久保涼子
ところで、鳴海が男前だと言うのは、衆目の一致するところで、あまりに見目が良すぎたために、一年の時に一度クラブを辞めている。
と言うのは、これまた当然のように体育会系のクラブに入ったのだが、マネージャーの女子全員が鳴海に熱を上げてしまったので、部内で大問題になったのだ。
頭に来た上級生数人が実力行使に及ぼうとしたが、何故か事前に露見して事なきを得た。
しかし、鳴海がクラブにいられなくなったのは事実であり、結局、秋の終わりに退部してしまった。
その後、鳴海は、バスケットボール部顧問の紀夫センセ(体育教師の吉本紀夫先生は、『紀夫センセ』と、呼ばれている。これは、吉本姓の教師が二人いるからだ)にその運動能力を買われて、バスケットボール部に途中入部したが、やりたいことが多すぎて、正規の部員じゃなく時々参加する助っ人という形になっている。
あの時、鳴海が事なきを得たのは、早川が画策して、生徒指導に通報したためだと言う噂だったが、真偽のほどは明らかではない。
ただ、以来、何となく付き合いができたのは事実だ。
端から見ると、鳴海と早川は、仲が良いように見える。
実際、容姿さえ除けば、気持ちの良いヤツだと思っている。
早川は、生徒会を裏から動かす、いわゆるキーマンを目指しているようで、トラブルが起きると、陰で生徒の権利を主張する方向で動く。
意を同じくする鳴海も何かと使われるようになった。
いつしか、早川を『セイ』、長瀬を『ヨシ』と、呼ぶようになって、今日に至っている。
だが、鳴海にすれば、時々突拍子もないことをやってのける早川や長瀬と、付き合いたくて付き合っているわけじゃない。
正直なところ、男の敵となんか付き合いたくない。
だが、鳴海には、拒めない事情があった。
それは、久保涼子の存在だった。
破天荒な早川はさておいて、そもそも恋人にしたい女子というなら、北斗高校には全校のアイドルともいうべき久保涼子がいる。
彼女がいるのに、わざわざ『歩く非常識』の早川なんかに触手を伸ばす必要はないのだ。
鳴海は、久保涼子のことを入学後知った。
早川と同じクラスに久保涼子を見出して、鳴海は、つくづく、この学校に入学できて良かった、と思った。
色白で木目細かい肌。濡れ濡れとした大きな瞳。楚々とした佇まい。長い髪。あの髪をほどいて、風にたなびかせているところを見てみたいと、誰もが思っているだろう。
人形が生きているかのような美しさだ。
こんな少女が、いたんだ。
鳴海は、学校生活が楽しくなった。
気を付けて見ていると、久保は、単に美しいだけじゃなかった。
成績も優秀で、口も立つ。
男子だけじゃなく、下手をすると教師まで論破することさえあった。
鳴海としては多いに興を覚えて、意識して観察するようになった。
すると、これが、意外にも早川と仲が良いのだ。
久保は、早川と一緒の時はサポート役に徹する。
面白いもので、普段、口では教師にも負けない久保が、早川といると、一歩譲るのだ。
どうやら、早川が普通では思いもつかないことをやってのけるのを側で見て、一緒にやることが楽しいのだ。
気が合うのだろう。
だが、二人の関係が百合じゃ困るのだ。
鳴海は、大勢の男子生徒と同様に、早川を押しのけて久保の隣に立ちたいと切望した。
久保涼子が入学してから、同学年だけでなく、たくさんの上級生が久保に熱を上げた。
交際を申し込んだ者も多かったという。
容姿端麗、成績優秀、スポーツも得意といった先輩たちが、我こそはと、告白したという噂だ。
まるでかぐや姫だ。
しかし、久保は、それらをさらりと受け流し、彼氏のいない高校生活を送っている。
一年の時は、クラスも違い、話をする機会もなかった。
二年になって、鳴海が生徒会長になると、久保が書記になった。
早川の指示だったようだが、そんなことはどうでも良い。
チャンスだ。
この機会に、久保と親しくなれることなら何でもしよう、鳴海は、堅く決意した。
そんな中、早川は、鳴海に対してのこの新しいクラブへの参加要請を、久保を通じてしてきたのだ。
断れるはずがなかった。
つくづく人の使い方が上手い。悪魔のようなヤツだった。
話があった時、鳴海は、早川に借りを返すという意味でも、この機会に久保と一層仲良くなりたいと言う意味でも、バスケ部や生徒会のブーイングをものともせず引き受けたのだ。
早川の作戦勝ちだった。
北斗高校みんなのアイドル久保涼子は、早川が大好きです。