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吹き抜けていく風が優しく髪をなでていく

20191003改稿。

 吹き抜けていく風が優しく髪をなでていく。

 草木の少し湿ったような香りが鼻をくすぐる。

 そして背中に感じる柔らかくて温かな存在。

 自分を預けても無条件に受け止めてくれるのではないかという手放しの信頼を覚える。


「う、うぅ……」


 目蓋を開けようとしたけど、あまりの眩しさに再び閉じた。


「大丈夫ですか?」


 囁かれる甘やかな声に何かが引っかかった。

 どこかで聞いたことがある気がする。身近にいて、ずっといっしょだった。

 それが誰だったのか記憶の中から探そうとする。


「機巧武者での戦いは初めてでしたからね。きっとお疲れなのでしょう」


 いや、違うの……か。

 そんなことがあるはずがない。

 きっと違う。僕の記憶違いだ。そうであって欲しい。


 おそるおそる目を開ける。

 白い光が目に痛いけど、我慢できないほどではなかった。


「……もしかして、気絶してた?」

「はい」

「どのぐらい?」

「そうですね。三十分ほどでしょうか」


 徹夜続きで寝落ちしたことなら何度か経験はあるけど、意識を失うなんて初めてのことだ。

 どうしてこんなに疲れているのか……そうだ。


「あのあとどうなっ――くぅ~」


 起き上がろうとしたけど上半身を起こすことすらできなかった。

 痛みではなく、全身の倦怠感に声が出る。


「主様のご指示通りに。生き残っている人を集め、安全なところへ避難してもらいました」

「他にも生きている人がいたんだ。よかった……」


 それなら僕が戦った意味もあるというものだ。

 横になったまま周囲を見てみると、破壊された建物や、荒らされた田畑が視界に入る。

 火は燃やせるものは燃やし尽くしたようで、焦げ残った木材から煙が細く立ち上っていた。

 僕たち以外に人の気配はない。


「安全なところって言ってたけど、それってどこ?」

「主様が意識を失われた後、この集落の領主の使いを名乗る者が現れましたので、その者に後を託しました。他の集落へ連れて行くそうです。生き残った人々とも顔見知りのようでしたので問題はないだろうと判断をしました」

「そうなんだ。それなら大丈夫なのかな」


 何人生き残っていたのかわからないし、知りたくはない。

 僕にできた最善のことをしたとは思うけど、既に命を失った人を助けることはできないのだから。

 それに移り住んだ先で生き延びた人たちがちゃんと生活できるかもわからない。

 でも生きていられてよかったと思ってくれたのなら、僕がしたことは間違っていなかったのだと言える。そう思いたい。


「同行をすすめられたのですが、主様のことがありましたのでお断りをしました。問題なかったでしょうか?」

「構わないよ。むしろ僕の方こそごめん。肝心なときに役に立たなくて」

「いいえ。むしろ助けられたのは()ですから。ありがとうございます」


 とりあえず、ほっとすることができた。

 急場をしのげたのだからよしとしよう。

 そうすると途端に気になることができた。

 彼女は僕を頭頂部方向から見下ろしている。

 そして頭を包む柔らかな感触。

 この二つから求められる答えは――


「もしかして膝枕してもらってるとか?」

「はい」


 不吹清正さん、正解です。

 ご褒美は美女の膝枕となります!


 改めて実感する。後頭部が触れている柔らかい部分。

 女性の太ももというのはなんと優しい感触なのだろう。頭だけでなく心まで包み込まれるような安心感があった。

 このままずっと横になっていたくなる。


「まだお疲れのようですから、ゆっくり休んでください」


 優しく囁かれると、なぜだか心の奥底がざわめく感じがする。

 どうしてだろう。

 彼女とは初めて会ったはずなのに。初めて聞く声のはずなのに。

 僕の魂が彼女のことを知っていると叫んでいるかのようだ。

 いや、きっと気のせいだ。そうに違いない。

 自分に言い聞かせながらつぶやいた。


「ああ、空が青いな」


 降り注ぐ柔らかな日差しに目を細める。

 さっきまでの騒ぎなどまるでなかったかのような穏やかな空を渡っていく二羽の鳥が見えた。はらりひらりと桜の花びらが舞っている。

 さらりとかすかな音を立てて彼女の髪が流れ落ち、僕の頬をくすぐる。


「髪が……」

「これは申し訳ありません。主様にかかってしまいましたか」


 細い指が葵色の髪をかき上げる。

 葵色――灰色がかった明るい紫色だ。

 古くからある伝統色の一つで植物の葵の花の色に似ている。


「珍しい色の髪だ。でも綺麗だね」

「ふふ、ありがとうございます」


 ウィッグのような不自然さはない。そして髪を染めているわけでもないのだろう。

 彼女は髪は生まれつき――といっては少し語弊があるが、最初からこうだったはずなのだ。

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