第4回 開かずの間―後編―
「降りれそう?」
「無理だな。さすがに5階だし、せめてロープかなんかがあったらだけど・・・」
開かずの間に閉じ込められた俺と夏川は部屋の窓から下を見下ろしてため息をついた。
ドアには南京錠。5階。ケータイは持っていない。本当に閉じ込められてしまったのだ。こいういうとき、ドラマのヒーローなんかはなんとかして脱出するのだろうが、今の俺には成す術もない。隣でうずくまっている女の子に励ましの言葉をかけてやることもできない。
「なんで俺についてきたんだよ」
出てきたのはそんな言葉だった。励ますどころか彼女の行動を非難しているかのようにも聞こえる。
「別に・・・好奇心です。そっちだってデートすっぽかしちゃっていいんですか?」
「別に・・・彼女なんていないし」
「え?こないだ1階にいた人って彼女じゃないんですか?」
それは驚きというよりかは、彼女ではない人と何やってるんだという非難の色が含まれていた。俺は立場が悪くなって目をそらす。
「ただの友達」
そこで会話が強制終了になってしまった。俺はここからどう出ようか考えながら、隣の夏川をちらっと見た。ひょっとして、今受験勉強の途中だったんじゃないかと思い当たってしまったからだ。
「夏川さ、大学受験すんの?」
「あぁ、はい・・・一応」
「へーどこの大学?」
自然な話の流れだと思ったのだが、急に彼女は黙り込んでしまった。志望校を言いたがらない人は確かにクラスでもいたが、そこまで悩むほどなのだろうか?
しばらくして、夏川が口を開いたときにはたっぷり5分くらい時間がかかったように思えた。
「・・・・・N大学です」
「マジ!?ウチの大学なの?」
「今絶対お前には無理だって思いましたよね?内心本当は笑ってませんか?」
「そんなこと思わないよ。本気で目指してるなら、俺は応援する」
言いながら、夏川とまともに話したのは初めてかもしれないと考えていた。なんでだろう。よくわからないけれど、彼女と話すのはなぜか楽しい。それに、もっと話していたいと思うようになる。こんな感情を女に抱いたのは初めてだった。
「勉強とか、わからないところがあったら聞きにこれば?」
「遠慮します。金とか取られたらやだし」
「かっわいくねー」
すぐにいつもどおりに戻ってしまう。こんなことを話したいわけではないのに・・・
しばらくして、俺は急な好奇心にかられて部屋の階段を上ってみようと思い始めた。
「上へ行くんですか?」
さすがに慌てた様子で、夏川が尋ねてくる。俺はこくんと頷いた。
「どこに出るのか気にならねー?」
「別に」
「じゃぁ、そこで待ってろよ。俺ちょっと上行ってくるから」
暗い階段を俺はゆっくりと上がっていくと、夏川もついてきた。俺が振り返ると、明らかに1人にされるのが怖いのが見え見えなのだが、平静を保とうとしているのがわかる。
階段を上りきると、1つのドアがあった。鍵がかかっているのかと思えば、ドアノブはすんなりと開いた。
「行くぞ」
ぎぃぃぃっというきしみをたててドアが開かれた。
そこは屋上だった。
特に驚くことでもなんでもない、ごくごく普通の屋上。しかし、ここに屋上があると初めて知ったので、この普通の光景になぜだか感動してしまった。
後から来た夏川もその光景に驚いていた。
「あの部屋は屋上への入り口だったのか・・・」
呟いた後、おかしなことに気づいた。明らかに後からつけられたような階段。それも、人を寄せ付けないような重々しい雰囲気をまとって・・・まるでここに人が来るのを拒んでいるかのようだった。
「ねぇ・・・あれ」
ふいに夏川に言われて、俺は振り返る。彼女は俺とは反対の方を見て何かを指さしていた。
見ると、そこにはフェンスがなかった。他の所は落ちないようにちゃんとフェンスがあるのだが、ある一角にだけない。つまり、取れてしまったということになる。
「もしかして、ここを修理するよりも屋上を封鎖したほうが経済的に助かるっていうことなのかな?」
「そうですかねー・・・なんかドアに鎖までつけてちょっと怖いですけど」
心底嫌そうな顔で夏川は言い放つ。確かにその通りだ。
「たまに聞こえてくる悲鳴ってここからなんですかね?」
それを考えると恐ろしくなる。まさかここから誰かが落ちているわけではないだろう。
もし入り口を閉めた人がヒールのある靴を履いた人だとしたら、やっぱり犯人は女性だという可能性が高くなる。ここにいる女の人は・・・広瀬と今はいないらしい香坂という人、それから俺が以前見たお嬢様のような人。あの人は一体何者なのだろうか?
