握手会
体育祭の興奮も覚めやらぬ北斗高校は、次の日から文化祭モードになった。
夏休み中から準備してきた様々な展示は仕上げに入った。
三年二組は劇の練習の佳境に入った。
一年四組は、お化け屋敷の制作に入った。
AZも早川と森田が展示の準備の仕上げをする。
夏休み前に生徒会担当の川畑先生に頼んで、クラブ長屋の全室を使わせてもらうよう交渉したが、代わりに一番部室に近い一年六組の教室を使うように――一年六組はコーラスに出ることになっていて、教室を使わなかった――と言われ泡銭(AZ)を稼ぐぞと、森田が張り切った。
一年六組の教室に展示物を飾りながら、早川が溜息をついている。
鳴海が来て、「手伝おうか」と言った。
「いや、何とかなる。それより、イッキとリョウコは、当日、生徒会の仕事ができないから、今のうちに誰かに頼んどいたほうが良いぞ」
「もう頼んだ。一年の中嶋と五組の大野さんにお願いしてきた。
それより、お前が溜息つくなんて珍しい。
どうした?」
「つきたくもなるだろう。
文化祭が二日あるからって、ヨシは、ワタシに一日はセーラー服を着ろだと。
ワタシがセーラー服なんか着てどうする?問題外だって言ったら、その方が効果的だとぬかしやがった。
よく考えると、その通りなので、嫌になる」
鳴海は耳を疑った。
確かに、長瀬は伊達に竹馬の友を気取っているんじゃない。
早川がセーラー服を着れば、効果的を通り越して大事件だ。
つくづく、長瀬と付き合いがあって良かった、と思った。
しかし、そう言うと、早川が気を悪くするので、「大丈夫だ。セーラー服が手に入らないかもしれないじゃないか」と言うに留めた。
北斗高に、早川に自分のセーラー服を着て欲しくない女子なんているだろうか。
いるはずがない。
いよいよ、文化祭が始まった。
お天気にも恵まれ、たくさんの人が訪れた。
喫茶店やお化け屋敷、劇やコンサートなどいろいろな催しがあった。
しかし、今年の目玉は、何と言ってもAZだ。
教室を展示スペース三カ所、販売スペース一カ所の四つのブロックに分けて、それぞれのブロックに、早川、鳴海、久保、長瀬がいる。
森田が、入り口の整理をしている。
最初、森田は、長瀬と一緒に販売担当をしていた。
ところが、予想以上の客が来て収拾がつかなくなったので、慌てて入場整理係になったのだ。
誰も説明なんか聞いていない。
ただ、早川、鳴海、久保の顔を間近で見て、その手を握り、示されて募金箱に200円入れて帰って行く。
さすがに、教師が来たときは、それなりの説明をしたが、横で見ていた長瀬が、「教師は、時間対カンパの効率が悪い」と、ぼやいたほどだ。
『浮遊薬』は、「通学鞄が羽のように軽くなる」というキャチフレーズで、飛ぶように売れた。
鞄の重さに辟易している生徒達にとって、便利な薬だったのだ。
意外と売れたのが、『惚れ薬』と『光よ!』だった。
『惚れ薬』は、野々口先生に副作用――服用した翌日三十九度の発熱があった――が出たのだが、理科クラブで秘密裏に行った臨床試験の結果、十人中八人が無事だった。
どうやら、潜在的に良心の呵責に耐えられない個人のみ発熱するようだ。
長瀬は、「北斗高校に潜在的な良心の呵責に耐えられない人間はそういないから大丈夫だ」として、説明書にその旨書いて売ることにした。
森田が、「そんなこと書いたら売れないよ」と反対したが、「PL法がある」との早川の一言で、書くことになったのだ。
しかし、北斗高校関係者は、他人の発熱に無頓着なのか、大雑把なのか、それともきちんと副作用まで書いてあるので効能を信用したのか、これが結構売れたのだ。
『光よ!』は、暗がりで便利だと、一年四組のお化け屋敷へ行く者が結構買いに来た。
握手会は、入り口が一つなので、男子は久保と早川に、女子は鳴海と早川に握手して行く者が多かった。
三人は、それぞれ、募金箱の近くに立って、握手するたび200円を要求して、AZの獲得に務めた。
森田が、ディズニーランドやUSJばりに、ジグザグのロープまで調達してきて入場制限に務めたが、朝8時半から始まった展示は、11時には「並んでも午前中に入れません」の看板を出さなければならないほどだった。
長瀬は、山本や理科クラブの面々にファーストパスでの握手を約束して、薬品の販売を手伝わせ、自らは森田とともに入場整理係に回るとともに、早川達の様子を見て保健室から湿布剤を調達してきた。
このとき、ちゃっかりと保健の吉住先生とファーストパスの約束をしてきたらしい。
と言うのは、12時45分頃、部室に吉住先生が現れて三人の手を診断し、どさくさに紛れて鳴海と早川の手を握って帰ったからだ。
長瀬はしっかり、カンパをもらっていた。
昼休みの三人は、見るも無惨に疲れ果てていた。
力任せに握る人の気が知れないだの、午後からは左手で握手しても良いかしらだの、もっと入場制限を厳しくして10分に一人ぐらいにしてくれだの、口々に言い言いしたが、長瀬に、「予想以上の成果が出ているから頑張ってくれ」と言われ、恨めしそうな顔で、午後の部の配置に付いた。
会場の前に行くと、もう、10ートル以上の行列ができていた。
「セイが長瀬くんのために理屈を考えてあげたのに、ひどいわ」と、久保。
「あの時、諦めれば、こんな苦労をしなくてもすんだのに」と、鳴海。
「仕方がない。効果的だと思ったんだ。すまない」
早川が久保の頬を撫でると、久保が恥ずかしそうに俯く。
「セイ、こんなところでそんなことするな!スキャンダルだ」
鳴海が吠えた。
「さあ、午後の部を始めるぞ」
長瀬が言って、入り口の戸を開けた。
ぼろ儲けできると思って企画したのは良いが、握手する人間の負担を考えてなかった、というオチでした。




