長瀬vs加藤
鳴海が帰ってきた。
早川達に恩義を感じていた紀夫センセは、青森の土産にアップルパイ――久保がおねだりした――を買ってきたので、AZ一同はお茶にした。
久しぶりの全員集合だ。
鳴海は、早川と久保から事務の引き継ぎを受けて、文化祭の準備が滞りなく進んでいたのに満足した。
体育祭については、学校行事の側面が強いので、もっぱら、紀夫センセが企画する。
生徒会は、紀夫センセに要望を出すだけだ。
ただし、紀夫センセは、無理な要望以外は配慮してくれるので、鳴海は、例年通りの仮装大会の実施と、今年度の目玉として第二校歌の全員ダンスを提案し、了解を得た。
正式なプログラムに載らなくても、紀夫センセが了解してくれれば確定する。
早川は、生徒会を鳴海に返してから、文化祭の展示物の製作に悩み出す。
「次から次へと、まあ、遊ぶことにこと欠かなヤツだな」
長瀬が笑いながらフラスコを暖めている。
「今度は、何を作ってるんだ?」
「ん?ラヴ ポーション。言うなら……『惚れ薬』だ。古典的な薬の一つだな」
「お前、よっぽど、暇なのか?」
「馬鹿言え。
要は、雛鳥の『すり込み』の原理なんだ。雛鳥が最初に見る動く物を親だと思って付いて回るだろ。あれと一緒だ。
この薬を飲むと、目の前にいる人が、好ましく思えて、後から付いて行きたくなるんだ。もうすぐできそうなんだ。セイ、できたら、臨床試験に付き合ってくれないか?」
「冗談。人体実験はゴメンだ」
「竹馬の友の頼みでもか?」
「駄目に決まってる。」
山本も、汗を拭きながら言った。
「早川。僕も、もうじきできそうだ。AZには迷惑を掛けたが、なんとかなりそうだよ」
「本当か?吉本。エライ!お前は天才だ!」
早川が山本の手を取ってブンブン振ると、山本が真っ赤になって言った。
「喜ぶのは完成してからにしてくれ」
長瀬が笑いをかみ殺した。
7月30日は、7月最後の土曜日だ。
早川が浮かない顔をして、長瀬の理科実験室のテーブルへ来た。
「ヨシ、油買ってくれない?」
「いくらだ?」
試験管に薬品を入れながら長瀬が訊く。
「タダで良い」
「タダなら、買ってやるぜ」
長瀬が笑って、試験管を振りながら言った。
「お前ぇ、土曜になると、滅入るみたいだな。いっそのこと、稽古休んだらどうだ?」
「そうだな。それも手だな」
「要は、自分がどうしたいかだ」
「どうしたいんだろう?」
「嫌なら、あいつに北斗に来るなって言えば良い」
「それがベストなんだろうな。でも、……あいつと稽古するのは楽しいんだ。
お前が剣を止めなけりゃ良かったのに」
「俺の知ってるセイは、そんな後ろ向きなことは言わねえ。
それに、適材適所だ。俺は加藤みたいに強くないから、剣でお前の役には立てない」
「そうか?」
「昨日は、北斗署に行ったのか?」
「うん。山県さん達が相手だと滅入らないんだ。」
「だったら、お前が落ち着くまで、道場の練習はサボるって師範に頼んだら良い」
「でも、許してくれるだろうか?」
「えらく弱気だな。分かんないぜ。師範も気付いてるかもしれねえだろ?」
「そうだな。確かにこの頃調子が悪い。でも、調子なんて、稽古してると上がってくるもんなんだけど……」
「今まではな。でも、今度のは違うかも知れないぜ。
とにかく、お前ぇが疲れているのを見たくねえ。
少し休め。北斗署だけで十分だろ。」
「北斗署では、気を遣わないから。」
「お前ぇ、馬鹿じゃないか。
自分ん家で気ぃ遣ってるのか?」
「でも、人がたくさん来てるから……」
長瀬は、実験を中断して、声を掛けた。
「来いよ。付き合ってやる」
「すまない」
二人が連れ立って出ていくのを山本だけじゃなく理科クラブの面々が見ていた。
いずれも、信じられないものを見たという顔をして、互いに顔を見合わせた。
夕方、長瀬が、コンビニ弁当を持って理科実験室に帰ってきた。
「どこ行ってきたんだ?」
山本は興味津々だ。
「ん?その辺、ぶらぶらしただけだ。
あいつ、祖父さんに頼み難いんで、俺が一緒に付いていってやったんだ。
昔から、祖父さんに頭が上がらないんだ。
それで無理して疲れるんだ。
祖父さんも分かってるから、しばらく休めって言ってくれた」
二人して、コンビニ弁当を食べ終わると、長瀬が、早川からの差し入れを出した。
「お前に頑張ってくれって。文化祭で売りたいんだと。
頼む。あいつを失望させないでくれ」
「分かってる。
久保さんにも悪いことをしたから、罪滅ぼしに頑張るよ」
作業を再開すると、またしても邪魔が入った。夏の夜風を入れるため開け放したドアをノックする者がいる。
山本が眼を上げると、凛々しい青年が立っていて、
「AZの長瀬くん?」と、訊いた。
「長瀬は、あっち」と、指で示す。
長瀬は、微妙な作業中だったので、
「ちょっと、待ってくれ。これが終わったら、手が空く」と、上の空で答える。
しばらく、薬品を混ぜたり、ガスバーナーで暖めたりすると、試験管の中の液体が紫色に変わる。
静かな息を吐いて、液体を嬉しそうに見つめ、ようやく、入り口の男に顔を向けた。
「俺が、長瀬だ。小杉高校の加藤、だな?いつぞやはどうも」
「君が長瀬くんだったのか」
「長瀬で良い」
「じゃあ、長瀬。早川さんのことを聞きたい。
……彼女、何があった?今日、師範が、しばらく道場の練習には出ないとおっしゃった」
「何もない」
「北斗署へは行ってるんだろか?」
「さあ?」
「君は、彼女とどういう付き合いだ?」
「竹馬の友だ」
「彼女もそう言ってた」
「だったら、良いじゃねぇか」
「良くない。あの強さ。あの美しさ。彼女は尋常じゃない」
「確かにあいつは、希有な存在だと思うぜ」
「あんな女性は知らない。俺は、彼女を俺のものにしたいんだ。彼女に勝てるようになったら、正式に申し込みたいと思ってる」
「そりゃあ、先は長いぜ。
ま、頑張ってくれ」
「お前、彼女をどう思っているんだ?」
「あいつがお前と付き合いたいなら、あいつはそうするだろう。それが、全てだ。
俺は、あいつにどうこうしてくれとも、してくれるなとも、言わない。
ただな、一つ言っておく。お前は自分のものにしたいって言ったが、この場合、選ぶのはあいつだ。お前じゃない」
長瀬と加藤の間にひやりとした空気が流れた。
長瀬と加藤は、恋敵になるのでしょうか。




