第1回 新居
お久しぶりです。廉です。
とりあえず気長に読んでくださると
嬉しいです。
「もう帰っちゃうのー?」
面倒くさいから起こさないようにしたつもりだったが、しまった。起こしてしまったらしい。俺、坂井省吾はとりあえずいつものように営業スマイルを浮かべて、ついさっきまで隣で寝ていた名前も知らない女に答えた。
「今日は新しい家に引っ越すんだよ」
「また会ってくれる?」
女はうるうるとした瞳で俺を見てくる。こういうのに男は弱いのかもしれないが、俺の場合はTPOがある。こんな状況でなければ一瞬でグサッときただろうが、今は逆にむかむかとしてくる。
「メールする」
もう会うことはないだろうな・・・胸中でそう思ったが、決して態度には出さずに部屋を飛び出した。
自慢ではないが、昔から女にはすごくモテていた。
最初に女とつきあったのは、中学生のときだった。クラスの女友達から突然つきあってほしいと告白された。それから、度々告白されて、中学だけで告白された女の子の数は軽く10人を超えた。高校を入れると、もっと大きな数になるだろう。
だけど、どの女の子とも長くは続かなかった。原因は俺自身。俺はいつだって誰のことも本気で好きになったことがないんだろう。
大学生になった今でも、合コンではたいてい女の子のほうからラブホテルに誘われるし、つきあった女の子は多い。
そんな生活を送ってきたせいか、俺も軽い人間になった。好きだと言ってくれた女は抱いてきた。美人な女に弱くなった。例え、本気でないとしても。
こんな生活がずっと続いていくと思っていた。
少なくとも今までは―・・・・・・
大学2年生になって、ようやく1人暮らしができる余裕ができた。実家から大学に通うのは結構遠すぎて、大学の傍に下宿することにしたのだ。
しかし、不動産屋に掛け合ってみたが、実際に1人暮らしは高い。今まで貯めてきたバイトのお金と親の仕送りの範囲内で生活できる家はなかなかなかった。
そんな中でようやく見つけたのが大学から徒歩8分のアパート。やたらと金がかからないのが気になるが、安いのには変えられない。
『つばめ荘』302号室。今日からここが俺の家だ。
ふと、隣近所に挨拶するべきだと気づいた。田舎のじーちゃんから送られてきたリンゴを持って、とりあえず301号室に挨拶しに行く。
呼び鈴を押して、出てきたのは意外にも俺よりも年下だった。色黒で短髪な男。ぱっと見ただけだと、ばりばりのスポーツマンに見える。
「今日隣に引っ越してきた坂井です」
「あぁ!管理人さんから話は聞いてましたよ!わー、すっごい男前な人だなー。あっ俺、菅原達也っていいます。高3です。これからよろしくお願いします!」
白い歯を光らせて、その男は言った。こんなに若いのにもう1人暮らししているんだなと考えながら、俺は303号室を訪ねる。
「・・・・・夏川です。よろしくお願いします」
髪を芸もなく肩まで伸ばした年下の女。菅原と違って無愛想な人だ。
「本当に大学生ッスか!俺は立花渚ッス。よろしくッス」
202号室の男。黒いニット帽に赤いゴーグルをかけていて顔がはっきりと見えない。
「わざわざありがとうございます。私は広瀬です。何か困ったことがありましたら、いつでもおっしゃってください。困ったときはお互い様ですから」
「じゃぁ、聞きたいんだけど、なんでここって高校生っぽい人が多いんですか?」
俺は402号室のポニーテールの女に尋ねた。こんなに高校生が多いなんてさすがに変だ。
しかし、広瀬さんはきょとんとしたような顔をする。
「だってここは燕坂高校の寮ですよ?ここには高校生以外いないはずです」
「うっそ!?俺、不動産屋さんから何にも聞いてないよ!」
「1年に1回、管理人さんの気まぐれで1人だけ外部の人を受け入れるんです。聞いてませんでした?」
聞いてない。そもそも管理人さんに会ってすらいないんだから。
俺は丁寧にお礼を言って、1階の管理人室に向かって行った。
管理人室は空だった。さすがに中に入るわけにもいかないが、事情を説明してほしくて俺はうろうろしていた。
