なまえ
連続5話目
最後まであげちゃうやもしれません
とりあえず、また返事を書こう。
読んではいないけど。
いつもの紙に…と思って用紙がなくなったのを思い出した。
どうしようかな、新しいレターセットを買う?いやでも、あちらが毎回違う花の香りをつけてくれているのだから、何か工夫した方がいいかも。
「あ、そうだ」
この間図書館で図書カードを作った時にもらった…
「これにしよう」
図書館員さんが作った押し花の栞だ。
可愛くて使いたくなり、しばらくやっていなかった読書を再開するほど気に入った品だけど、まぁ儚げな美女が喜んでくれそうだから仕方ない。
裏の余白にメッセージを添える。
と、ふと思いついた。
というかなんで気付かなかったかな。
おそらくこちらの手紙と同じ、本文、差出人が書いてあるということは。
「これが名前、だ」
見よう見まねで名前を書いてみる。
えーとまる…いや二重丸?
『◎▶︎€◁ さん
こんにちは。初めてお名前を書いてみました!合ってる?いつもお花の香りをありがとう。代わりに、本に挟んで使う花を使ったしおりです。季節はうつろうけれど、手元に愛でる花があると心が安らぎますよね。
ユリ』
お姉さんはどんな本を読むんだろう。
海辺にあるお屋敷の窓辺で揺り椅子に座りながら、冒険譚で外の世界を想像したりして。
それを考えたら、自然と笑みがこぼれた。
返事は、その翌日。
きてるかな、と思って起きてすぐに瓶を確認すると、思わぬ光景が広がっていた。
「これ、花………??」
大小色とりどりの花が溢れるようにして瓶に入っていた。
「きれい…」
花なんて、生まれて初めてもらった。
陽だまり、爽やかな風、柔らかな温もりまで感じるような香りがした。
そっと花を手に取って顔を寄せると、パサリとカードが落ちる。
そこにはいつも通り読めない字でのメッセージにいつもと違う字の単語が添えられていた。
『 ユリ 』
それを見た瞬間、息が詰まり胸がギュッと苦しくなった。
顔も知らない、言葉もわからない、手紙だけのあなたに。
こんなに喜びをもらうなんて。
これ以上は……駄目だ。
唇を噛み締めて震える手で手紙をしまう。
それ以来、手紙を書くのをやめた。