残念そうに言った。


 話が違う!

 

 加藤が、呆然と二人を見つめる。


 鳴海が気を利かせて、

「野々口先生は、コーヒーで良いですか?」と、人数分の紙コップを用意する。


 

 それから、さっきの理科実験室の爆発はなんだったのかとか、あの爆発で箒が一本運動場の向こうに跳んで行ってしまったとか、このケーキは誰が持ってきたのかとか話した。



 野々口先生は凛々しい加藤に心が揺れた。


 加藤の隣には、野性的で甘いマスクの鳴海が座っている。

 その対面に、壮絶に美しい早川が座っていて野々口先生を見つめる。

 早川の隣には、清楚な花のような久保が微笑む。



 何てすばらしい生徒達!


 野々口先生は、ケーキの甘さとともに幸せに浸った。



生活指導の安田先生には、会わなきゃいいんです。会わなきゃ、小言を聞かなくても良いんです。

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