そのとき、背後のエレベーターが1階に降りてきた。何気なく見ていると、中から髪の毛の長いお嬢様のような女の人が出てくる。美人だった。
無意識に見惚れてしまったらしく、俺はその人と目が合った。彼女はやわらかく微笑んで俺の隣を通り過ぎる。
へー・・・こんなかわいい子もいるんだ。
ちょっとここでの生活に興味を持ってしまった。
その夜、突然の来訪者たちがやって来た。
「じゃぁ初めっましょー!!!カンパーイ!!!」
なぜか昼間挨拶した4人の男女が俺の部屋に集まって、オードブルの食材をたくさん運び込んできた。俺が混乱している間に、今日片付けたばかりの部屋が宴会場になる。
「坂井さんって下の名前何ていうんですか!?」
「省吾」
注がれたチューハイを飲みながら答える。
「っていうか、これ何の宴会のつもりなの?」
「決まってるじゃないですか。省吾さんの歓迎パーティです」
ハイテンションな菅原。
「この寮に泊まってる人って4人だけ?」
「違うッスよ。あと2人いるんスけど、今日はいないッスね」
「へー」
あの美人な女の人はその1人かなと想像していたら、むせた。肺にチューハイが入りそうになって激しく咳き込んでしまった。
「大丈夫ですか?」
心配そうに背中をさすってくれる広瀬さん。そして、俺の目の前には俺が咳で飛ばしたチューハイを顔にかけた夏川さんの姿があった。さすがにげっと思った。
「ごめん・・・!急に・・・げほっ・・・肺にげほっ・・・入って・・・」
「・・・・・・だからってこんな豪快に飛ばしますか」
明らかに怒気を含んだ声の夏川さんが怖い。俺は大人しくしゅんとなった。
歓迎パーティとやらは夜通し進んだ。昨日の合コンから飲みっぱなしでさすがに疲れたが、朝起きてみると俺の部屋からは誰もいなくなっていた。
このアパートは安くて助かる。他の部屋の人もいい人そうだし、ここでなら生活していくのに問題はないだろう。しかし、昨日広瀬さんが気になることを言っていた。
『1年に1回、管理人さんの気まぐれで1人だけ外部の人を受け入れるんです』
ということは、俺がここに住めるのは1年だけなのだろうか。確かに、ここを借りたとき1年契約だったが、俺としてはその後も継続して暮らすつもりだった。1年たって追い出されたらたまったもんじゃない。
やっぱり管理人さんに話してみよう。頭痛を抑えて立ち上がると、尻ポケットに入っていたケータイが振動する。メールだった。
相手は中田とかいう聞き覚えのない女の名前だった。しかし、内容を読んでその存在に心当たりを覚えた。おととい合コンで会った人だ。そういえば、メールするとか言って忘れていた。
メールに返事を返すべきか迷いながら一歩踏み出すと、何かをぐしゃっと踏みつけて俺はバランスを崩す。と同時に、女の悲鳴が聞こえて何かが起き上がる。
余計ひどくなった頭痛を抑えながら俺も起き上がる。
「下向いて歩いてください」
誰もいないと思っていた。しかし、いた。明らかに不機嫌そうな顔の女が。303号室の夏川さんが。
「なんでこんな所に寝てるんだよ?」
ローテンションで微妙にいらいらしていた俺はつい口調を荒げてしまった。それでも相手は怯まない。
「しょうがないでしょ。1度寝たら私起きれないんです」
「じゃぁ俺もしょうがないよ。寝てるなんて思わなかったし、わざとじゃないし」
「私が言ってるのは謝れってことです。昨日も私に唾ぶっ飛ばしたの忘れたなんて言わせませんから」
「だからわざとじゃないんだよ。たまたま俺の行動しようとするほうにアンタがいるの」
「あーそうですか。それはすみませんでした」
「いーえ。俺もアンタのでかいケツを見落としてたんで」
「このハゲ!お邪魔しました!!」
ばたんと豪快にドアが閉まる。誰がハゲだ。
高校生相手に何言ってるんだ。俺は頭を抱えながら管理人室を訪れる。しかし、受付にはカーテンがかかっていて、呼び鈴を押しても応答がない。
「なんであんなふうに言っちゃったんだろー・・・・・・」
今まで女性に対して、あんなふうに口ゲンカになったことはない。
「っていうか、管理人さんはなんでいないんだよー・・・・・」
俺は後になってから気づく。
つばめ荘の七不思議の1つが管理人さんだということに。