文化祭の出し物
いろいろあった一学期も終わろうとしている。
特定眼鏡視覚可能剤は、その存在さえ気付かれずに使命を果たした。
何人かが赤点を免れ、何人かが補助教科を特定眼鏡視覚可能剤に任せて五教科に集中したため、成績を上げることができた。
更に何人かが追試の際に利用して、無事に単位を取得できる目処が付いた。
たくさんの友人の人生を救った画期的な薬だった。
生徒会連絡調整会議で余った30セットは、期末までに完売し、次の販売は二学期の中間対策だが、二学期は行事も多いので、夏休みの終わりにでもまとめて作り置きした方が良いかもしれない。
早川と長瀬は、部室でコーヒーを飲みながら相談していた。鳴海は、相変わらず全国大会に向けてレンタル中だ。
油蝉の鳴き声が暑さを加速する。
突然、部室に鳴海が駆け込んできた。
「セイ、文化祭の握手会にクレームだ。生徒指導の安田先生が、特段の労働によらず金儲けするのは、高校生として不適当だから、文化祭の出し物から生徒会の判断で自粛してほしいと言ってきた」
「しかし、AZと言うのは、そもそもそういうものなんだ」
早川が文句を言う。
二人の声を聞き付けて、久保と森田が現れた。
「分かってる。
そもそも、安田先生は、AZの存在そのものを好ましいと思っていないんだ。
そうして、生徒指導の汚いやり方だ。高校生として不適当だと言いながら、強権的に中止命令を出すんじゃなくて、あくまでも生徒会で自粛するという形を取りたいらしい」
鳴海が言う。
「セイ、どうする?あなた、もともと握手会に反対だったんだから、止めて別のにする?」
久保が訊くと、長瀬が怒った。
「久保、馬鹿なことを言うな。
セイは、そんな圧力には屈しない。
生徒がやろうとしたことに教師が口を挟むなんて許せないっていうヤツなんだ。
それとも、セイ、お前ぇが安田先生を動かしたのか?だとしたら、生徒会行事に教師の介入を導き入れたとんでもない馬鹿をしたことになるぜ。
何とか理屈をこねろ。お前ぇの大嫌いな教師による介入だぜ」
「だって、そもそも、握手会に賛成だったのは、長瀬くんと森田くんだけなのよ」
「関係ない。計画書を提出した時点で、AZの公式な計画になったんだ。
そして、セイは、自分が嫌だからって、安田先生に頼んで中止勧告を引き出すような馬鹿はしない」
長瀬が吠えた。
「当たり前だろ。どうしてワタシが、安田先生に頼んで中止勧告を引き出すようなことをするんだ?
生徒会行事に教師の介入を助長する馬鹿げた行為だぞ」
「そうだろ。そして、お前ぇは、いくら自分が嫌でも、AZの元の案を何とか生かすために屁理屈をこねる。
それができるのは、セイ、お前ぇだけだ」
「何で、セイが、自分の嫌なことのために知恵を絞らなきゃならないの?
絶対おかしいわよ!
ねぇ、鳴海くんもそう思うでしょ?」
鳴海は、ここは久保に同調すべきところだと思った。
しかし、鳴海は、こういう時の早川のことを久保よりも少しは知っていた。
仕方がない。ここは、久保をなだめなければならない。久保に嫌われたくない、でも、言わなければならない。
久保に嫌われない程度になだめるって、無茶苦茶難易度の高いミッションだ。
だけど、やるしかないのだ。
「久保さん、理屈は君の言うとおりだ。
ただ、セイは、それがなんであれ、生徒の自主的な活動に対する教師の介入が嫌いなんだ。
そして、ここにいるメンバーの中で、生徒指導に対抗して理論構成できるのは、セイだけなんだ。
更に言うと、セイは、自分の感情と理屈を切り離して行動することができる。
ヨシの言うとおり、例え自分の嫌いなことでも、生徒の権利を守るために理屈をこねろと言われれば、それなりの理屈を考えることができるんだ」
「何か、私一人、お馬鹿な子供みたいね」
「久保さんが優しいんだよ。
ヨシもイッキもセイに頼りすぎだ。結局セイの嫌なことをさせることになるのに。
一人ぐらい優しい人がいても良いじゃないか」
最後にまとめて、さりげなく鳴海や長瀬をたしなめた森田の好感度がアップした。
クソ!良いとこ取りしやがって!鳴海が歯ぎしりした。
早川には、外野の口論は全く聞こえないようだった。
頭を掻きむしって唸っている。
「何とかしてくれ。セイ」
長瀬が畳みかける。
「何とかとしたい。ちょっと待ってくれ」
長い沈黙があって、早川が顔を上げた。
眼が据わってあらぬ方を向いている。
「こんなのはどうだ?
安田先生も計画書にまともに『金儲け』と書かれたから困ったんだ。
だから、先生の顔の立つようにしてやれば良いんだ。
いいか?AZの文化祭は、『展示』にする。
だから計画書は、『展示』として提出すれば良い。先生の顔も立つ。
『展示』では、世の中のAZについて適当にでっち上げる。
パネルを作ったり、大きな紙に適当に書いたりしなけりゃならないけど、仕方がない。
そうして、当日、ワタシとリョウコとイッキの三人が説明担当として付く。
適当に説明した後で、見学者が感動して我々に握手をするんだ。
我々は、活動を理解してくれたものとして拒まない。
握手した人は、AZの意義に感銘を受けて握手までしたのだから、当然、活動資金をカンパしてくれるんだ。
それが、一人、200円以上だ。
握手だけして、カンパしないようなヤツには、文化祭の後でしっかり落とし前を付けてもらう。
何回も説明を聞いて、その度に感動して握手の後、カンパしてくれても、こちらは一向に構わない。
そこらは、事前に口コミで広めておくんだ」
「上等だ。セイ。大したもんだ。大好きだぜ」
長瀬が早川の背中を叩く。
「いや、お前に好かれてもどうかと思うが……」
「セイ、あなたって天才だわ。信じられない」
久保が、早川の首に抱きつく。
早川が苦しがって、リョウコ、ちょっと待て、男達が困ってる、と言うが、無視した。
「いやはや。想像以上の結論だ。大したヤツだよ」
鳴海が羨望の眼差なのは、仕方がないことだろう。
「セイ、やっぱり君はスゴイよ」
森田の溜息が全員の感想を代表していた。
日時 7月19日(火)3時30分~4時
場所 歴研部室
出席者 早川、鳴海、長瀬、森田、久保
議題 文化祭の出し物について、生徒指導から、まともに金儲けを前面に出す
のはどうかとの指摘があり、臨時の部会を開く。生徒会の指導により、
『展示』に変更する。
記入者 久保
この後、AZは生徒指導の安田先生といろいろ衝突することになります。




