ちょっとまってください
活動報告にキャラクターデザインや書籍版冒頭をRPGツクールで再現するゲーム企画の開発状況をアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
「ちょっとまってください」
翠寿は頭巾を取ってピンと立った耳を露出させる。
それからゆっくりと目を閉じた。
「しっ。スイジュが音を聴いてるから静かにね」
澪の指示に息を潜めて様子を見守る。
「家の中に……だれかいる、みたいです」
「人数は?」
「ひとり……です」
「紀美野さんの具合が悪くて寝てるのかもね」
それで中伊さんは店を閉めてお医者さんを呼びに行っているとか。
「中にいるのはおとこの人です。それに……泣いてるみたいです」
翠寿の報告を聞いて、澪と顔を見合わせる。
「どういうことなの?」
「わからないよ」
何かがあったのは間違いない。
大の大人が家に閉じこもって一人泣いているとはただ事ではないと思う。
「ねえ、翠寿。誰にも見つからないようにこっそり忍び込める?」
「できるです!」
「じゃあ、中の様子を見てきてもらえるかな。無理はしなくていいからね」
「はいです!」
返事をするや否や、ひょいと自分の身長より高い塀を乗り越える。すごい跳躍力だ。
そして音もなく中庭へ降り立ち屋内へと侵入する。
「翠寿はなんでもできる子だなあ」
追跡に気配感知、それに潜入まで。これぞ忍びと言える活躍ぶりだ。
「人狼はこういうの得意だからね。その特技を買われて雇われてる一族もいるし」
おまけに忠義も厚いとくれば使い勝手は抜群だ。
翠寿みたいな子を預けてくれている澪にも改めて感謝しなければ。
待つことしばし。
塀の向こうから影が飛び出し目の前に着地する。
すわ、曲者かと思って腰が引けていたら翠寿だった。
「は、早いね。おかえり」
「ただいまです!」
跪いていた翠寿が顔を上げる。
「結界がはってあったので、中にはいれなかったです」
「結界? そういうのって見ただけでわかるものなの?」
「とびらの目立ないところにお札がはってあったので。たぶんそうだと思うです!」
なるほど。それならわかりやすい。
現代日本でだってお札が貼ってあれば、そこに何かあるなと思うわけだし。
「きっと宿曜の仕業ね……厄介な。そもそもどうしてこんなところに結界なんて張ったんだろう。どういう結界だったかわかる?」
難しい顔をした澪が尋ねる。
「とびらにさわったら術者が気づくやつだとおもうです。だからギリギリまで近づいて音をきいてみました。なかにいるのはナカイさんだけです」
宿曜は澪や翠寿と同じ八岐の一種族だったな。
どうやらこの世界において魔法使い的な能力を持っていると思えばよさそうだ。
「じゃあ、キミノさんはどこにいるの?」
僕に聞かれてもわからない。
病院があるのならそこに入院しているのかもしれないけど、この世界の医療施設がそこまで発達しているとも思えないし。
「あと金属の音もしてたです。あれはきれーなかんざしの音です!」
勾玉を削る時にできた欠片で作られた簪か。
それを見た澪たちが綺麗だって騒いでいたな。
「音を聞いただけでそんなことまでわかるなんて凄いな」
褒めると翠寿がにっこりと笑う。可愛かったので頭を撫でてあげた。
紀美野さんはおらず、簪だけが家に残されていて、中伊さんが一人泣いている。
さて、ここから導かれる答えは何だろう。
「紀美野さんの匂いを辿ることってできる?」
翠寿は眉根を寄せて困り顔をした。
「その……きのう雨がふったので……わからない、です……」
力なく尻尾が垂れているので気にしなくていいよと伝えるかわりに頭を撫でてあげた。
「こうしていても仕方がないし、ナカイさんに話を聞きに行こうよ」
「待った!」
裏口の扉に手をかけた澪を止める。
「どうして? ナカイさんはきっと困ってるんだと思うよ。キミノさんが病気なら私が役に立つかもしれないし。だったら助けてあげないと」
その気持ちはわかる。澪の性格ならそう言い出すのも納得できる。
でも、きっと今はそのタイミングじゃない。
表通りに面したお店側を見張っている人がいて、裏口側には侵入者を感知するための結界が張られている。
このことが意味するのは何か。
「多分、見張られているのは中伊さんだよ。行動を監視されているんだと思う」
「……どういうこと?」
澪の疑問に答える前に翠寿に対して指示を出す。
「翠寿。見張っている人を逆に見張って欲しいんだけどできるかな?」
「できるです!」
「じゃあ、お願い。絶対に見つからないようにしてね。多分、他にも仲間がいると思うからそいつらにも見つからないようにね。監視役が交代するようだったら追跡してねぐらを見つけてもらえると助かる。日が暮れても特に動きがないようなら操心館に戻っていいよ。繰り返すけど絶対に見つかったら駄目だからね」
「わかりました!」
ふっと翠寿の姿が消える。
音もなく跳躍すると塀を伝って屋根へ飛び移り、あっという間に姿が見えなくなった。
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