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AZ研究会は行く  作者: 椿 雅香
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加藤にバレる

 今まで気が付かなかったのも馬鹿な話だ。


 カッターシャツの胸が小さいながらもふくらんでいる。

 一番上のボタンまで、几帳面に留めているが、それでも、シャツ越しに少女から女になりつつある体の線が仄かに見える。


 これを男だと信じていた自分は、つくづく馬鹿だ。


 早川は、女にしては堅い、少年のような体つきをしていたが、どことなく線が柔らかい。

 まだ堅い蕾のような胸も、これからを期待させ、明らかに男のものとは違っていた。声も、男にしては高めだと思ってたが、女のものだ。


「お前、女だったのか?」

 やっとの思いで聞いた。


「気が付かなかったか?」

 ニヤリと笑う。


「県警本部では男だと聞いた」

「ワタシは自分が男だとも女だとも言ったことはない。向こうが勝手にそう思っているだけだ。

 もっとも、北斗署の面々には、口止めはしたけどな」


 唖然として何も言えない加藤に、早川がひんやりとした声で尋ねた。


「お前も、ワタシが女だと分かったら、手加減するのか?」

 すうっと眼を細める。

「楽しかったぞ。山県さんとやるときは、大人だから力があるんだろうと思ってただんけど、高校生でも、男は力があるもんなんだな」

 少し寂しげに笑って去って行く。


「待ってくれ」

 加藤は、唾を飲み込んで、美しい少女に尋ねた。

「これからも、来て、良いか?」


「手加減しないで、付き合ってくれるなら」





 長瀬がいつものように、理科実験室で研究をしていると、早川が来た。


 長瀬が、「珍しいねぇ。どういう風の吹き回しだい?」と、笑うと、「少しここに居させてくれ」と、力無く微笑む。

 珍しく眼に力がない。


「土曜日は、道場稽古じゃなかったのか?」

「そうだ。だから、滅入ってる」


「お前ぇ、スランプか?」

「かもな」


 溜息をついて、「あんなヤツじゃなかったのに」と、呟く。


「誰のことだ?」


「タカ」


「加藤が、どうかしたか。あいつ、お前ぇが女だって分かっても、対等に手合わせしてくれる珍しいヤツだって、お前ぇ、喜んでたじゃないか」


「うん。普通は対等にやっても勝てないくせに、手加減してくるんだ。

 そして、負けると手加減したせいにするんだ。


 あいつには、それがない」


「だったら、良かったじゃねえか」


「この頃、様子が変なんだ」

「どう変なんだ?」


「時々視線が粘っこい」

「そうか」


「あれをやられると、息苦しいんだ」

「仕方がない。お前ぇは女だからな。

 それに、言わせてもらえば、極上の部類に入ると思うぜ。


 加藤もお前が女だと分かって、恋に落ちたんだろうよ。


 気の毒に。ご愁傷様だ」


「ほざけ」


「恋は憲法に保障されている内心の自由だ。加藤の勝手だ。誰にも、禁止することはできない」


「お前な。憲法の私人間効力ってな、憲法は、直接、私人間を規制しないんだ。

 あれは、公権力と個人の関係を定めたものなんだ。


 だから、内心の自由と言っても、私人間では、民法とか個別の法律の解釈とかの中で憲法の趣旨が生されることになるだけなんだ」


「そこまで、真顔になって言うな。

 そういうことはお前ぇの担当だ。


 で、お前ぇはどうしてえんだ?」


「分からない。でも、師範は、あいつが来ると喜んでる」


「師範はどうでも良い。

 要は、お前ぇがどうしたいかだ」


「分からないから、滅入ってる」



 早川は、長瀬が占拠しているテーブルの角の椅子に腰掛けて、突っ伏している。


 長瀬が財布を取りだして、

「お前ぇ、暇ならチューチュー買って来てくれ。吉本と森田の分も併せて、四本もありゃいいだろう」と、言った。


「ワタシをパシリに使う気か?」


「悪いか?」


 早川は目を上げて、「いや。たまには良いだろう」財布を片手に出ていく。


 山本が、あんぐりと口を開けている。


 早川をパシリに使うなんて、誰がする?

 



 北斗高校の裏門を出て、20メートルほどのところに駄菓子屋があって、夏にはチューペット(北斗高生は『チューチュー』と呼んでいる)を、冬には『豚まん』を売っている。

 北斗高生は、部活や生徒会行事で遅くなった時に、この駄菓子屋で買い食いするのだ。


 早川は、チューチューを六本買って来た。



「イッキとリョウコの分も買って来たぞ」


 長瀬は笑って、「お前ぇ、50円払えよ」と、言った。


「おごってくれるんじゃないのか?」


「誰がおごってやる。シェークスピアも言ってるだろう。お金は貸しても、借りても駄目ってな。

 健全な高校生は、貸し借りしないもんだぜ」長瀬がニヤリと笑って言った。「お前ぇが俺の彼女なら、おごってやるけど、竹馬の友じゃなあ」


「ヨシ、だから、お前が好きだ」

 早川は、軽く笑った。

「そうだろ。幼なじみは大切なんだ。大事にしろよ」


 長瀬は笑いながら山本に一本売り、森田達に持ってってくれと残りを早川に渡す。



 早川は、チューチューを森田、久保そして鳴海に売り歩き、一回りして戻って来た。


 150円差し出す。


 「久保には、おごっても良かったのに……」


 「お前な!」


 早川のこめかみがヒクヒク動き、長瀬との睨み合いがあった。

 正確には、早川が長瀬を一方的に睨んだ。


 キッチリ15秒経過後、早川が吹き出した。


「ヨシ、お前、まだリョウコに気があるのか?

 止めとけ。鉄壁の防御網だ。無駄な努力だぞ。

 リョウコにおごるくらいなら、ワタシにおごった方が意味がある」


「ほざけ。俺の勝手だ」

 長瀬も笑っている。


 山本の眼鏡が落ちて、手を滑らせる。


 早川にこんな物言いができるのは、長瀬だけだ。


「ありがとう、ヨシ」

 早川がふわりと笑った。

 きつさが抜けて可愛く見えた。


 山本は、ただただ驚いて、持っていたフラスコを落としそうになった。


「手伝うか?」

 長瀬が訊いた。

「またにする。リョウコを手伝わないと。生徒会の仕事が溜まってるみたいなんだ」


 早川がチューチューを吸いながら帰って行くと、長瀬は何事もなかったように実験を再開した。


 山本は、両方の頬をピシャリと叩いて、自分の仕事に没頭した。




小杉の加藤くんは、早川に恋をする変わった人です。

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