根負けだ
活動報告にキャラクターデザインや書籍版冒頭をRPGツクールで再現するゲーム企画の開発状況をアップしていますので、よろしければそちらも合わせてご覧ください。
根負けだ。
白糸様の純粋な気持ちに負けた。
「大切なのは藤川様が知らない情報を白糸様が持ってきたことです。これを功績にするには情報を持ち込む前に知られてはいけません」
「そうだな。それは店主に頼めばいいのではないか」
「そこに一つ保険をかけておきましょう。藤川様への口利きを約束するのです。あわせて白糸様も新々式の人形を発注します。できればモデル――誰かに姿形を似せたものがいいでしょうね」
保険とはいえこちらが切れるカードなど知れている。気休めにもならないかもしれない。
だが相手がその条件に納得してくれるのならば問題はないのだ。
「それならホノカの姿がいいだろう。父上はホノカをかわいがっているからな」
そこまで可愛がっている娘を戦場に送り込むのをよしとするだろうか。
藤川様は国王としての立場を全うしているから、その決断を下す可能性は高いけれど。
「ところで口利きをするとどうして商人が黙っていてくれるのだ?」
「新々式を藤川様が認めてくだされば今後の商売がやりやすくなりますからね。なにしろ人形が好きな藤川様のお墨付きです。あの方が認めた人形ならば手に入れたいと思う人は多いはずです」
このあたりは藤川様と井田様が話し合っていたことでもある。
まだ価値が定まっていないものを権力者がこれは素晴らしいと言えば素晴らしいものになるのだ。
価値があると思えば誰もが欲しがるようになる。しかもこれまでより安価で好みの人形が手に入るのだ。
人形が欲しいと思っていた人はこぞって買い求めるだろう。
そうなれば店主はウハウハ。
そのためなら、もうしばらくの間、新々式のことを隠しておいてくれと頼んでも嫌とは言わないはずだ。
「やはりフブキ殿に相談をして正解だった」
そんなキラキラした瞳で見ないでください。汚い計算ありきの案ですから。
白糸様は店主を説得して約束を取り付けることに成功した。
今回はお店にある既存品から選んで組み上げるのではなく新たに型から起こす発注だ。
当然、時間もお金もかかる。量産するためのベースを新規に作ることになるのだから仕方がない。完成には二カ月ほどかかるそうだ。
「人形師に新規の人形を発注した場合、機巧姫は完成までに最低でも一年はかかります。人形雛で数カ月といったところでしょうか」
お店に並んでいるあとは化粧を施すだけの人形とは違い、一から作るとなると素材となる神木の選定やら勾玉の選別やらで最低でもそのぐらいは必要になる。
そう考えると二カ月で完成というのは圧倒的に早い。
それからもう一つ、宇頭さんには個人的に提案をさせてもらった。
新々式の人形の商品展開について思うところがあったのだ。こちらが動くのはもう少し先になるだろう。
「フブキ殿、感謝の言葉もない。これで妹の願いをかなえてやれることができそうだ」
「まだ上手くいくとは限りませんよ。最終目標はほの香姫が操心館へ所属する許可を得ることですからね」
「わかっている。それぐらいは自分の力でなんとかしてみせるつもりだ。なに、知恵はフブキ殿に授けていただいた。あとは私が上手くやればいいことだ」
「シライト様なら絶対にできると信じてます!」
こう見えて白糸様は大人物なのかもしれない。
たった一日で不動のような味方も得ているし。
「すまなかったな。思っていたよりも時間がかかってしまった」
「構いませんよ。それにしても随分と細かいところまで調整できるみたいですね」
目鼻口の大きさや形、身長や胸の大きさだけではなく、太っているか痩せているか、肌はもちっとしているのかさらりとしているのかといったところまで聞かれていた。
ちなみに肌の質感は化粧で変わるものらしい。
これで本当に仕草などが人間に近いとなれば影武者として持っておきたいという人がいても不思議ではない気がする。そういう人たちへの需要も開けるかもしれない。
料金は新規の型代も込みで五百万圓也。
フィギュアの金型は高いと聞いたことがあるけど妥当なところなのだろうか。
「さて、当初の目的からはかなり違ったことになってしまいましたが、これからどうしましょうか」
「実はもう一つ行ってみたいところがあるのだ」
「俺はどこだってお供しますよ!」
少しだけためらってから白糸様は切り出した。
「……銭湯だ」
「銭湯ですか。いいですね」
お任せください。
この不吹清正、この世界の銭湯にも入ったことがあります。入浴作法もばっちりですよ。




