表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AZ研究会は行く  作者: 椿 雅香
48/57

整理券

 道場の稽古が終わった。


 ヨシにAZの仕事を頼んだから、今日は遊びに来ない。

 だから、ソフトテニスのボールはできない、と、早川が言った。


 何を頼んだんだ?と訊くが、笑って取り合わない。



 晩秋の風は少し寒いが、ほてった体に心地よい。




 小杉高校の一行が帰って一週間経った。早川がこれから北斗高校へ長瀬を迎えに行くというので、じゃあ、途中まで一緒にいこう、と、並んで歩き出す。



「部長がしょっちゅう遊び歩くので部員は大変だな。あんまり、北斗に入れ込み過ぎるなって、お小言もらっただろ?」

 早川がことさら明るく笑うと、加藤がぼやいた。


「その通りだ。

 

 参ったよ。

 しかも、女子部員は、君に熱を上げているみたいだ。

 それに、俺と君が久保くんを挟んで三角関係だと思ってるらしい。


 あのタイミングで久保さんが出てきたのは、アンラッキーだった」 

 加藤は、天を仰いだ。


「アンラッキーなんかじゃない。

 あれは、半分本気、半分嫌がらせだ」


 加藤が目で問う。


「リョウコは、ワタシをお前に取られると思ってるみたいだ。

 可愛いだろう。


 それに、お前とやり合うと、ワタシが消耗すると思ってるんだ。

 

 確かに、お前と稽古すると疲れるんだけどな。


 だから、あれは半分は計算ずくだ。

 彼女はそう言うことを意図してできるんだ」

 

 ニヤリと笑って、続けた。


「そうか、小杉のみんなは、お前がリョウコに気があると思ったのか。


 でも、リョウコに気のある男なんか珍しくもないぞ。

 北斗高の男の三人に二人は、彼女に気があるんだ。

 

 イッキや光太郎がAZに付き合ってくれるのも、リョウコのおかげだし、ヨシなんか、ワタシの整理券まで持ってるのに、第一志望がリョウコなんだぞ」


 早川が笑いこぼすと、加藤の目が点になる。



「整理券って何だ?」

「ワタシが大人になって、男を物色する際にだな、こんな言い方したら、何か嫌らしく聞こえるけど、幼かったから、まあ、良しとしよう。

 整理券の順番で考慮に入れてくれだと。


 それで、作って渡したんだ」


「何時のことだ?」

「小学校の五、六年だったと思う。

 

 その整理券はな、途中でもっといい女が現れたら、乗り換えるって条件付きなんだ。

 

 だから、あってもなくても同じなんだけど、ヨシの考えることって面白いだろう?

 最高だ」


「あいつは、それで、待ってるのか?」


「待ってるってほどじゃないぞ。

 適当に付き合ってるってのが、正しい。


 あいつといると、面白いだろ。

 だから、一緒に遊んで、無理聞いてもらって。


 整理券だって、一生使わないだろうなぁ。あいつも、そう思ってる」


「鳴海や森田は良い。頼む!あいつと付き合うのは止めてくれ。

 AZも止めて欲しい」

 急に真顔になる。


「変なヤツだな。ワタシとヨシは、幼稚園以来の付き合いだぞ。

 昨日今日の付き合いのお前が首を突っ込む筋合いじゃない」



「先週も君はあいつを迎えに行っただろ。

 あの日、俺達小杉高剣道部は道場に泊まった。だから、俺は君が帰って来るのを見てた。

 

 あいつと一緒だった。

 あいつ、玄関の脇で君の頭をくしゃっくしゃっとかき回したんだ。


 君は嬉しそうだった。他のヤツにはそんなこと許さないのに。


 今日も迎えに行くんだろ?

