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First Love  作者:
6/6

最終回 ファーストラブ

 夏休みの後半、俺は初めて管理人さんと話す機会を得た。それは自分でもびっくりなほど突然の出来事だった。

 昨日飲みすぎて昼まで寝ていたら、やかましいケータイの音で目を覚ました。特に相手を確認することもせず、電話に出ると、

『おはようございます。管理人の加持(かじ)ですけど』

「あぁ、はい。なんですか?」

 俺は特に何も考えもせずに答える。しかし、頭が目覚めてくるとようやく電話の相手に気づいた。今、管理人って言わなかったか?

「管理人さん!?」

『え、はい。直接話すのは初めてですよね』

 話し声からすると、管理人さんは女性のようだった。なぜか一瞬夏川の顔が思い出されたが、声が違うとすぐに気づいた。もちろん広瀬の声でもない。

『実は契約書のことで少しお話があるので、今日お時間頂けませんか?』

「もちろん、大丈夫です。今からでも大丈夫ですよ」

 管理人さんに会える願ってもいないチャンスだ。俺はとにかくどんな人なのか確かめたかった。

 話し合って、俺たちは今から管理人室で落ち合うことにした。


 少し緊張しながら管理人室の扉をノックする。今まで1度だってその返事が返ってくることがなかった。しかし、今日は違う。どうぞという女の声と共にゆっくりと扉が開かれた。

 中から顔を出したのは、いつか廊下で見たことがあったお嬢様のような女の人だった。この人が管理人さんだったのか・・・俺は驚きながらも、心の中では妙に納得していた自分がいた。

「はじめまして。管理人の加持です」

「どうも。佐伯です」

 簡単な自己紹介を終えてから、俺は加持さんを観察する。やっぱりかわいい。失礼だが、とても管理人さんには見えない。

 俺はテーブルに案内されて、お茶を淹れてもらった。なぜかこうもあっけなく姿を見れると、逆に目の前にいる人が管理人さんなのかどうか気になってしまった。

「今までご挨拶もできなくてすみません」

「いえ。俺こそ挨拶もしなくてすいませんでした」

 とりあえずお互いに謝っておく。

「実は契約書のことでお話があって今日はお電話いたしました。契約書には1年契約と書かれていましたが、ここはもうなくなってしまうんです」

「え・・・なんでですか?」

「ここに新しい施設を建てる計画がもう始まっていまして・・・夏休みが終わると同時にもう解体作業が行われることに」

「え・・・そうなんですかぁ」

 あちゃーっとの仕草をしているが、内心はもっと焦っていた。まさかこんなに早く追い出されることになるなんて思ってもみなかった。

「その後のことはこちらでなんとかします」

 管理人さんは申し訳なさそうに頭を下げる。俺は慌ててそれを止めた。

「あの、ここのみんなはどうなるんですか?」

「新しい寮のほうへ移っていただきます」

 そうか。あいつらにはちゃんと居場所があるんだ。少しほっとしたが、俺はなぜか心にずしっと重いものがのしかかるのを感じた。なんだろう、この気持ち。この日常が終わることを俺はすごく嫌に思ってるらしい・・・・・


 つばめ荘がなくなるという噂はあっというまに広まった。最初にそのことを教えてくれたのは菅原だった。すでに管理人さんに聞いたことを言うと、むしろ彼女に会ったことのほうを驚かれた。未だに彼らは管理人さんに会っていないらしい。

 変な寮だった。今まで見た中で1番ありえない場所だった。しかし、未練がないと言ったらウソになる。それになにより―・・・・・

「省吾さん」

 そんな声と共に俺がいた大広間に現れたのは広瀬だった。

「ちょっとお話しませんか?」

 そういえばこんなふうに広瀬と話すのは初めてかもしれない。俺はもちろん了解して2人で並んで座った。

「まだ告んないんですか?」

 開口一番、一体彼女は何を言い出すのだろうか。俺がむせ込みそうになるのを無視して広瀬は話を進めていく。

「瑠璃のことが好きなことぐらいわかってますよ。お互いに両想いなのになんで告んないんですかー・・・」

「や、それはないから。絶対向こうは俺のこと嫌いだよ」

「バカですねー態度で筒抜けじゃないですか」

 やたらと深いため息をつかれる。俺は言葉に詰まってしまった。わかんないんだ。どうすればいいのかが。たぶん人に恋をしたことなんて初めてだったから。失礼な話かもしれないが、今までよりもずっと本気で、ずっとわからなかった。

 別に愛情がなくても、女の人と寝たこともある。俺に、恋愛は難しかった。

「簡単ですよ。好きって言えばいいんです」

「それが簡単にできれば苦労はしないよ。俺、夏川との関係、壊したくないし。向こうが俺を好きな保証はないし・・・」

「じれったいなーほら、瑠璃おいでよ!」

 その声と共におずおずと物陰から姿を現したのは他でもない夏川だった。げっ・・・さすがに予想外の出来事に俺は戸惑ってしまう。意味もなく2人の顔を見比べたりして、挙動不審になってしまった。

「じゃぁ、後は若い2人で」

 まるでお見合いの席のような言い方で広瀬は去っていく。

 俺たちは2人で残された。


 しばらく何の会話もなかった。ただ、俺は頭の中で話さなければならないことをずっと考えていた。

「聞いてたんだよ・・・ね?」

 俺の問いに、夏川は静かに頷いた。広瀬は彼女が俺のことを好きだとか言っていたが、とてもそんなふうには見えない。俺自身、そんなにニブくはないとは思う。

「そういうことだから・・・・・」

 他に言葉が見つからない。女の人と話すのがこんなに難しいことだったなんて初めて知った。今までは合コンで初対面の人と普通に話せたのに。

 やがて、夏川が口を開いた。

「あの・・・言ってなかったんですけど、本当はお姉ちゃんが自殺した理由、受験ノイローゼじゃなくて失恋なんです」

「え・・・?」

「だから、私も男の人ってあんまり信用できなくて」

 戸惑ったように彼女は俯いている。俺は夏川に向き直った。

「俺のことは信用してよ。俺、本気で人を好きになったのなんて初めてなんだ。悲しませないって約束する」

 そのとき、初めて夏川がぽろぽろと涙を流しているのに気づいた。普段ハンカチを持っていない俺はどうすることもできずに、指で彼女の涙を拭う。至近距離で目が合った。

「私も好きです」

 その言葉だけで嬉しかった。俺は彼女にキスをした。


 その日は割とあっさりと訪れた。

「じゃぁ、またな」

 俺はまるで明日も会うかのような気軽さで言った。菅原も立花も広瀬もそして夏川も一瞬言葉を詰まらせたが、

「はい。また・・・」

 それが俺たちの別れだった。








 そして、月日は流れていき、俺たちはバラバラの人生を歩んでいくことになる。

 高校生とのあの寮での出来事はやっぱり変わっていた。だけど、たった半年。されど半年。俺は濃い生活を送ることができたと思う。

 初めての恋も知ることができた。

 つばめ荘は取り壊しがされ、そこには大きな図書館が建てられた。

 不思議な寮での秘密はまだわかっていない。しかし、あそこはそれでもいいと俺たちは思っていた。

短い話でしたが、ここまで読んでくださって

ありがとうございました。


またの機会に会えるように日々頑張っていきたいと思います。

読みたいと思えるような小説を書きたいです・・・



―廉―

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