AZのピンチ
「呆れた。『許す』って言って始まるなんて、まるで『十二国記』じゃない。
ついでに、僕にしちゃいなさい」
久保が激怒した。
「ワタシは、承諾したわけじゃない。
だから、あれは意思表示としては無効だ。
だいたい、返事をした訳じゃないから、承諾には当たらない」
早川が反論する。
「あなたね、そんなの関係ないでしょ?
理屈はともかく、終わってしまったのよ。
女の子にとって、とーっても大切なファーストキスを長瀬くんに奪われちゃったのよ」
「あれは、初めてじゃない」
「?」
「幼稚園の時にヨシと一回してる。だから、二度目だ」
久保は、こめかみをヒクヒクさせて叫んだ。
「そんなの数に入らないの!
第一、どうして抵抗しないのよ。
あなたなら、蹴ったり、投げたり、殴ったりできたでしょう?」
「リョウコ、そう言うけどな、蹴ったり、投げたり、殴ったりすると、あいつが怪我するじゃないか。
あいつに怪我なんかさせられない。あんな思いはもうゴメンだ」
「怪我させたことなんか、あるの?」
「うん。あの時は怖かった。
変な音がして、あいつがうずくまったんだ。
真っ青な顔で唸って、それでも、ワタシに『大丈夫』って言ってくれて……堪らなかった」
「加藤くんなら、抵抗した?」
「あいつは、強いからな。問題ない。
それこそ、安心して、蹴ったり、投げたり、殴ったりできるぞ」
何か問題が著しく違う。
違うけど、本人が納得しているのだから、良しとしよう。
久保は、痛むこめかみをさすりながら訊いた。
「それで熱が出たわけ?知恵熱じゃない?」
「リョウコ、そう耳元で怒鳴るな。頭、痛いんだ」
放課後、久保が部室に来ると、部室前に加藤が立っていた。
「あら、加藤くん。学校はどうしたの?」
「今日は、午前中だった。久保さん?だったよね」
「そうですけど」
「セイが、言ってたけど、小杉高校が北斗に来た日のこと、あれは、半分は嫌がらせだったの?」
「さすがセイね。鋭いわ」
久保は、それはそれは可愛らしく微笑んだ。
「そうよ。」
「君のせいで、高杉先生から北斗行きを制限された」
「お気の毒様。
でも、私はあなたに感謝されると思ったんだけど?」
聖母のような慈愛に満ちた笑顔だ。
目で問う加藤に、久保が言った。
「加藤くんは、正直だから、セイのことが好きだって顔に出てるの。
高杉先生が知ったら、北斗へ来ること自体が禁止されるかもしれないじゃない。
相手を私だって誤解したから、その程度の制限ですんだの。
そうは思わない?」
確かに一理ある。
一理あるが、割り切れない。
久保は、婉然と微笑んで畳みかける。
「あなたも、高杉先生にそんなことを言わせるなんて、馬鹿ね。
セイなら絶対言わせない。その前に、止めてるわ」
ここで、鳴海なら、長瀬なら、森田ならと言わず、セイならと言い切るところが、この人のスゴイところだ。
「セイなら、止めてるって、どういうことだ?」
「セイはね。教師に言わせちゃいけないことは、言う前に止めるの。
それができるから、セイはスゴイの。
だから、みんなあの人に恋をするんじゃない」
「恋って、君。セイは、女の子だ」
「そうね。すごく残念だわ。あの人が男なら、とっくに口説いてるのに」
加藤の目が点になる。
慌ただしい足音がして、森田が来た。
「久保さん、緊急事態だ。
セイに知らせなきゃ。」
「何があったの?」
「分からない。でも、安田先生がAZの活動禁止を言い出した」
久保が驚愕する。
早川と鳴海が何かを言い争いながら、やって来る。
「リョウコ、紀夫センセに訊いてきてくれ。
安田先生は何を根拠にAZの禁止を目論んだのだろう。
今は、まず、情報だ。
ついでに、理科実験室によって、山本に陽動を頼んでくれ。
5分後に携帯で連絡するから、『浮遊薬』の推進力の実験をしてほしいって。
例の爆発を起こして気をそらすんだ。
とりあえず、安田先生をそこで止める。
ついでに、ヨシに、こっちに来るように伝えてくれ。
あいつが、理科実験室にいるのはまずい」
早川が指示を出す。
了解。
そう叫ぶと、久保は走るように別館、つまり理科実験室に向かった。
「光太郎。悪いが、今日の魚勘は、お前に任す。
4時半頃には、そちらへ合流するから、それまで、何とか一人で頑張ってくれ」
早川の命に、森田が了解と言って走り去る。
「中山かな?」
早川の眼が細くなる。
鳴海が答える前に、長瀬が来た。
「ヨシ、安田先生の弱点を知ってるな?」
「おうよ。野々口先生だ。あの先生がいれば、安田先生は借りてきた猫だぜ」
「イッキ、野々口先生をAZのお茶に招待する。あの先生がここにいれば、安田先生は来ないだろう。
いいか、我々AZは当分の間、安田先生と会わない。
会えば、活動停止を命じられるに決まってる。命じられれば、我々生徒に従う義務が生じる。
だから、そんなこと命じられないためには、会わなきゃ良いんだ。
野々口先生が弱点なら、先生にご協力願おう。
ご招待してくれ」
ここで、長瀬が加藤に気が付いて、固い声で言った。
「加藤。お前ぇ。何でこんなところにいるんだ?
今日は、忙しいんだ。
セイと遊ぶのは、またにしてくれ」
久保は、長瀬の行動に憤慨しますが、それどころじゃなくなります。




