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AZ研究会は行く  作者: 椿 雅香
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特定眼鏡視覚可能剤の校外デビュー

 さて、特定眼鏡視覚可能剤販売計画で一番重要なのは、川畑先生が席を外すよう説得することだ。



 だが、これは、案外簡単だった。


 議事が終了して最後の懇談となったとき、久保が茶道部の女子とコーヒーを運んできて、「皆さん、お疲れ様でした。北斗高校生徒会からです」と、にこやかに差し出した。


 そうして、「先生、申し訳ありませんが、ここからは無礼講で、文化祭のことなんかを話したいんですが、お席はずして頂けませんか?先生に聞かれたら困るようなイベントもあるでしょうから」

 必殺の笑顔で追い出しにかかる。



 川畑先生は、生徒に理解があるポーズを取るのが好きな先生だから、ここまで言われて居座るような野暮じゃない。


「じゃ、学校からストップがかからない程度の安全なイベントを練るように」と、笑いながら出ていった。



 先生が廊下の角を曲がるのを確認して、AZ研究会の代表――つまり、鳴海のセールストークが始まった。



 

 説明を聞いた生徒会長たちは絶句した。


 しかも、ご丁寧に早川達による『浮遊薬』のデモンストレーションまであったのだ。




 恐るべし、北斗高校。


 どの生徒会長も肝を冷やした。



 パーティーグッズのような『浮遊薬』だけじゃなく、まさに、日本の高校生の明日を救う特定眼鏡視覚可能剤が売りに出されたのだ。


 黒板を見ることがカンニングになるなんて、史上初の快挙だ。


 


 会議そのものは、ひたすらあくびをこらえる我慢大会だった。


 『携帯電話』や『飲酒と喫煙』と言った議論尽くされた話題で、救いは、鳴海や久保の容姿だけだ。


 一同、イケメンと美女のあで姿に溜息をつきながら睡魔と戦っていたのだが、特定眼鏡視覚可能剤を前に眠気も何も吹っ飛んでしまった。



 これを北斗高校から卸値で買い、利益を乗せて転売すれば大儲けできる。


 各校から注文が殺到した。

 



 販売主体が、胡散臭い風水研究会で、しかも、どうやら風水研自体がダミーで、陰で別のグループが主導権を握っているようだという無茶苦茶な背景も思いっきりスルーされた。


 あたかも販売主体に頼まれて説明をしたかの呈で、鳴海は言った。


「この場であったことは、『浮遊薬』のデモンストレーションだけだったことにしておいて欲しい。


 彼等は、鞄を持って来て開発中の薬の説明しただけだ。


 特定眼鏡視覚可能剤のようなデリケートな商品は、取り扱いが微妙だ。

 各校で責任を持って取り扱って頂きたい。

 万一、露見した場合は、それぞれの生徒会の独自開発商品ということで、ウチとはなんら関わりないものとして対策を講じて頂く。


 どこかで露呈して、そこから、イモ蔓式に他の生徒会が責任を問われるということがないように、その点、よろしくお願いする。


 ただし、万一の場合は、協力できることもあるかもしれないし、他の生徒会に連絡しなければならないので、ウチの生徒会へご連絡頂きたい。相談には乗らせてもらう。


 ただ、原則として、自分のことは自分でしてくれ。


 ちなみに、風水研究会は休眠中で、現在、この件のためだけに活動しているので、今後、直接連絡を取ろうとしても、多分できないと思われる。


 その点もご了承願いたい」




 この脅しのような台詞に、『浮遊薬』のデモンストレーションのことなんか吹っ飛んでしまった。

 

 鞄が宙に浮くという異常事態や助手の少年が天使のような容姿だったという非現実的なパフォーマンスも特定眼鏡視覚可能剤の存在感の前では、可愛いものだ。



 それほど、高校生にとっては特定眼鏡視覚可能剤の存在は大きかった。



 注文を受けた長瀬は、真面目な顔で会議室を後にした。




 合計970セットの契約が成立した。


 たくさんの注文があったことは嬉しい。だが、これから570セット作らないといけないのだ。


 期末に間に合うかだろうか。

 早川なら、死ぬ気で作れ!と言いそうだ。


「痛し痒しだぜ。まあ、セイが喜ぶから良しとするか」


 長瀬は、小さく息を吐いた。




 


 部室へ向かう長瀬を引き留める声があった。振り返ると、先ほど見た顔が立っていた。

 





 先に部室に帰った早川は、山本と製造工程の合理化の検討をしていた。


「ヨシに書いてもらった工程表によればだな、この工程とこっちの工程を同時にするとことができるだろ?そうすると同時に複数のロットを作れる。

 最初の作業を5分置きにするとして、6ロットぐらいを5分ずつの時間差で作るとすれば、1ロット二日という現在の方法より、六倍近いスピードで製造できることになる」

「でも、その場合、実験室のテーブルが、最低三つは必要だよ」

「それは、ワタシが理科クラブの永井に話をつける。こうすると、一度に300セットは作れるから、例え注文が900セットだとしても、一週間もあればできるってことになる。良い考えだと思わないか?」

「僕もそう思うよ。早川、もしかして、君は天才かもしれない」

「冗談。天才は、お前だ。お前とヨシが発明した薬だぞ」


と、こちらはこちらで、なかなか良い雰囲気だ。

 


「ヨシ、上手くいきそうだ。今、山本と相談してたんだが、……」



 帰って来た長瀬に早川が説明しようとすると、長瀬が手招きして言った。


「セイ、お前ぇに客だ」


「ワタシに?誰だ?」


 怪訝な顔で早川が部室を出る。


 すれ違いざま、山本を振り返って言った。


「今の話、ヨシに説明しといてくれ。永井はワタシが何とかするから」


 山本は嬉しそうだ。

 早川と差しで相談したのだ。こんな名誉なことはない。


 勢い込んで長瀬に説明しようとしたが、長瀬は、片手で山本を押し留める。客が気になるのだ。




 別館とクラブ長屋の渡り廊下に、長身の見覚えのない生徒がいた。


 知らない生徒だ。


 カッターシャツにネクタイ姿。早川たちの高校の制服じゃない。

 

 生徒会連絡調整会議の出席者だろう。どこの学校かは知らない。


 客は、切れ長の目を細くして早川を見る。


 値踏みするような、斬りつけるような、そんな視線だ。


 少し離れたところで見ていた長瀬は、早川の他にこんな視線のきついヤツがいるんだと、変なことで感心した。

 山本も、入り口まで出てきて、成り行きを見ている。


 客が言った。



「県警本部の、レオだな?」


 早川が、眉を顰めた。それは、ごく一部の人しか知らない二つ名だ。


 北斗高校でも、知る人はほとんどいない。




 こいつ、誰だ?










特定眼鏡視覚可能剤は、高校生の明日を救う商品です。関係者は、ぼろ儲けできます。

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