募金と長瀬の薬
「以前、募金の詐欺がなかったか?」と、鳴海が訊いた。
「これは詐欺になりません。
あれは、嘘をついて募金を集めたので詐欺になりましたが、これは、嘘なんかついていません。
予算がないのも事実ですし、私達の活動にお金が必要なのも事実です」
「某宗教団体みたいに、ニッコリ笑って、金を取るんだね」と、森田。
「あの宗教団体は、キモイぜ。ニッコリ笑っているけど、目が据わっているんだ。お袋が、『某宗教団体スマイル』って呼んでたけど、あんなのはゴメンだぜ」
長瀬も憮然として言った。
「あんなのとは、違います。
某宗教団体も、身体障害者の福祉のためとか、青少年の福祉のためとか、嘘をついて募金を募るんです。
ウチは、はっきりと正直に、予算のないAZのためにお金を恵んでくださいっていうんですから、むしろ、乞食に近いと思います」
きっぱりと言い切った。変なところで意地っ張りなのだ。
「リョウコが正しい。
嘘をつかなけりゃ、欺罔行為つまり騙す行為がないから、詐欺罪は成立しない。
乞食と泥棒は三日やったら止められないって言うけど、よく考えてみると、乞食って立派なAZなんだな。気が付かなかった」
早川が感心した。
っていうか、お前、そこは、感心するところか?
「イッキも募金すりゃ良いんじゃねえか?きっと、女子が競って入れてくれるぜ。
しかし、本当に一年の中野さんや大川さんが手伝ってくれるんだろうか?」
長瀬が首を傾げる。
「どうして、俺まで募金しなけりゃならないんだ?
それにだ。久保さん一筋の俺が、何で中野さんや大川さんとデートしなけりゃならないんだ?」
「男前は、それ自体が罪ってことさ。
せいぜい、AZのために頑張ってくれたまえ」
鳴海の悲鳴交じりのぼやきに、森田が厳かに宣言した。
脇で澄まし顔の久保が答えた。
「あの二人は、鳴海くんに夢中なの。だから、デートを約束すれば、喜んで協力してくれると思うわ。
それに、鳴海くんが、そんなこと気にするの、おかしいんじゃない?
口では私一筋って言ってるけど、井上さんとデートしてたじゃない?」
「何で、そんなこと知ってるんだ?」
鳴海は頭を抱えた。
誰にも言わないという約束でデートに応じたのだ。どこから漏れたのだろう。
「女は、戦果を吹聴したいものなんだと。
筒抜けだぞ。お前、リョウコに気があるなら、もっと、慎んだほうが良いと思うぞ」
早川がわざと難しい顔で続けた。
「でも、募金は、最後の手段にしたいな。
それこそ、生徒指導の安田先生あたりが、高校生の活動として不適当だと、大喜びでクレームをつけてくるだろう。
その前に、商売でもして、一儲けしたいんだけど……」
早川は軽く息を吐いて長瀬に尋ねた。
「ヨシ、山本の『浮遊薬』できないかなぁ?絶対売れると思うんだけど……」
「残念ながら、まだ無理だ。あいつ、必死になってやってるけど、あん時、どうやってできたか未だに分からないんだ。
でもな、(ここで、長瀬は、独特の笑い顔を見せた)俺と山本の共同作品がある。これなんかどうだ?」
長瀬は、ポケットから小さな瓶を二つ取り出して言った。
「ここにある薬品、蓋の赤い方、こっちをA薬としよう。このA薬を眼鏡に塗る。塗り方には、ちょっとしたコツがあるんだが、ま、それは、説明書にでも書くことにして、A薬は最初塗った時は緑色なんだ。それが、30分以上経つと、こんなふうに透明になる。そうして、別のもの、例えば下敷きとか机に、蓋が黄色のこっちの薬品、B薬とでもしておこう。このB薬で字を書いて、光に当てると3分で見えなくなる。で、肉眼では見えないこの字がだな、先ほどA薬を塗った眼鏡で見ると、じゃじゃーん。眼鏡をかけているヤツにだけ、しっかり見えるんだ。
良いだろう?これを試験の際に利用すると、正々堂々と試験に臨めるって寸法だ。
日本の高校生の明日を救う画期的な発明だ」
「お前。それって、カンニングって言わないか?」
鳴海が叫ぶ。
「法に触れるぞ!規約違反だ!」
「いや。カンニングをしてはいけないって、刑法上の規定はないから大丈夫だ。規約に反しない」
早川が断言した。
鳴海と森田が絶句する。
早川のいう『法に触れない』とは、最低限刑法に触れないということで、他の法令やルールに触れないことじゃなかったのだ。
そのいい加減さに、頭痛がした。
久保だって、豆鉄砲をくらった鳩のような顔で感動している。
「サンクス、セイ。さすがだぜ」
長瀬は大喜びだ。
「どこが規約違反じゃないってんだ?
そんなもの、どこで売れる?
学校の購買はおろか、正規の文房具屋で売るようなものじゃないぞ。
どこの店にも置けない。
しかも、特許も取るって話だけど、そもそもこんな商品は、まともなメーカーじゃ作らない。だから特許も使えない。
こんなのは、ブラックマーケットで売られることを前提としている商品だ。
だとしたら、始めのうちはともかく、しばらくすると、海賊版が市場を席巻するに決まってる。海賊版を作らせたら天下一品の某国が、安いのを大量に作って、あちこちの怪しげな文房具屋若しくはおもちゃ屋、はたまた通販かで売りまくるに決まっている。
骨折り損だ!」
鳴海が吠えた。
「堅いこと言わねぇの。要は、最初に売れるだけ売れば良いんだろ?
売るだけ売ったら、後は、知らんぷりして、さっさと撤退すりゃ良いじゃねえか」
「ヨシは、良いこと言うなあ。
その通りだ。せっかくだから、取りあえず特許は取れば良い。なあに、カンニング用の薬品と言わず、特定の眼鏡でだけ字が見えるようになる薬品として特許を取れば良いんだ。
どうせし海賊版が出回る前に、学校当局が対応するだろう。
だから、その前に、売るだけ売って、一儲けしてAZの資金を作る」
早川も嬉しそうだ。
「良いわね。だいたい、カンニングと言うのは、その準備をするだけで、勉強になると思うわ。
だから、みんなのためになる商品だと言えるわ。
しかも、合法的に(『どこが合法的なんだ』と、森田が呻いた)AZをGETできるでしょ?」
感動の面もちで久保が言った。
久保は、真面目だけどどっかぶっ飛んでいる女の子なのです。




