集まるメンバー
入り口に人の気配がして、振り返ると、長瀬吉秋が立っていた。
長瀬吉秋――通称『ヨシ』は背の高い痩せぎすの高校二年生である。
度の強い銀縁の眼鏡をかけているが、眼鏡越しにも大きな目がゆっくり室内を見回したのが分かる。
彼は、部屋中を眺め回して尋ねた。
「セイ、お前一人か?」
「今の所は。
ヨシ、ここ、すぐ分かったか?」
セイと呼ばれた生徒が訊いた。
「分かりにくいねぇ。でも、久保が連れてきてくれたぜ。
ありがたいこった。
セイと連むと、久保と親しくお付き合いができる。他のヤツ等の羨望の的だぜ」
長瀬がニヤリと笑った。
「リョウコも一緒か?」
長瀬の陰から細身の美しい少女が現れた。
長瀬たちの高校の制服は男子が黒の学生服、女子が紺のセーラー服に紺のスカーフだ。
そのセーラー服がよく似合う髪の長い――ポニーテールにして、腰まであるのだ。平安貴族にだって負けないストレートヘアだ――少女だ。手には、これからクラブ日誌にする予定のノートを持っている。
「セイ、ここ、掃除したほうが良いんじゃない?」
久保若しくはリョウコと呼ばれた美少女が顔をしかめた。
「そうか?さっき、ざっとしたから、大丈夫だと思うんだけど……」
一応(!)掃除をしたというのに、文句を言われるのは心外だし、これ以上の労働はゴメンだとセイの顔に書いてある。
「でも、も一つみたいだよ」
今度は、小柄で丸顔の男生徒が顔を覗かせた。
「我慢すれば良い」
長瀬が笑って、適当に座った。
「光太郎も一緒か?揃ったみたいだな。じゃあ、始めようか」
セイが、招き入れた。
「これで、全員かい?」
長瀬が訊いた。
「イッキが来ることになってるんだけど……。あいつ忙しいから、先に始めても良いだろう」
セイが笑った。
「でも、豪華だねえ。セイに久保さん、そしてイッキとヨシ。
僕が交ぜてもらえたのは、奇蹟みたいだ。ラッキー!」
光太郎こと森田直之がピースサインを出した。
どこの町でもそうだが、市役所や駅というのは町の中心部にある。北斗市だって例外じゃない。しかも、私鉄もない田舎だから、駅といえばJRの駅だ。
北斗駅の出口は北側に一つ。都会なら、出口が複数あって苦労するが、その点、田舎は簡単だ。
そこを出て、西に200メートル、踏切を渡って、更に西へ50メートル行くと、県立北斗高校がある。長瀬たちの通う学校である。
北斗高校は、この地域じゃ有名な進学校だ。
だが、クラブ活動や生徒会活動もそれなりにやっていて――まあ、あくまでも『それなり』なのだが――バスケットボール部やボート部が全国大会にまで駒を進めることもある。
ごくたまにだが。
文化系クラブで有名なのは、理科クラブだ。
有名なのは天文班と呼ばれるグループで、校舎の屋上の天文台を使って天体観測をしている。
この他、野球部、バドミントン部、美術部や吹奏楽部など体育系、文系もろもろのクラブがある。
北斗高校は、教室のある本館、職員室や事務室のある管理棟、特別教室のある別館、体育館、図書館と言った建物からなっているが、別館の裏にプレハブの建物があり、通称クラブ長屋と呼ばれている。
ここは、第二次ベビーブームで生徒数が増えたとき、部室不足を解消するために建てられたものだ。平屋の長屋形式で六室あるが、現在は、一番奥の歴史研究会がかろうじて活動しているだけだ。
残りの五室のうち一つ、風水研究会は現在休眠中だし、後の四つに至っては長い間休眠状態が続いたので、二年前廃部になったのだ。
唯一活動している歴史研究会も、三年生に部員が一人いるだけで、来年は廃部になるだろうと言われており、クラブ長屋そのものも、歴史研究会の廃部に伴ってスクラップされるとの噂もある。
今、歴史研究会の部室では四人の生徒が集まって、新しいクラブについての話し合いが持たれようとしていた。
部室に一番乗りし、掃除までして一同を待っていた人物――セイこと『早川 清』は、細身で学生服が似合う生徒だ。
しかし、その形の良い頭の中で何を考えているのか誰にも分からない。
この集まりに先立って、それぞれざっと話があったものの、一同、よく分からないのだ。
大体、早川は、簡単な話を難しくする才能があって、よく聞いても、何度聞いても、周りの者に分からないことがある。
ただ、一同、早川が、今、何かを提案しようと必死になっていることは、何となく分かる。分かる以上は、聞いてやらねばならない。そういう関係だった。
この人の一番の特徴は、その眼光の鋭さだ。
知らない者は「何を怒っているんだろう?」と、思うほどだ。
何かに集中しているときのこの人の視線は痛いほどで、間違っても逆らいたくないと思わせる。
今も、側にいることに怖さを覚えるほどで、こういう時は、誰も早川の話の腰を折らない。
こんな時、早川の邪魔をするのは、殺してくれと言っているようなものだということを、一同、これまでの付き合いで学んでいるのだ。
入り口に、人の気配がして、噂の人物――鳴海一輝が現れた。
「遅れてスマン。生徒指導の安田先生に捕まった。
先生、やっぱり、このクラブのこと、面白く思ってないみたいだぞ」
「安田先生の反応は、想定範囲内だ」
早川が口の端だけで笑った。
鳴海一輝は、通称『イッキ』と呼ばれている。
スポーツ万能、成績優秀、加えて男前だ。
身長が高く無駄な贅肉のない引き締まった体に、野性的で甘いマスクをしている。
高校二年の現在、生徒会長をしているが、小学校、中学校とモテまくったので、この学校へ入学したときも、当然、それを期待していた。
しかし、この学校には、早川がいたのだ。
容姿に自信がある鳴海は、入学式で自分より美しい少年を見つけて驚愕した。
男に美しいという形容詞を使うのもどうかと思ったが、それ以外言いようがなかった。
通常、入学式というものは独特の緊張感があるものだ。これから大勢の知らない人々(メンツ)と付き合わきゃならないからだ。
初めて会う人間と友人関係を構築するにはどうすれば良いかとか、教師と合わなかったらどうしようとか、学校に慣れる以前に、対人関係に頭を悩ませるものだ。
だが、鳴海の場合、同じ中学から四十~五十人も入学したこともあって、さほどの緊張感も期待感もなかった。ぶっちゃけ、通常モードだったのだ。
ところが、そんな鳴海が度肝を抜くことがあった。
これまでの人生で見たこともない生徒がいたのだ。
鳴海の常識が音を立てて崩れたような気がした。
鳴海は、気の毒な青年です。