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AZ研究会は行く  作者: 椿 雅香
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惚れ薬の臨床試験

 花火大会の興奮もさめやらぬ頃、鳴海が部室へ駆け込んで来た。


 そこには、長瀬が一人だけ。



「セイはどこだ。」

「知らねぇ。さっき、完成した『惚れ薬』の臨床試験を頼んだら、人体実験は嫌だとぬかして出てっちまった」


 

 鳴海は、頭を抱える。

「お前、まだ、そんなことしてるのか。いい加減に諦めたらどうだ。」


 

 しかし、長瀬には長瀬の理屈があった。


 苦労して完成したのに、効果の程が分からない。


 そもそも、惚れ薬は、動物実験に馴染まない。

 

 犬は犬同士仲良くしてるし、猫は年中恋をしている。

 第一、恋愛感情が動物に有るのかどうかも怪しい。


 仕方がないので、人間で実験しようとしたが、ここでも問題が生じた。


 例えば、AZの関係者は、鳴海も長瀬も森田も山本もみんな久保が好きだ。

 認めたくはないが、久保も早川が好きだと言える。

 

 特に誰にも恋愛感情を持っていない実験に適した個体は、早川だけなのだ。


 そこれで、竹馬の友として協力を願ったのに、断固拒否されたのだ。


 


 こうなったら、今度、あいつの飲むお茶かコーヒーにこっそり入れておこうか、長瀬が物騒な独り言を言う。


 鳴海は、「命が惜しかったら、止めた方が良い」と言った。



 


「仕方がない。次善の策として、職員室のポットにでも入れてこよう」と、飄々と出て行った。


 鳴海は、体が地面に沈んで行くような気分だ。


 しかし、今は早川だ。


 しばらく部室で待っていると、早川が帰ってきた。手にはチューチューを持っている。


「イッキ、来てたのか。お前も一本どうだ?」と、差し出す。


 鳴海は、一本もらい50円差し出す。

 この人がおごってくれないことは、学習済みだ。

 

 吸い口をかみ切りながら、

「お前に、果たし状だ。ほれ、『北斗署のレオ』宛だ」と、封書を手渡す。


「お前から回って来る手紙はろくなモノがない」と、笑いながら、「ワタシは他流試合はしない主義なんだが、そんなことも知らないモグリは、誰だ?」と、中を見る。


「桜川の坂本だ。あいつ、あれから、北斗高のことを調べたんだろう。


 第一、『北斗署のレオ』なんて北斗高生も知らないぞ。

 俺も、この前の花火合宿で加藤に教えてもらって驚いた」


「そうか?でも、『北斗高のライオン』ってのがあるから、似たようなもんだろ?」


「あのな、『北斗高のライオン』は、単に髪型がライオンなんだ。

 『北斗署のレオ』は、北斗署と県警本部の師範代で、高校生ながら警察関係者が一目置くスゴイ剣士なんだ。」


「でもな、ワタシの場合は、祖父が師範だからたまに代理で行くだけで、別にワタシが特別強いわけでも何でもないんだ」


「いや、ものすごく強いって、加藤が言ってた。


 あいつ、県大会優勝者だぞ。そいつが言うんだ。きっと、強いんだろう。


 坂本もまさかそれがお前だなんて絶対知らないぞ。


 あいつ、表じゃ生徒会長なんかしてるけど、裏じゃ怖いお兄さん達を束ねていて、子分が五十人近くいるって噂だ。

 丁度良いと思ったんだろうな。

 これに勝てば、目立つ。特定眼鏡視覚可能剤の風水研と連絡がつくと思ってるんじゃないか?

