今日も笠置屋の暖簾をくぐる
活動報告にキャラクターデザインや書籍版冒頭をRPGツクールで再現するゲーム企画の開発状況をアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
今日も笠置屋の暖簾をくぐる。
これはもう常連と言っても過言ではないだろう。
最初の印象というのが良すぎたのだから仕方がない。
あのお酒と食事が提供されるのならば毎日だって通おうというものだ。
昨日の食事は少し残念だったけど、そんな日だってあるさ。
「いらっしゃ~い!」
昨日と同じおばちゃんの威勢のいい挨拶に笑顔を向けながら席を確保する。
心なしか今日のお客さんの入りは少ないようだ。
「今日はなんにします?」
「おすすめをいくつかとお酒を一本。紅寿は飲める?」
ふるふると頭が横に振られた。
「じゃあ、杯は三つで」
「あいよ~!」
おばちゃんは大きなお尻を左右に揺すりながら調理場へ向かう。
「この店は兄貴のお気に入りなのか?」
「そうだね。澪に紹介してもらってから毎日のように来てるよ」
「そっか。昨日の飯も悪くはなかったしな」
「初めての時はお酒も料理も感動するぐらい美味かったんだけどね」
昨日は紀美野さんがお休みだったそうだから仕方がない。
しかも連絡もなく急に休んだという話だから少し心配だ。
「そういえばスイジュは一緒じゃないの?」
「ちょっと別行動をしてもらってる。翠寿は僕がどこにいてもわかるって言ってたんだけど」
言いながら紅寿を見ると、こくりと頷いた。
銭湯にいた僕たちを紅寿が見つけてくれたように翠寿もこの場所を見つけてくれるだろう。
「はいよ~、お待たせ!」
まずはお酒をいただく。
紅寿以外が杯を傾けた。
「うーん……」
「なんか味が落ちたような気がするね」
美味い不味いで言えば美味い。でも初日の感動とは程遠い味だ。
「そうなのか? これはこれで悪くないと思うぜ」
不動はまるで水でも飲むかのように杯を傾ける。
「いつもはもっと美味しいんだよ。この町で一番って言っていいぐらいなのに」
憤るように澪は杯をお盆の上に置いた。
「澪ってさ、町中の居酒屋を飲み歩いてるなんてことはないよね?」
「な、ないわよっ」
焦った反応が怪しい。
「本当に?」
「ほ、本当だもんっ」
必死になっているのを見て、ますます怪しく感じてしまう。
「紅寿、本当のところはどうなの?」
困ったような顔をしてから紅寿はゆっくりと首を左右に振った。
「あっ、ひどい! こういう時はかばってよ!」
「紅寿は事実を教えてくれただけだろ。普段から飲み歩いてる澪が悪い。どうせ毎回飲み潰れてたんだろうし」
「そ、そんなことはない……から」
語尾が消えていくのは心当たりが多すぎるからか。
事実、隣で紅寿が悲しそうな顔をしていた。
「お願い、コウジュ。そんな顔で私を見ないで……なんだか情けなくなってくるから……」
言いながらも澪は杯に残ったお酒を一気にあおる。
駄目だこの人、早くなんとかしないと。
「こちらが今日のおすすめだよ~!」
床に酒の肴が置かれていく。
大ぶりな豆腐を焼いて、その上に黒い味噌を塗った味噌田楽に芋類の煮物。それから飴色をした煮魚だ。
「じゃあ、いただきます」
めいめいが箸を伸ばす。
「ううーん……」
どれも微妙だった。
味噌のせいでわからなかったけど豆腐は黒く焦げているし、煮物には芯が残っている。そして魚は生臭い上に鱗もちゃんと取れてない。
「もしかして今日も紀美野さんはお休みですか?」
あちこちに腰をぶつけながらお店を行き来するおばちゃんに聞いてみる。
「そうなのよ~。うちはあの子で持ってるようなものだから困っちゃって。早く戻ってきてくれないと閑古鳥が鳴きそうよ~」
うん、それはなんとなくわかる。
「でも操心館の食堂よりはずっとまともだし、これなら十分いけるって」
瞬く間に不動のお腹の中に食事が納まっていった。
この料理を美味しくいただける不動をして閉口させる操心館の食堂のクオリティは推して知るべしだ。