「夏川・・・お前、ここでお嬢様みたいな格好の女の人、見たことあるか?」
「お嬢様・・・・・?それって管理人さんのことですか?」
「えっ!?管理人さんを知ってるの?」
「知らないです。でも、時々廊下で見かける管理人っぽい人がそういう格好してるんで・・・」
「そっかー・・そういう考え方もあるかー」
俺はちらりと夏川を見た。こんなふうにじっくりと彼女を見たのは初めてだった。横顔、結構かわいい顔してるじゃないか。
俺が自分の気持ちに気づくのは割とすぐ後のことだった。
翌朝、何かがばしーんと倒れるような音で目が覚めた。俺ははっとして起き上がる。いつのまにか眠ってしまったらしい。遠くの方で夏川が小さくなって眠っている。
5階の廊下に誰かいる。俺は気づいてもらいたくてドアをばんばんと思いっきり叩いた。
「すいません!開けてください!鍵がかかって出られないんです!」
しかし、音はもう聞こえなくなってしまった。俺の声に気づいたのか、のろのろと夏川が起き上がって俺の後ろまでやって来る。
「人がいるんですか?」
「わかんない。なんか音がしたから」
もう聞こえなくなったが。しかし、天は俺たちに見方をしていた。すぐにチンという音が聞こえたかと思うと、急にドアの外でがちゃがちゃと音がした。たぶん南京錠を開ける音だろう。助かった・・・
しかし、ここを出たらまた夏川とは今までと同じようにしか話せなくなる。なぜだかそれがすごくもったいないことのように思えた。
開けてくれたのは寮の掃除のおばさんだった。
「あれま。2人して何やってんだがね」
「不注意で出られなくなってしまったんです。開けてくださってありがとうございます」
目を丸くするおばさんに、俺たちは深々と頭を下げた。
「なんか変な音がすっと思って管理人さんの部屋から鍵取ってきたさ、あんたらここは入ったらだめだが。元々屋上への入り口だったんだが、数年前に落ちた人がいるんだと。あんたらも気をつけなだめだが」
はいと頷きながら、一体おばさんはどこの方言を話しているのだろうかと考えていた。
それにしても、鍵は管理人さんの部屋から取ってきたらしい。となると、やっぱりここを閉めたのは管理人さんなんだろうか?
とにかく俺たちは救出された。
数年前に落ちた人を調べてみたら、案外簡単にその記事を見つけることができた。
今から7年前の5月。燕坂高校の体育祭の日だった。その日、突然3年C組の生徒の1人が行方不明になったらしい。彼女のいない種目の穴は棄権にしてもらい、担任は彼女を必死になって捜した。しかし、どこを捜しても見つからない。そして、彼女はその日の夕方、つばめ寮の屋上から転落して死亡したことが判明。警察は受験ノイローゼによる自殺として捜査を進めたらしい。名前は夏川志保。
そして、そのときに重要参考人として管理人さんが連れて行かれたらしい。
ここの寮にはそんな裏が隠れていたのか・・・
いや、それよりも俺は死んだ生徒の名前が気になってしまった。
元々短編と中編の間くらいで書こうと思っていたのですが・・・
難しいですね。もう後半に入ったのですが。
次回は8人目の住人と夏川の過去を
書くつもりです。
余談ですが、おしどり夫婦へが好評なため、
続編を書こうか検討中です。
そのあたりの意見募集中です。