 

 しかし、困った。

 どこをどう回って来たのか、俺のところに届くのに一週間以上かかっている。


 果たし合いは8月5日、明日だ」


「じゃあ、急いで坂本に連絡して、中止をお願いしよう」


「俺が言いたかったのもそれだ。」


 二人は、連れだって生徒会室へ行き、坂本に連絡するが、ただ今電波の届かない云々というギャグのような展開で、仕方がないから、桜川高校に電話する。

 

 しかし、こちらも呼び出し音が十回鳴っても二十回鳴っても、誰も出ない。


 誰もいないんだろうか。


 いや、普通、生徒会関係者は秋の文化祭や体育祭の準備のために夏休み中も登校するもんだ、だから、誰かいるはずだ、と、鳴海が言う。


 でも、あの坂本に普通を要求しても、と、早川は弱気だ。


 しばらく待ったが、早川は諦めが良い。



 仕方がない、イッキ、適当に連絡して。

 連絡が付いたら、ワタシが他流試合を禁じられているから、お受けしかねるって言っておいて。

 

 ワタシは、別の手を考える。


と、さっさと帰ってしまった。


 残された鳴海は、しばらく電話と格闘していたが、どうやら、桜川高校には、本当に誰もいないようだ。


 今度は、早川がどこへ行ったか気になった。

 

 とりあえず、職員室で行き先を調べよう。



 

 

 長瀬は、職員室で安田先生に捕まっていた。



 安田先生は、猫がネズミを捕まえたかのように嬉しそうだった。



 一学期、表沙汰にはならなかったが、何かあった。

 先生の勘がそう言っている。


 生徒の間の囁くような噂が耳に入る。


 特定眼鏡視覚可能剤。

 休眠中の風水研究会が売り出したと言われているが、こんな薬品に詳しい生徒に心当たりがあった。

 

 長瀬と山本だ。


 たまたま、長瀬が、人気のない職員室に来た。

 こんなチャンスは滅多にない。


 安田先生は、長瀬を呼び止めた。


 特定眼鏡視覚可能剤と言うものを知らないか。

 いいえ。知りません。何ですか、それ。

 いや、噂で聞いたんだが。


 長瀬は、のらりくらりと返事をする。


 ふと、見ると、独身英語教師の野々口先生の様子がおかしい。



「安田先生。わたくし、長いこと言おう言おうと思ってましたの。でも、もう我慢できません。人を愛すると言うことは、尊いことですわ。人類最古の、そして最優先の使命であるとも言えますわ。我々教師も、生徒を指導する立場として、率先して愛を語るべきだと、思いませんこと?」


 完全に眼が据わっている。



 長瀬は身を翻した。

 ここに居座るのは愚の骨頂だ。


 長瀬がいなければ、他に誰もいない。


 野々口先生と安田先生の二人だけの恥ずかしい思い出で終わる。


 職員室を出て逡巡する。


 ここにいるのは危険だ。

 しかし、『惚れ薬』の効力を確認したい。


 悩んだ末、長瀬は、職員室の壁にヤモリのように張り付いた。

 


 野々口先生は、安田先生に襲いかかった。

 

 彼女は、身長175センチ、体重85キロの女丈夫だ。

 対する安田先生は、身長163センチ、体重56キロ。小柄な典型的な色男。つまり、金と力がないのだ。


 あっという間に勝負は付いた。


 野々口先生が安田先生を押し倒したのだ。


「野々口先生、しっかりしてください。おい、長瀬、助けてくれ!」


「先生、冷たくなさらないで。先生に奥様がおありなのは、重々承知しています。しかし、恋というものは、社会規範によって縛られるものではありせんわ。

 

 ま、今日のわたくしは、何て勇気があるんでしょう。きっと、愛の力ですわ」



 安田先生のしどろもどろの説得。野々口先生の支離滅裂の告白。やはり、『惚れ薬』は完成していた。


 長瀬は、思わずガッツポーズをとる。


 そこへ鳴海がやって来た。早川の行き先を職員室で探そうと思って来たのだ。



 長瀬が、ヤモリのように壁に張り付いている。


 どうした?と、訊く。ちょっとな、と、長瀬。


 鳴海が聞き耳を立てると、安田先生の悲鳴が聞こえた。



 鳴海は、瞬時に状況を察して、回れ右をした。


 わざわざ火中の栗を拾いに行く馬鹿はいない。


長瀬は、天才なのです。

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