 そうして、あいつに頭をくしゃっとされるんだ」


 加藤は、熱い目をして、太い息とともに吐き出した。


「君に勝てるようになるまで言わないつもりだった。

 

 セイ。長瀬は駄目だ。

 俺と付き合ってくれ」


「もう付き合ってるじゃないか。


 一緒に稽古もすりゃ、話もする。

 ソフトテニスボールも一緒にしたぞ。

 

これ以上、何をするんだ?」


「長瀬や久保さんを交えず、二人だけで会いたい。」


「今、会ってる」

「そういうんじゃなくて」

 

 早川の手を取り、視線を絡める。



「あのな。タカ。前にも言ったけど、その目つきは止めてくれ。

 息苦しいんだ。


 ワタシは剣を振るうときのお前は好きだが、そんな目つきをするお前は嫌いだ。


 それにな。

 ワタシの本業に首を突っ込むことも止めてほしい。


 ワタシには、あっちが本業なんだ。


 AZは、ワタシがやりたいから、みんなに付き合ってもらってるんだ。


 ヨシには、薬の発明を頼んでいる。

 あいつ、夢中になったら家にも帰らないから、迎えに行かなくちゃならないんだ。



 いいか?お前を嫌いになりたくない。

 これ以上、邪魔をするな」


 触れると火傷をするような視線だ。



 加藤は、喉がカラカラに乾いて口が利けない。


 やっとの思いで、口を開いた。


「高杉先生が、『毎週北斗に行くのは如何なものか』と、おっしゃった。


 よく考えると、俺は、毎週来てたようだ。


 君に会いたいんだ。北斗で長瀬や鳴海達が君と楽しくやってると思うと堪らない。


 前みたいに県警本部へ来てくれないか?」



「高杉先生の反応は、ありそうな話だ。でも、それはお前が決めることだ」

 早川の眼がキラリと光った。

「県警本部は、もう行かない。

 リョウコによれば、まだまだらしいけど、体が丸くなってしまった。

 誰かが気付くだろう。

 それは、面白くないんだ」


「県大会、女子の部に出たら良いじゃないか」

「女の優勝なんか要らない。

 

 ワタシは、男より強い。現にお前に勝ってる。

 何で遠慮しなけりゃならないんだ?

 そのくせ、みんな、手加減だけはするんだ」


「坂本は、知っている」

「坂本は言わない。あいつは、言えない。

 間違っても女に負けたとは言わない。

 

 そういう男だ。お前も言わない。それで良い」


「君は、美しいのに」


 早川が、視線をそらす。


 加藤は、早川の肩を抱き寄せながら言う。

「君の了解をもらうまで、我慢しようと思ってた。

 でも、何時まで我慢できるか、自信がない」


「お前がそんなんじゃ、一緒にいられない」

 早川が、加藤の腕を払いのけて、背中を向ける。


 加藤は、後ろから早川を抱きすくめて耳元で囁いた。


「君が女だって分かってひどく驚いた。

 でも、あの時からずっと好きだ。


 君は強い。

 そして美しい。

 君みたいな女性ひとは知らない」


「離せ。生憎と、ワタシは、お前に付き合ってやるほど育っていない。


 どうやらワタシは、人より成長が遅いらしい。

 そういう対象を求めるなら、他を当たるんだな」


 早川は感情のない声で言いながら、その腕を振りほどこうとした。

 

 加藤が力を込める。

「離さない。

 君が強いのは瞬発力と柔軟性だ。技なんだ。

 力は僕の方が強い。


 逃げないで。

 君が育っていないのなら、僕が育てる」



 早川は、眉を顰めて、凍るような声で言った。


「大きなお世話だ!


 お前がどういう感情を持とうと、それはお前の勝手だ。邪魔はしない。

 だが、ワタシを巻き込むのは止めて欲しい」


 思わず怯むと、するりと腕から抜けて加藤の眼を凝視する。



 冷たい炎があるなら、こういうものを言うのだろう。

 眼の中に青い炎が燃えている。



 その激しさにたじろぐ。


 不意に、早川の顔がゆがんだ。

 涙が流れ、苦しげだった。


「お前が来て、相手をしてくれて、嬉しかった。


 でも、こんなふうに、なるなら、もう、来ないで、欲しい。


 お前は、こんなことのために、付き合って、くれたのか?」



 見たこともないくらい美しかった。


 ひどいことをしたんだろうか、と、自問した。



気の毒に、加藤くんは、早川に恋をしてしまったみたいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